2024.3.1 UP
<日進ハム>の創業は、1916(大正5)年に遡る。東京は港区・東麻布に本社を構え、戦後の日本が復興していくなか、国民の健全な体躯向上に寄与することが重要だった時代に貴重な食肉資源を効率よく提供して社会に貢献をしてきた。
現会長の鈴木三彌さんは、海外へ渡ることすら珍しかった1958(昭和33)年に西ドイツ(当時)へ渡り、食肉加工業の技術を取得。本場ドイツのマイスターの伝統技術と、同社が創業期から培ってきた職人技術を組み合わせ、多種多様なハムやソーセージ、ベーコンなどを扱う。国際ホテルをはじめ、「一流」と称される先々へ取引をするようになった。
(左)鈴木三彌さん。日進畜産工業株式会社 取締役会長。シャルキュトリという言葉など浸透していなかった昭和40年代、日本で初めてヨーロッパで学んだ生ハムをスライサーで切って販売。業界の発展に影響を与えてきた。
(右)鈴木直人さん。日進畜産工業株式会社 代表取締役社長。1916年創業の会社を継ぐ4代目。伊勢丹新宿店に松阪牛専門店を打ち出すほか、モンドセレクションへの挑戦など、革新的な取り組みに注力する。
<松阪牛専門 麻布日進>の店頭に並ぶのは、正真正銘の松阪牛ばかり。細やかに部位分けされ、最適な提案でオーダーカットしてくれる
伊勢丹新宿店の直売店を松阪牛専門店としたのは、松阪牛の素晴らしさをより多くの人に認知してもらうことにある。きめ細やかな霜降りに、とろけるような脂の甘み。和牛を代表する松阪牛のゆるぎない存在感は、めまいがするようなおいしさだけに尽きない。
松阪牛と名乗るためは、「黒毛和種、未経産の牝牛で松阪市を中心とした指定地域で肥育した優秀牛」という定義以外に、肥育日数をはじめとする厳しい基準が設けられている。さらに、牛を育てる農家から、卸業者、小売店と一貫した管理がなされ、牛一頭の個体識別番号からその曾祖父母まで追えるシステムが築き上げられている。真のブランドとして確立された牛なのだ。
手塩にかけて育てられた希少な牛である上に、<麻布日進>では、霜降りの度合いや肉の色沢、締まりなどのすべての格付けで最上位の等級、A5ランクの肉のみを扱う。実店舗を構え、常時安定的に営業する専門店は全国でもここだけかもしれない。いかに稀有な精肉店かおわかりいただけるだろうか。
店頭では、専門的な知識をもったスタッフが、贈答用なら内容の希望や予算、送り先の家族構成をヒアリングしたり、あるいは作りたい料理の用途を聞いたりして的確な提案をしてくれる。その場で必要な分だけオーダーカットし、希望の部位や厚みなど個別の要望に迅速に応えてくれるのもありがたい。
オーダーカット肉
右上より、時計回りにしゃぶしゃぶ用、焼肉用、ステーキ用、すき焼き用。好みや食べ方に合わせて部位やカット方法を注文でき、迅速に対応してくれる。写真はすべてロース肉。
<麻布日進>と長い付き合いのある東京都中央卸売市場食肉市場の仲卸「イヌイ」「吉澤畜産」を訪ねた。
1927(昭和2)年創業の「イヌイ」三代目社長の犬井和之さんは、自らセリに立ち合い、<麻布日進>のための松阪牛を買い落とす。松阪牛の魅力とセリの難しさをこう話す。
「農家がそれぞれに強いこだわりを持って育てていて、脂の質感もきめの細やかさもほかの牛とは違う圧倒的な存在感があります。セリは、わずか30~40秒で決定しなければいけません。色味やサシの入り方、キメを瞬時に見抜く必要があります。いい目利きができるようになるために、私が業界に入ったばかりの頃はまず牛枝肉の脱骨(捌き)技術を数年間勉強しました」
東京食肉市場仲卸「イヌイ」三代目の犬井和之さん。
松阪牛のわずかな断面から見られるサシや色味、キメなどを見てジャッジする。
「吉澤畜産」三代目社長・吉澤直樹さんもまた、自らセリで<麻布日進>に適した肉を買い落とす。そのポイントは、「キメと霜降りのバランスのいい“品のいいサシ”、そして理想的な長期肥育を経た厚みのある詰まった体型の松阪牛を見極めること」だと言う。
「飼育農家さんとのつながりの強さも大事です。こまめに情報を収集し、状況を把握しながらセリに臨みます。メスは特に脂質が良いので、セリ落とした枝肉を落ち着かせてより旨みが増すよう「熟成(枯らし)」をして出荷します。日数は10日ほど。余計な水分は枯らしつつ、保湿を高めることで、身質がしっとりして店頭で売る際も加工しやすくなるのです」
東京都食肉市場のほか、銀座に店舗も構える「吉澤畜産」三代目の吉澤直樹さん。
セリ落とした枝肉は約10日かけて巨大な冷蔵庫で枯らし、保湿を高めて旨みを引き出す。
脱骨作業をする加工場では、骨についた部位も解体し、余すところなく生かす。
高級感漂う松阪牛ながら、<麻布日進>では「日常の食卓でも味わって頂きたい」という考えのもと、毎朝店内厨房で加工するハンバーグや挽き肉を販売する。熟成による肉の旨み、その柔らかさが最大の特徴で、一頭買いすることで他にはない豊富な部位の展開も可能だ。
杉箱入りご進物用各種
大切な人への特別なお使い物に最適な進物用。大きさの異なる6種類もの杉箱の用意があり、贈り先に応じて、すき焼きや焼き肉など枚数を取れる切り方にしたり、複数の部位の食べ比べができる組み合わせにするなどカスタマイズ可能。写真は肩ロース肉すき焼用。
三重県産 松阪牛 ハンバーグ(1個)648円
すき焼用や焼き肉用にカットする際に出た切り落とし肉を細挽きにし、柔らかい食感に焼き上がるようこねたもの。下味付きで、焼いたそのままで味わえる。おろしポン酢やわさび醤油でさっぱりといただくのも◎。売り切れ必至!
三重県 松阪牛 モモ肉ステーキ用
モモ肉は松阪牛の中でも個性が豊かで、霜降りから赤身まで豊富な希少部位を用意。ランプ、ランボソ、イチボ、トモサンカクの中から好みを見つける手伝いをしたうえで、最適にカットする。写真はランプ。
三重県 松阪牛 切り落とし各種
味は折り紙付きでいて、普段使いに人気の切り落とし。ほどよい脂が入った焼肉にも向くバラや肩バラ、脂が少なめの赤身などその日の状況によりさまざまな切り落としが楽しめる。店頭に出ていない部位も、スタッフに訪ねれば紹介してもらえることも。写真はバラ、肩バラ。
長年、松阪牛を扱ってきたからこその顧客との信頼関係は厚い。
「私が元気なうちは、ここでしかお肉は買わないからこれからもよろしく!」という常連客がいれば、「進物でいただいておいしかったので、自分でも買いに来ました」という新しいお客さまもいる。贈り物にも自宅用にも。その贅沢な味わいにおぼれたい。
Text : Yumiko Numa
Photo : Kenta Yoshizawa,Yu Nakaniwa,Yuya Wada