2023.3.10 UP
ブランドロゴは、テーブルに置いている燭台の炎をイメージ。<アンリ・シャルパンティエ>が誕生したきっかけは、創業者がレストランで修行時代に「クレープ・シュゼット」と出会い、青い炎の向こうに輝くお客様の笑顔を見たことにある。「クレープ・シュゼット」を多くの人に提供し、人を喜ばせたいという想いから、1969年に兵庫県芦屋市に小さな喫茶店を開業した。
代表的商品「フィナンシェ」のパッケージにもプリントされている燭台の炎。
地元の高感度なマダムから評判を得た同店の洋菓子は、70年代初頭から百貨店へと販路を拡大。そのとき考案されたのが、ギフト用の焼き菓子だった。当時の日本で一般的な焼き菓子といえば、手頃なクッキーやマドレーヌ。対する「フィナンシェ」はマイナーな存在だったが、彼らはそこにひらめきを得てレシピの研究を始めた。そうして1975年に誕生したのが最初の「フィナンシェ」。定番「マドレーヌ」とセット販売したところ大ヒットを博した。
株式会社シュゼット・ホールディングス 製造本部/商品本部 本部長 駒居崇宏さん
同店の商品開発を担うトップパティシエ。クープ・デュ・モンド・ドゥ・ラ・パティスリー第15回にて世界第2位。2023年の第18回では日本チームの団長として参加し、チームを見事世界第1位へ導いた。
日本では希少性が高い本場フランス式の前発酵バターを、北海道の乳業メーカーに特注して使用。生地に混ぜる前にじっくりと溶かす。
レシピも数回の改良を経ているが、最も大きな転機となったのは約20年前。当時フランスから招いたパティスリー界の第一人者、クリストフ・フェルデール氏よりアドバイスを受け、本場フランス式の前発酵バターを取り入れるという大胆な選択をしたことだ。クリームの状態からじっくり発酵させて作る前発酵式のバターは、日本で一般的に製造されている後発酵バターよりも多くの原料と製造時間を要する。これを大量製造できるメーカーは当時の日本になく、輸入品となるとさらなるコスト増も見込まれた。そこで同社では、北海道根室釧路地区の乳業メーカーとの協業を早期に実現。「フィナンシェ」のために前発酵バターを特注する洋菓子店は、おそらく現在でもなお他に類を見ないだろう。従来の後発酵式バターに比べると、香り高さと口溶けの良さは段違いだった。
自社工場内にはアーモンド粉砕機専用の部屋がある。挽いて10分以内に生地へ混ぜ込むのがルールだ。
きめ細かな挽きたての香り高いアーモンドプードル。
アーモンドの香りが落ちないうちに、手早く生地へと混ぜ込む。
そして、世界で最も愛される味を生んだもうひとつの秘訣は、アーモンド粉砕機の導入だった。同店の「フィナンシェ」にはマルコナ種とフリッツ種という2種類のアーモンドが用いられるが、これを2013年から独自の粉砕機で自社挽きしている。本来アーモンドは油分が多く加工が難しいため、アーモンドプードルを材料として仕入れるのが一般的だ。挽きたての香りをそのまま生地へ閉じ込めるには、ホールから粉砕できる設備投入が不可欠だった。
生地に前発酵バターを混ぜ、温かいまま型へ流し込んで焼く。これがふんわり軽い食感のコツ。
ガスオーブンで火加減を調整しながら焼き上げ、表面をふくらませる。最後に電気の熱で焼き色をつけたら完成。
いずれの投資も惜しまず味を磨いていった結果、同店の「フィナンシェ」は世界で最も売れているフィナンシェとして驚きのギネス世界記録を打ち立てた。封を開けた瞬間に漂うバターの甘い香り。かみしめるほどに追いかけてくるアーモンドの香ばしさ。現在自社工場では、1日に最大21万個もの「フィナンシェ」が製造されている。
フィナンシェ(8個入)1,080円
実は本記事の制作中、フランスから大ニュースが届いた。2023年1月、リヨンで開催された世界最高峰の洋菓子大会「第18回クープ・デュ・モンド・ドゥ・ラ・パティスリー」で、日本チームが16年ぶりの世界第1位に輝いたのだ。そのチームのリーダーを務めたのが、ほかでもない<アンリ・シャルパンティエ>の鈴鹿成年さん。さらにこのチームを率いた団長こそ、先にご紹介した駒居シェフだ。
チームリーダーを務めた鈴鹿成年さん(左)と団長を務めた駒居崇宏さん(右)。
「気候変動」をテーマに17カ国が競った。日本チームの優勝作品テーマは「Renewable Energy」。鈴鹿シェフは飴細工などを担当。
株式会社シュゼット・ホールディングス マーケティング部 鈴鹿成年さん
和菓子屋を営む父に憧れ2009年に入社。<アンリ・シャルパンティエ>の次世代を担う若きシェフ。
同店の運営元であるシュゼットHDには、今回のようなトップパティシエの創出を目指す独自のクラブ活動がある。その目的は、洋菓子を通じて人を幸せにするというミッションの遂行。そして、業界の未来を見据えた、たゆまぬ技術革新だ。「お客様のためになること、おいしさのためならなんでもやろうという企業文化がある。シェフが腕を磨き商品開発に反映していくこともその一部となります」と駒居シェフ。
その心意気は、生菓子の定番商品「ザ・ショートケーキ」の製造過程にも感じられる。ホールからカットした6ピースが瞬時に分離する“からくり回転台”は、同社のオリジナル製菓道具。こういった工夫を重ねながら、“作り手”の作業フローもスムーズに設計している姿勢に驚かされる。
「ザ・ショートケーキ」は1人で1日600ピースを製造。カット、デコレーション、フィルムを巻く工程まですべて1人で行う作業フローは、同規模の製造現場では極めて珍しい。
“からくり回転台”を操作すると一瞬でピースが分離! スムーズに次の作業へ移れる。
ふわふわとやさしい歯触りのスポンジと、飽きのこない甘さに仕上げたコクのあるクリーム。その絶妙な比率がなめらかな口溶けを生む「ザ・ショートケーキ」は、生菓子の中でもファンが多い一品。粒揃いのいちごを3つ載せたビジュアルが上品だ。
ザ・ショートケーキ(1個)713円
自慢の焼き菓子を幅広く楽しみたいなら、華やかな詰め合わせはいかがだろうか。代表商品の「フィナンシェ」をはじめ、瀬戸内のレモン果汁を使った「マドレーヌ」、彩り豊かな「ピスターシュ」や「フランボワーズ」など、フランス菓子ならではの素材を活かした、ひと口サイズの焼菓子が8種類入っている。
プティ・ガトー・アソルティ(8個入) 702円
フィナンシェ、マドレーヌ、キャラメル、ピスターシュ、フランボワーズ、抹茶、ミルクチョコ、フレーズ×各1個
「プティ・ガトー・アソルティ(8個入)」のカラフルでモダンなボックス。
焼き菓子の中でも特に美しい見た目で喜ばれるのが、フランス語で“少しずつ”の意味を持つ「プティ・タ・プティ」だ。シンプルな箱の中身は、パリの石畳のように並んだ美しい焼き菓子たち。中身はサブレやクッキー、ガレットなど個性豊かな9種類のフレーバー。唯一甘さのない「フロマージュ」は、ワインにも合う濃厚なチーズ味が印象的だ。エッフェル塔を模したピックも入っている。
プティ・タ・プティ(Mボックス/44個入) 2,160円
フロマージュ×8個、フレーズ、サブレ、バニーユ×各6個、ショコラ・ノワール、ショコラ・ブラン、プラリネ、フランボワーズ、ガレット・ブルトンヌ、スペキュロス×各4個
ちなみに店名の<アンリ・シャルパンティエ>とは、「クレープ・シュゼット」を考案した19世紀の料理人の名に由来する。同店が人の記憶に残る菓子づくりに長けているのは、食べる人の笑顔がダイレクトに見えるサロン・ド・テからその歴史が始まったことにも、深く関係しているのかもしれない。
Text : Mako Kobori
Photo : Akira Yamaguchi,Yuya Wada