2023.12.13 UP
<MORI wakuden>のMORIはモーリと読みます。イタリア語で桑の樹。<和久傳>創業の地は、近年は海の京都として注目されている日本海側の京丹後峰山町です。かつては絹織物の丹後ちりめんが一大産業で繁栄しました。
「京丹後は、丹後ちりめん抜きに語れない場所です。その賑わいは、かつて不夜城と呼ばれたほど。和久傳は、絹織物の商売の方々にご贔屓にしていただいていた料理旅館で、地元の方々にも大変愛していただいていた宿でした。しかし、丹後ちりめんの重要が少なくなってくると旅館業も立ち行かなくなってしまいました。家業を守るため、一大決心をして京都中心部で始めたのが料亭 高台寺和久傳でした。その折、地域の象徴として残って欲しいという署名運動までおこり、私たちは“必ずまた戻ってきます”と皆様に約束しました。だから心にはいつも故郷がありました」。
そう話すのは<和久傳>桑村綾さん。桑は蚕の食べ物。絹織物の蚕と縁の深い植物です。<MORI wakuden>には地域の歴史的背景もこめられています。
京都の中心地に開業した<高台寺和久傳>は、料亭として成り立ち、料亭の味をご家庭でも味わっていただけるようにとはじめた「おもたせ」の<紫野和久傳>を百貨店ではじめました。おもたせの需要が拡大し、京都のこれまでの工房が手狭になった時、新たな工房建設地として京丹後を選びました。
「自治体も全面協力してくださり、たくさんの候補地を出してくださいました。結果、京丹後久美浜の8,000坪の土地に決めました。ここを工房にするだけではなく地域貢献の場にしたい。働く人たちの心が豊かになり、地域の鎮守の森にしたいと考えるようになったのです」。
昨今、多くの自然災害が起こっています。山や森の保水力がなくなり、日本各地で起こっている土砂崩れ。桑村さんは工房の移転にあたり、いつか戻ると心に決めていた故郷で本物の森づくりをしたいと考えました。その手がかりを探していた時に巡り合ったのが植物生態学者の宮脇昭先生です。宮脇先生は「いのちの森づくり」の提唱者で、土地ごとに最も安定して育つ樹種を選び、多種類の樹木を混植・密植させながら自然に強いものを残し、森を育てる実践者でした。これは桑村さんの考える森のイメージと合致していました。宮脇先生の協力を得て、森づくりは和久傳と故郷の新たな繋がりを紡ぐ取り組みとなりました。
「日本の鎮守の森には、火伏効果のあるタブノキがたくさん植えられていたそうです。タブノキは水分を蓄える力があり、地中に根を深く伸ばして地盤を強固にする防災林の役割を果たします。宮脇先生にご指導をいただきながら樹木を選び、2007年に第一回の植樹祭を行うことができました。地元を始め、全国から1600人のボランティアの方々に集まっていただき森づくりがスタートしたのです。桑の樹ももちろん植えました」
今でこそ環境保全や防災が盛んに言われるようになりましたが、当時は東日本大震災前。社会からの要請でもなく、自らの意識と意思で行われてきた森づくりは今年で16年目を迎えました。
世界中に植樹を行ってきた宮脇 昭氏(植樹祭より)
更地から始まった森づくりは、驚くほど速いスピードで樹木が成長し、5年も経つと森らしい様相となった。
2015年には久美浜第二工房が竣工。2017年には以前より親交のあった安野光雅氏の美術館「森の中の家 安野光雅館」が建築家 安藤忠雄氏の設計で開館し、工房レストランもオープンしました。森の実りである桑、山椒、柿、柚子などが少しずつ森の中の工房レストラン、<紫野和久傳>のおもたせ商品にも取り入れられるようになっていきます。 そしてこの度、新ブランド<MORI wakuden>が誕生。MORIは、桑の樹であると同時に森とかけているのはいうまでもありません。
2011年の東日本大震災、そして2020年に世界を巻き込んだ新型コロナウィルス。大きな危機と一気に押し寄せたデジタル化の波は食生活にも大きな影響を及ぼします。
「お客様から、もう少し気軽に食べられるものがあればという声が聞こえて参りました。震災が起こる少し前ぐらいからだったと思います。お出汁だけとか、簡単に食べられるものが欲しいと。常連のお客様で、ご自宅では料理をきちんとされる方も、以前よりお料理をされなくなっているのだと実感いたしました。お子さんが独立されたご夫婦、共働きの若いご夫婦、みなさん料理しなくなっている。家族が小さくなっている。そういう方達が、普段の食生活の中で自家用に、でも満足感をもって食べられる食を提案してみようと考えたのが<MORI wakuden>です」
<MORI wakuden>の商品ラインナップは、カレー、サンドイッチ、にゅうめん、炊き込みご飯といった軽食が中心。これまでの贈答用料亭のラインナップとは大きく異なります。料亭が考える自家需要は、一人の時、夫婦で、料理が億劫な時に備えがあると嬉しい品揃えです。アイテムとしては日常食なのですが、使用している食材やその組み合わせには、やはり料亭らしさ、和久傳らしさが垣間見れます。例えば一番人気の「鯛サンド」。フィリングは鯛のお刺身。これを一部生産の森で採れた山椒を効かせたオイルでマリネして、すぐき漬けと大葉も一緒に挟んでいます。なかなか斬新、そして京都らしさがあります。
鯛サンド 1,296円 ※伊勢丹新宿店、京都伊勢丹限定
軽くトーストされたパンで鯛をサンド。冷凍販売なので保存も可能。自然解凍してパンの表面を軽く温めるとサックリした食感に。
カレーも「すっぽんと香味野菜のカレー」など、食いしん坊心をそそります。森がモチーフになった可愛らしいパッケージは可憐で、差し入れなどにも喜ばれそうです。山椒香油は、にゅうめん、カレーをはじめ、一振りすれば新たな味わいを引き出します。
森のかれー すっぽんと香味野菜のカレー(200g)1,296円
すっぽん、炒め玉ねぎ、黒ニンニク、八丁味噌など滋養に溢れた和のカレー。和出汁の効いた贅沢カレー。
森のにゅうめん 青さ海苔と彩り野菜(76g)1,296円
お湯を注ぐだけのフリーズドライタイプ。乾燥麺にオリジナルのフリーズドライ出汁と、フリーズドライの青さ海苔と彩り野菜。体調のすぐれないときや防災食にも。彩りが元気にしてくれる。
長年の想いであった故郷への恩返しから生まれた森とその恵み。人々の生活が大きく変わっても、食べることは大切にしたい。そんな気持ちに時代的にどう寄り添えるか。老舗料亭の工夫に満ちた食の提案の始まりです。
Text : FOOD INDEX編集部