<ナヴァラサ>山田 栄さん
おいしい紅茶を待っている方のために。しなやかに困難をくぐり抜けてきた

<ナヴァラサ>山田 栄さんおいしい紅茶を待っている方のために。しなやかに困難をくぐり抜けてきた

紅茶の販売を始めた80年代、「紅茶は百貨店でいちばん売れない商品」と揶揄されたこともあったという山田栄さん。2010年春に伊勢丹新宿店限定のティーブランド<ナヴァラサ>をスタートし、食品フロアを代表するブランドのひとつになりました。「学生時代から伊勢丹というデパートが大好き」という山田さん。憧れの場所で、こだわりの製品をお客さまに届ける喜びが色褪せない、その軌跡を伺いました。

38歳、遅咲きの社会人デビュー。目に映るもの、経験がすべて新鮮だった

多くの女性が会社勤めをしても、結婚して退社するのが花道とされた昭和。現在、紅茶の輸入・販売を手掛ける会社の代表として活躍する山田栄さんも、昭和女性の典型のような20代、30代を過ごしたといいます。「学校を卒業後、すぐに結婚をして、社会経験がまったくありませんでした。ずっと誰かの庇護の元で生きてきたことが、自分の中で引っかかっていたんでしょうね。「いつかは自分の足で立ってみたい」「社会と繋がりたい」という想いが心の片隅で強くありました」。
主婦として働く生活から一転、山田さんが初めて職に就いたのは38歳のときでした。「ちょっとしたきっかけで紅茶の販売を手伝うこととなりましたが、誰かがやり方を教えてくれるわけでもなく、何をどうやったらいいかわからない状態でした。まず紅茶の需要がありそうな百貨店やホテル、レストランなどに、ドキドキしながら電話をかけました。なかにはていねいにお話を聞いてくださる方もいらっしゃって。それが、ただただ嬉しく励みになりました」。

山田 栄さん

「好みのお茶で選ぶのはもちろんですが、裏面の表示も見てください。商品は、農園名、ロットNo、摘み取り年月の記載があることで、畑まで追うことができます」。

営業活動の一環で店頭に立つこともありましたが、「いらっしゃいませ」の声も出せなかったとか。「末っ子で泣き虫でもあり、そんな自分の性格を直したいと思っていたので、仕事は自分を鍛える修行だと思って奮起しましたね」。「恥ずかしい」「嬉しい」と思うその一つひとつの感情が、とても新鮮だったと話す山田さん。「今思うと可笑しいですが、お給料は二の次で、働けることに満足していました。楽しかったんです」と笑います。

いざ起業!待ってくれる人のために本気の一歩を踏み出した

42歳のときに起業するも、じつは「起業するという考えは一切なかった」といいます。さまざまな事情が重なって紅茶が手に入らなくなり、「山田さんから紅茶を買いたい」と言ってくださるお客さまのために直輸入せざるを得なくなったのだそう。しかし、80年代の世間の目は現在とは異なり、働く女性に冷たい風潮がありました。「当時は女性だと事務所を借りずらかったり、“栄”という名前で男性と間違われ、いざ会ったら女性じゃないかと交渉が頓挫することもありました」。

山田 栄さん

ダージリンにこだわる<ナヴァラサ>。同じ農園でも、ロットや春・夏・秋と季節違いがあり、200~300種ほど揃える。「例えば『ダージリン2024セカンドフラッシュ マーガレッツホープ農園 ホワイトシャイニーディライト』は、伊勢丹のバイヤーの方と訪れた農園で特別な苗木を特別な区画で、何倍もの労力をかけて作ってもらったお茶。みなさんから『本当においしいお茶ができた』と言ってもらえました」。

さらに、当時の山田さんには、海外で紅茶の買い付けをしたくても方法もわからず、しかも英語は片言。伝手(つて)もなし。なんとか知り合いの伝手を頼りにネパールに買い付けに行くも、湾岸戦争の最中であったこともあり、なぜか1か月間タイに滞在せざるをえなかったり、英語力の不足でトラブルにあったり。普通は投げ出してしまいそうな困難が多発しますが、山田さんは紅茶の買い付けを諦めませんでした。「大げさかもしれませんが、わたしの紅茶を待ってくださる方々の恩に報いないと申し訳ないという想いがありました」と山田さん。その誠実さが周囲にも伝わったのか、何度もやり取りするうちに、徐々に求めるレベルの紅茶を仕入れることができるようになったのです。

同時に、山田さんの紅茶に対する真摯な姿勢が界隈で噂になったのか、名のあるインドの紅茶農園から「こちらに来てほしい」という手紙が届きます。「熱い職人魂を持つダージリンティーの作り手と出会うことができ、イチからまた紅茶を勉強する機会を与えてくださいました。奥が深い、そして楽しい、というのが率直な感想でした。何度か訪れ、やり取りを繰り返すなかで、紅茶の味やクオリティがブラッシュアップされ、伊勢丹のためのスペシャルティーができ上がりました」。

山田さんのショップは徐々に拡充され、現在の成功に至ります。「自分の場合は紆余曲折があって、『こうせざるを得ない』というところまで追い詰められないと、なかなか本気になれませんでした。でも自分のためでなく、家族のため、お客さまのため、世のため、人のために恩返ししなくてはと思うと力が湧いたんですよね。紅茶のこだわりは絶対譲れない、紅茶の販売をやらないといけないと思えて、本気の一歩が踏み出せたんです」。
そのこだわりは<ナヴァラサ>の品数にも反映されています。例えばダージリンの種類はざっと200~300種。昨今、店頭に海外からのお客さまも増えているとか。「紅茶の本場のイギリスでも、ダージリンの品数がこれほど多いショップはなかなかないそうです(笑)」。

創造することが自分の力になり、喜びになる

山田 栄さん

店内には、随時100種類以上の紅茶を揃える。季節やイベントの限定商品はカウンターの前にある台に、カウンター奥にアールグレイがずらりと並ぶ。

新商品や季節限定の商品など、行くたびに新しい発見があるのも<ナヴァラサ>の魅力のひとつ。「伊勢丹のバイヤーさんから、イベントに合わせて難しいお題をいただくこともあります。最初はできないと思っても、それが刺激となり、自分たちの力になるので、最後はいつも『面白かった』と思っています。どんなお仕事でもそうですよね。創造する喜びとか、深めていく喜びがあるから、やりがいがあるし、楽しいんですよね」。ふとしたきっかけで始めた紅茶の販売が、「結果やりたい仕事になった」山田さんの現在は、いつも現状を楽しんでいるからなのかもしれません。
そもそも、サンスクリット語で9つの感情を意味する<ナヴァラサ>というブランド名は、山田さんの紅茶への記憶がもとになって付けられたそう。「エジプト人の女性が淹れてくれた紅茶が、とてもおいしくて。40年近く経ってもその記憶が鮮明で、紅茶の味や香りで、その空間や淹れてくださった方、それを飲んだ自分自身の感情がすごく印象に残っているんです。紅茶を通して、他者と自分の人生が関わるような気もしました。思い返すと、紅茶に惹きつけられた瞬間だったのかもしれません」。
おいしい紅茶を届けたい。必死で駆け抜けているうちに、いつの間にかそれが山田さんの使命になっていました。1杯の紅茶が誰かの人生を豊かにするかもしれないと思うと、また動き出したくなるのです。

山田 栄さん

「紅茶の香りはアロマテラピーのように、感情に響きます」と山田さん。伊勢丹新宿店限定の「エモーショナルシリーズ」は贈り物にも人気。「『エモーショナル 怒』はイライラしているときに冷静に、あるいは受容するような気持ちを誘います」。

山田 栄さん

2024年春に摘み取った、ファーストフラッシュの水出しアイスティー「ダージリン2024ファーストフラッシュ サングマ農園 PREMIUM-1」もこだわりの製品のひとつ。「ファーストフラッシュはすっきり感やリフレッシュ感が楽しめます」。

山田 栄さん

<ナヴァラサ>
ダージリン2025年 ファーストフラッシュ
マーガレッツホープ農園
ホワイトシャイニーディライト

ダージリン・カーセオンタウンのノースバレーに位置する農園。その一角にある、標高約1,200mの伊勢丹限定区画で特別栽培されたお茶です。銀緑色の見た目にも美しい、見事な茶葉です。
黄金色の茶液は光に映え、甘く優しく、そして若葉の凛々しさをしのばせた芳香を漂わせています。フレッシュな果実のような瑞々しくグリニッシュな味わいは、口に含むごとに力強く躍動感を増していきます。
販売期間:4月下旬頃~予定
※写真はイメージです。
※容量・価格・農園等、詳細は店頭にてお問い合わせください。
□伊勢丹新宿店本館地下1階食料品 プラ ド エピスリー

撮影/五十嵐一晴
取材・文/荒木奈々
制作/ハースト婦人画報社 HEARST made

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