
伊勢丹新宿店の視点で今を切り取るTHE MOMENTS。今回のテーマは「TSUGI」。本館5階で開催する「Design Contemporaries」は、ライフスタイルの次なる豊かさとして「コンテンポラリーデザインのある暮らし」を提案する企画です。「ツールとしてでもアートなオブジェでも作品の解釈は自由です」と話す伊勢丹新宿店ライフデザイン商品部バイヤーの吉田裕美が、本企画にも出展するコンテンポラリーデザイン分野において日本を代表するクリエイターである<we+/ウィープラス>の林登志也さんと安藤北斗さんを訪ねしました。
we+
リサーチと実験に⽴脚した独⾃の制作・表現⼿法で、新たな視点と価値をかたちにするコンテンポラリーデザインスタジオ。林登志也と安藤北⽃により2013年に設⽴。日々の研究から生まれた自主プロジェクトを国内外で発表しており、そこから得られた知見を生かした、R&Dやインスタレーションなどのコミッションワーク、ブランディング、プロダクト開発、空間デザイン、アートディレクションなど、さまざまな企業や組織のプロジェクトを手がける。FRAME Awards / Furniture of the year 2023(蘭)、Dezeen Awards / Emerging Design Studio of the Year Public Vote(英)、日本空間デザイン賞金賞他受賞多数。作品はドイツのVitra Design Museumなどに収蔵されている。
コンテンポラリーデザインはあくまで工芸品などの延長線上

左から:伊勢丹新宿店ライフデザイン商品部バイヤーの吉田裕美、<we+>の林登志也さん、安藤北斗さん
吉田:伊勢丹新宿店でもアートへの関心が高まっているのを感じているのですが、一方で<we+>のようなコンテンポラリーデザインの領域へはまだ足を踏み入れていない、興味はあるけれどライフスタイルにどう取り入れていいかわからないという声もあるんです。そんなお客さまへのひとつの提案として、「Design Contemporaries」というイベントを初開催することになりました。
林:ヨーロッパで友人の家に招かれたりすると部屋に大きなオブジェが飾られていて、石そのものを置いていたりします。単純に日本とは住んでいる家の大きさが違って、部屋も広ければ天井も高い。なので置き場所に困ることはないんですよね。
吉田:確かに空間にゆとりがあればアート性が強いオブジェであってもさりげないですし、ごちゃごちゃした印象にはならないですよね。
林:そうですね、スタイリングとしてもまとまりやすいです。それが日本だと同じようにはいかないので、作品としては気に入ったとしても存在感がありすぎるデザインを暮らしにどう取り入れていいのかと躊躇してしまうのではないでしょうか。まずは本棚などのちょっとした空きスペースにコンパクトな作品を置くようなことから始めるのがいいかもしれないですね。
吉田:そういえば安藤さんは大きな新居に引っ越したと噂で聞いていますが。

安藤:一軒家をリノベーションをしたので新居は本当ですけど、大きいは嘘ですね(笑)。コンテンポラリーデザインというのはいろんな視点が含まれているので読み解くおもしろさがありますし、これからのデザインの鍵にはなると思っています。ただ「コンテンポラリー」と表現してしまうと構えてしまう方も多いと思うんです。素材が少し実験的だったり技法が革新的かもしれませんが、あくまでも工芸品やクラフト作品の延長線上にあると考えていただければ親近感も生まれるのかなと思います。
「茶碗を愛でる」に倣えばコンテンポラリーにも愛着は持てる
吉田:先ほど林さんはヨーロッパではオブジェとして石までも飾るとおっしゃっていましたが、用途が曖昧なモノを部屋に置くというのは日本人にはなかなか思いつかない発想だと思うんです。

林:ヨーロッパのギャラリストから「日本人はミニマリストで、現実主義者だ」と言われたことがあります。ヨーロッパの人たちは家具も自分を表現するためのツールだという考えなんです。それに対して日本人は家具に収納力や耐荷重などの機能を求めがちですよね。なので僕たちが手がけているようなアートとデザインの間にあるようなオブジェクトの扱い方に困惑してしまうのは仕方がないことかもしれません。
安藤:「家具=機能」ではなく「家具=嗜好品」という捉え方が広まっていくとうれしいんですけどね。コンテンポラリーデザインの家具には機能以外にもデザイナーの思考、職人の技術などが詰め込まれているので、いろいろな角度で魅力を楽しむことができます。視点を変えるだけで新しい豊かさに気づけますから。そこは皆さんに知ってほしいと思うと同時に、自分たちも伝えていくべきことです。
林:日本でも「茶碗を愛でる」という文化はあるので、家具でもオブジェでも機能以外の部分に愛着を持つことは日本人にも必ずできるはずですよね。
吉田:モノの提案が機能軸になってしまうというのは百貨店がまさにそうで、私が担当しているのは生活に根ざした道具を販売しているフロアです。そのために部署名もリビング用品部などと呼ばれていたのですが、それを数年前からライフデザイン部と変更しています。これからは「使うためのモノ」だけではなく、「ライフスタイルをデザインする」コトも提案していこうという考えからです。

安藤:実用性だけがすべてではないという伊勢丹新宿店の考えにも時代の潮流を感じますよね。モノが飽和していけば、人はさらなる付加価値を求めますからね。
世界で認められている日本人クリエイターの存在を知ってほしい
吉田:おふたりは自分たちが手がけた作品が暮らしにどのように取り入れてもらえたらうれしいですか。
安藤:「こういう風に使ってください」と押し付けるようなことはしないですが、僕たちが作っている家具と「暮らしの中で対話を楽しむような関係」になってもらえたらそれは作り手としてすごい喜びです。

林:基本的には自由でいいと思いますね。そもそも家具でもありオブジェでもあり、彫刻ともいえるような定義が曖昧なものですから。逆に日本では僕たちの作品は販売されていないので、もしも購入される方がいたらどのように暮らしの中でスタイリングするのか興味はありますし、むしろ知りたいです。
吉田:それは私たちも同じですね。販売したら終わりではなくて、どういう思考で購入して、どういう風に使って、楽しんでいるのかをリサーチして、さらにどんな提案が喜ばれるのか、そこまでのお付き合いをお客さまとしていきたいと思っています。そこまでしないとコンテンポラリーデザインの存在価値は伝わらない気もしています。
林:海外のギャラリストも「エディケーション」という言葉をよく口にします。ライフスタイルに対する考え方がまだまだ発展途上の地域や国に赴いて、コンテンポラリーデザインのある豊かな暮らしを丁寧に提案しているそうです。理解してもらえると新たな顧客が生まれますし、それによってコンテンポラリーデザインの領域で頑張りたいと思っている次世代のデザイナーたちも元気になれる。伊勢丹新宿店がやろうとしていることはそれと同じですね。
吉田:日本でも例えば何百万もするような茶器や着物を購入される方はいらっしゃるじゃないですか。それが椅子や照明が何百万となると途端に引いてしまうのは文化の違いもあるんですかね。今回お集まりいただいたのは、世界的な賞を受賞しているような林さんと安藤さんの作品が海外だけで広まっている現状を日本の方に知ってもらうためでもあるんです。
安藤:所属しているギャラリーはロンドンとミラノなので、確かに顧客は海外の方ばかりです。
林:海外のギャラリーも不特定多数を相手にしているわけではなく、特定の顧客と何年もお付き合いするような商売をしています。そうすることで顧客が顧客を呼び、評判が評判を呼び、輪が広がっているんです。それは日本でコンテンポラリーデザインを広めていく上でのヒントになるような気がしていますし、まさにそれを伊勢丹新宿店に期待しているところです(笑)。

安藤:僕たちよりもひと回り若い世代も「コンテンポラリーなモノづくり」というのがひとつの流れとしてあります。ただ彼らは海外のギャラリーとつながりがない場合も多く、作品を製作しても出口がないような状況なんです。マーケットとして成立させてくれる出口があれば日本のデザイン産業も盛り上がっていくはずなので、ぜひ伊勢丹新宿店に頑張っていただきたいです(笑)。
選択肢がひとつしかなかったら豊かな暮らしとはいえない

吉田:ありがたいことに伊勢丹新宿店にはご自身の目で、価値観で選ぶことができる審美眼が養われたお客さまが多くいらっしゃいます。「ライフデザイン」と名乗る部署だからこそ、暮らしが豊かになるような新しい提案には積極的でありたいです。
安藤:<we+>のWebサイトに「多様性と選択肢にあふれるのが豊かな世の中」とあります。そのメッセージには多くの選択肢から自らの価値観で選ぶことは、豊かさにもモノへの愛着にもつながるという想いを込めているんです。コンテンポラリーデザインも選択肢のひとつのはずですよね。

林:多くのモノに囲まれる、高価なモノをコレクションするという考え方は今の時代の豊かさとはフィットしていないよう感じます。それよりもたったひとつを使い続ける、愛し続けることが現代の豊かさなのかなと。
吉田:私自身は「消費」という言葉にあまりいいイメージを持っていなかったのですが林さん、安藤さんとお話をして新しいマーケットを生み出すためには必要なことだと感じました。コンテンポラリーデザインの世界が拓けるように、バイヤーとして自信を持って提案できるものはどんどんお客さまに紹介していきたいです。まずは初開催となる「Design Contemporaries」を頑張ります!
Design Contemporaries
□2024年2月3日(土)~2月13日(火)
□伊勢丹新宿店 本館5階 センターパーク/ザ・ステージ#5
