「新宿0丁目商店街」一田 憲子さんのコラム|「0丁目商店街」って?
後編「感じる心を伝える」

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「新宿0丁目商店街」は、「百貨店」という枠でカテゴライズすると、そこからこぼれ落ちてしまうものを拾い上げ、並べて、開店する架空の商店街です。手作りで少量でしか作られていないもの、継続的には販売できないもの、面白そうだけれどまだ名もなきもの、そんな「百貨店らしくない」ものも、きっとお客さまに喜んでいただけるはず。ささやかなワクワクが、人の心に起こしたさざ波は、きっと忘れられない「体験」となって、手に入れた人の心に刻まれるはず。架空の街「新宿0丁目商店街」が目指すのは、そんな小さいけれど決して忘れられないお買い物の記憶です。

この商店街が生まれるきっかけになったのが、伊勢丹新宿店 本館4階にある「プライムガーデン」です。前回は、2003年にこのショップが生まれた当時のお話を伺いました。今回は、この「プライムガーデン」のバトンを3年前に受け取り、今先頭に立っているバイヤーの須﨑 浩之さんにお話を伺ってみました。

もともとファッションが大好きで、メンズ館の6階で約一カ月の研修を終えた後、本館3階の「リ・スタイル」からキャリアをスタートさせたという須﨑さん。ここは、最新コレクションからヴィンテージまで、国内外のブランドを独自のコンセプトで編集、発信し続けるスタイリングショップでした。「そこから約15年間は、本館3階のモードやデザイナーズと呼ばれる領域で、店頭での販売からセールスマネージャー、バイヤーまでを経験しました」と教えてくれました。

一田さんと須﨑バイヤーの画像

3年前に「プライムガーデン」の担当になったときのミッションは「エターナル(永遠)」というフロア全体のテーマに「新しさ」を注入すること。

「僕はずっと3階で仕事をしてきたので、まずは『4階にどのようなお客さまがいて、伊勢丹新宿店に、ファッションに何を求めているのだろう?』を知ることから始めました。その中で改めて強く実感したのは、デザイナーズのお客さまのように、トレンドに応じてさまざまなブランドを組み合わせてその時代のファッションを楽しむというよりも、ブランドにこだわらず自分のスタイルに合うものを探しにいらっしゃる『玄人肌』の方が多いということ。さらに、『プライムガーデンってなに?』ということを改めて振り返ると、『シンプルで、上質で、普遍的な、トラッドなアイテムを多く取扱うコーナー』という共通のイメージがあり、それが長く4階のお客さまに支持されてきたことを知りました。その代表的なアイテムは<ジョンスメドレー>のセーターや、<インコテックス>のパンツ、<マッキントッシュ ロンドン>や<アクアスキュータム>のコートと、まさに『名品』ばかり。ただその一方で『名品』ということを自分なりにもう一度捉え直したときに、何十年、何百年と続いてきたものだけを紹介することが我々のお客さまが望んでいることなのだろうか、次の時代にも通用する『名品』をも発掘し提案してこそ伊勢丹新宿店なのではないだろうか?と感じました。もともと『プライムガーデン』が得意とするベーシックなスタイルに『クラフトマンシップ』という共通項で現代の『名品』をスパイスとして組み合わせたら、より魅力的な店になるのではないかと思ったんです」。

「現代の『名品』」というのは、須﨑さんが3階にいらしたときに取扱われていた「トレンドのもの」とは違うのでしょうか?

一田さんと須﨑バイヤーの画像

「デザイナーズの領域って、コレクションや一つひとつのアイテムにその根底にあるコンセプトや視点の『新しさ』が表現されていることが重要。それはどちらかというと『0』から『1』を生むことのおもしろさだと思うんです。一方で現在、僕がバイヤーとして探しているもの、お客さまに提案したいものは、『1や2があってからの、3や4がある』という意味での『新しさ』、その積み重ねの中から生まれるものの魅力なのかなと感じています」。

なるほど~と唸りました。ずっと3階でデザイナーズを追いかけてきた方が、突然4階の担当になったとき、どうしてもかつての価値観を持ち込んでしまいがちです。なのに、須﨑さんは、きちんと4階の現状を把握し、「新しい価値」をオンしようとされていました。
さらに、提案の仕方にも「新しさ」を取り入れようとされているのだとか。

「4階は、もの一つひとつに込められた奥行きが深いことが特徴だと思うんです。だからこそできあがるまでの背景や、作り手がなぜそれを生み出したいと思ったか、届ける我々はこれからどうあるべきか、お使いいただくお客さまには何を感じていただきたいのかをできる限りまっすぐに伝えることができたらいいなと思います。そのために、『伝える』ということのプロフェッショナルであるスタイリストさんやメディアの方々と『次の時代のラグジュアリーとはなにか』を模索するプロジェクトにも挑戦しています」。

伝統的なものに、新しい目線で選んだものを入れてバイイングをしている須﨑さん。世の中には、新しいものがたくさんある中で、どんな基準でものを選んでいるのでしょう?

「根底にあるのは『クラフトマンシップ』ですね。丹精込めて作られたものには新しさを超える美しさがあるように思います」。

「たとえばプライムガーデンで取扱わせていただいている<シオタ>は、岡山で古くから続いているデニム工場から生まれたブランドです。<シオタ>のデニムの多くの形はトラディショナルなモデルをサンプリングしているのですが、ベースとなる素材に『スヴィンコットン』という綿の中でも希少で上質なものを使うことで肌あたりを抜群によくしています。さらに、縦糸と横糸の組み合わせや織りの技術、加工の工夫など探求を積み重ねて経年変化をより楽しめるようにもしている。目に見えて新しいファッションも楽しいですが、こんなふうにトラディショナルをベースにしながら、面構えを現代風に整えたり、より着心地の良いものにしたり、あり続けてきたものの良さを再解釈しアップデートを積み重ねることでたどり着く穏やかな新しさが僕個人もとても好きですし、美しいなと感じます」。

商品について話す須﨑バイヤーの画像

そんな須﨑さんの話を聞いていると、その「新しさ」を体験しに行きたくてたまらなくなりました。それにしても、これまでずっとモードを追いかけてこられたのに、今、トラディショナルや、クラフトマンシップのものをバイイングするとき、そのモチベーションはどうやって保っているのでしょう?

「次から次へと新しいものが登場し目まぐるしく変わっていくデザイナーズファッションの楽しさに対して、今の領域は掘り下げていくことのおもしろさ。多少ジャンルは違えど、お客さまにとってのいいものをあれこれと真剣に探しているうちに自分でもどんどん好きになっていってしまうんですよね。0丁目商店街の店主のみなさんはその『好き』をとことん突き詰めながら時代の流れを軽やかに乗り越えてきた先輩方。プライムガーデンと0丁目商店街にはルーツとしてそんなところに共通項があるのかなと自分なりに感じています」。

伊勢丹新宿店の本館4階は「世界の伊勢丹」を目指し、よりラグジュアリーなものを取り入れていく予定なのだといいます。

「ただ、どこにでもある『ラグジュアリー』ではなく伊勢丹新宿店としての新しい価値観を提案したい。僕が入社した当時の伊勢丹には『ファッションは衣食住すべてを包みこむもの』という考え方がありました。まさに今こそそれが求められていて、衣料品の専門店ではない百貨店である強みが活かせるのではないかと考えているんです。なので、プライムガーデンでは洋服やシューズ・バッグ・アクセサリーだけではなく、食器や花器からホームリネン・ベッドやお茶にいたるまでさまざまなカテゴリのいいものを提案しています。そして、ラグジュアリーという言葉に何となく付きまとう、高いものが良いとか海外のものや有名ブランドの方が価値があるといった固定概念は自分の世代にとってはまったくリアルではありません。そういったものをお客さまと一緒に気持ちよく崩していける店であり続けられたらうれしいですね」。

普段の自分の生活レベルよりも、上のクラスの方々の暮らしを想像するのは、難しくないですか?とちょっと意地悪な質問をしてみました。

「積極的に、臆さず触れてみることを心掛けています。大切なのは高級かどうかではなく、いいものであるかどうか、きっとお客さまもそうなのではないでしょうか。だからこそ自分の生活に『200万円のベッドは無理だな』とは思わずに、いいものがそこにあることを知ったらまずは一度寝に行ってみる。『こういった製法で、この外観、この寝心地で200万円なんだ』ということを素直に体感しメモリーすること、それをどれだけ積み重ねることができたかがバイヤーとしての自分なりのいいものを選ぶ価値基準につながっていくのだと思います。僕は幸運なことにそれをさまざまな立場で17年間やり続けてくることができた。その自分が値段に関わらず心から『欲しい!』と思えたものはお客さまの生活を豊かにできるものだと信じています」。

一田さんと須﨑バイヤーの画像

いつも、このコラムの取材で感じることは、伊勢丹新宿店というショップの奥に、それにかかわった伊勢丹を支える人の暮らしや人生が繋がっている、ということです。
20年前に、ワクワクしながら、見えないものを見える化し、「プライムガーデン」という「場」を立ち上げた高橋さんの熱いあの日。自分の背丈よりぐんと高い場所にあるものでも、体で「感じに」出かける須﨑さんの今の日々。それがつながって、伊勢丹新宿店 本館4階というショップが立ち上がる・・・。

百貨店という巨大な館では、すべてがキラキラ輝いて、そこは消費社会の最前線なのかと思っていました。でも、その足元には、土を掘り土台を築き上げるという、意外や泥くさいプロセスが隠されていました。そこで費やされた時間が、訪れる人の心にリンクしたとき、「お買い物以上」の体験が生まれるのかもしれません。

文・一田 憲子さん
ライター・編集者として女性誌、単行本の執筆などを手がける。2006年、企画から編集・執筆までを手がける「暮らしのおへそ」を2011年「大人になったら、着たい服」を(共に主婦と生活社)立ち上げる。著書に「日常は5ミリずつの成長でできている」(大和書房)「暮らしを変える 書く力」(KADOKAWA)新著「もっと早く言ってよ。」(扶桑社)自身のサイト「外の音、内の音」を主宰。http://ichidanoriko.com

写真・近藤 沙菜さん
大学卒業後、スタジオ勤務を経て枦木 功氏に師事。2018年独立後、雑誌・カタログ・書籍を中心に活動中。

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プライムガーデン店舗の画像
プライムガーデン
PRIME=上質であること、GARDEN=開放的で心まで豊かにする場であること、を守りながら『あたらしいラグジュアリーとはなにか』をテーマに世界中から厳選したアイテムでファッションからライフスタイルまで提案する大人の女性に向けた伊勢丹のセレクトショップです。
※本館4階 ザ・ステージ#4にてイベント・プロモーションを併設中。
公式Instagram @prime_garden_isetan_shinjuku