美術
2023/5/29
鉛筆の鉛色は、
閉塞感のある現代の空気感にとても馴染むように思う。
この背景の前では、
一陣の風が吹けば、
命あるものも無いものも等しく、
舞い、踊り、そして歌い、喜ぶ。
その様は、画面上の限りある時を謳歌しているようにも思え、
出来ることならそれが永遠に続くようにと願いながら、描いている。
吉岡由美子
吉岡さんは、私が大学院で指導してきた優秀な学生の一人だ。吉岡さんは様々な種類の鉛筆を駆使して静けさに満ちた空間を描き出している。しかしそれは単なる静けさではない。世界はこの瞬間、時間という概念を失って完全に静止している、と作品を見て気がつく。
それは静けさの持つ安らぎというより、無音の持つ緊張感に近い。そして静止というより、ビッグバンの考えられないくらい直前のような、まだ時間という概念が存在していなくて、続く爆発的なドラマを誰も知らないぎりぎりの飽和状態、と言ったほうがいいかもしれない。
アダムとイブがリンゴに手を出すまさにその時に、楽園がこれから起こるあまりの事に、可様に一瞬静止して見えた、と言われればそれもさもありなんと思えるほどの極限的な刹那だ。
その、何も起こって起こっていない、しかし、何か例えようもないことが確実にこの直後に起こる、というような気配は、文学にも音楽にも、もちろん絵画にも彫刻にも容易には表せない。しかし吉岡さんは、たまさか見事に描き出していると私は感じた。
それを意識して演じることができたのが世阿弥だった。世阿弥の言う「せぬひま」こそ、表現の究極となる。なにも表現せず、なにかが起こる前触れを表すということが、いかなる芸の極致の、その果てしない深奥に築かれた精神性が必要か、考えるまでもない。
世阿弥はその奥義を能楽論「花鏡」にまとめたが、それは現代の日本語では翻訳不能とも言われている。そんな深淵に通じる世界観を感じさせる吉岡さんの作品に触れ、実直で真摯な吉岡さんの不断の努力の賜物として、その芸術の真髄がここに立ち現われたと思っている。この得難い躍如を多くの方にご覧になって頂きたい。
千住博(画家・日本藝術院会員)
デジタルカタログは、期間になりましたら下記よりご確認いただけます。
SolemneⅦ
63×116.7㎝
鳥の子紙、鉛筆
※価格はお問い合わせください。
地磁気#26
4号(24.3×33.4㎝)
ファブリアーノ紙、鉛筆
198,000円
地磁気#29
8号(45.5×33.3㎝)
ファブリアーノ紙、鉛筆
352,000円
※数量に限りがある商品もございますので、品切れの際はご容赦ください。
※価格はすべて、税込です。
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