現在九段下に本店を構える<寿司政>は、江戸時代に日本橋場内で屋台から始まった老舗の寿司屋。この店の引き継いできた歴史と特長ある味について代表の5代目戸張正大さんにお話を伺いました。
屋台に始まった江戸前寿司のDNAを引き継いで。
時は第14代将軍、徳川家茂(いえもち)の時代。
討幕の動きが本格化してきた幕末に、江戸の台所といわれた日本橋で<寿司好>の屋号で誕生したのが現在の<寿司政>です。今の寿司が屋台飯から始まったとは話には聞きますが、<寿司政>はまさに江戸の寿司のルーツを担っている店です。
魚の保存食として生まれた発酵食の一つだった「なれずし(熟れずし)」は、男性労働者の多かった江戸(東京)で、熟成不要ですぐに食べられる「はやずし(早ずし)」へと大きな変化を遂げました。寿司の定番となった「握り」も、市場勤めの忙しい働き人たちの生活に合うものだったのでしょう。高級な嗜好品になった今の寿司を見たら、江戸の人たちはびっくりするかもしれません。
「日本橋の場内で始まった店なので、東京湾の魚を握るのが当時の寿司屋でした。魚種でいえば、鯵、鰯、イカ、小肌も当時は東京湾でとれたと思いますよ。今人気の鮪は滅多に入るものではなかったし、中トロみたいに脂の多いものは、江戸時代は人気がありませんでした。鮪よりも鰹の方がずっと人気あったと聞いています」と<寿司政>5代目戸張正大さんが江戸の寿司の歴史を話してくれました。
現在の<寿司政>本店。九段下駅から近く、表通りから入る路地に佇む。銅の壁面が歴史を感じさせる。関東大震災後に今の場所に移転した。
お話を伺った5代目代表の戸張正大さん。祖父と祖母から店の味を引き継いだ。
日本橋で創業当時の屋号は<寿司好>。初代、戸張好造氏の名前が由来です。初代は、屋台を引いて場内だけではなく日本橋界隈、上野黒門町、神田の茅場町まで屋台を引いていたそうです。店には文久元年と書かれた米櫃が今もあり、物入れとして大切に使われているのだとか。しかしその後、関東大震災で店を失い、現在の九段下に移転します。移転を機に、正大さんの祖父にあたる3代目戸張政次郎の名から<寿司政>へと屋号を変更。店の味は、3代目政次郎氏の味がベースだといいます。
現在の店内。1階はカウンター(7席)とテーブル(8席)。2階が座敷席。こぢんまりとして温かく、町寿司的な親しみやすさがある。昔からの常連客も多い。
「日本の料理人というと仕事は見て覚えるもの、教わるのでなく自ら見て盗むのようなイメージかと思います。祖父も仕事には非常に厳しい人でしたが、レシピに関してはきちんと引き継がれるように、完成させたものを祖母に残したのです。仕事を伝えるのは祖父が亡くなると祖母の仕事になりました。自分が5歳の時に亡くなってしまったのですが、僕には優しかったですね(笑)。店の伝統として、10代のうちに煮物(穴子や蛤など)、焼物(玉子焼)、〆物(小肌や鯖など)を習得するのが習わしで、私も大学生になると、祖父のレシピを見て祖母に指導を受けながら修業を始めました」
煮物、焼物、〆物。これこそ<寿司政>の仕事で味の根幹であるという5代目に、お店の仕事を見せていただきました。
メリハリがあり、酒の肴にもいいのが<寿司政>の味。
「煮物 穴子」
伝統の煮物は穴子、煮蛤、煮烏賊、しゃこ。中でも穴子は江戸前の種(タネ)の花形の一つで、店によって特長が煮方や提供の仕方にもあらわれます。<寿司政>では、ずっと付き合いの長い穴子専門店から仕入れています。「煮物は材料によりすべてやり方が異なるので、難しい仕事の一つかと思います」
20cmぐらいのサイズをなるべく揃えて仕入れ、長年のつけだれを元に、毎日新たに煮付ける。
煮上がったところ。隠し味と言われる「にきりとつめ」も大事な店の味。穴子のほか煮烏賊、煮蛤など一連の煮物にはつめを塗る。上品な甘さで口当たりをよくする。
「焼物 玉子焼」
近年はカステラのように厚焼きにして単品で供す店も増えましたが、<寿司政>は伝統のうす焼きです。鯛や平目などの白身、海老のすり身を入れた店自慢の味。「本来は玉子も寿司種の一つ。シャリの酸味と合わせた時の味を完成形として、味が決まるように玉子を焼きます。酸味と甘み、メリハリのある味を楽しんでいただきたいですね」と戸張さん。
片面にしっかり焼き色をつけたら反対側に返す。
表になる側は焼き色をつけないよう、すぐに蓋を使って返す。
薄焼き玉子焼の完成。
「〆物 しんこと小肌」
お店名物のしんこと小肌。しんこは小肌の新物で、一寸程度のサイズです。成長とともに締め方も味付けも軽目から重目へ繊細に変えます。塩加減というのはシンプルにして最も難しい仕事。職人の腕の見せどころです。かつて作家の山口瞳さんが「寿司政のしんこを食べないと私の夏が終わらない」と雑誌に書いたことがきっかけで<寿司政>のしんこと小肌は店の代表格となりました。「小肌は季節×漁場×大きさで味が違うので、それによって塩加減を変えます。うちはしっかりめにしめるので、しょっぱいと言われることも多いのですが、お酒のつまみには丁度良いと自負しています」。
小肌は手に持った瞬間で身の厚みと脂の乗り具合を判断し、季節の気温や湿気などにも気を配りながら塩加減や漬け込みの時間を調整する。
漬け上がった小肌。身の光の具合を見て、何日寝かせるかを決める。
「鮪」
<寿司政>では時期によって仕入れ先を変えていますが、その時その時でより良い鮪を中心に使用しています。赤酢のシャリとの相性の良い魚です。
長年の信頼関係で仕入れている鮪。南マグロは本マグロより甘味が強く、シャリの酸味との相性は抜群。
「シャリ」
米は近所の<大丸屋米店>の会津産コシヒカリを長く使っています。<大丸屋米店>の創業もなんと<寿司政>と同じ1861年(文久元年)。米と同じくシャリを作るのに重要なのが<横井醸造>の赤酢です。長期熟成の酒粕から造られる深い味わいは「かえの効かない調味料」と5代目を言わしめます。
シャリ切りしているところ。熟成した赤酢ならではのしっかりした色合い。酸味だけではない複雑な旨みがあり、寿司種との相性が良い。
日本橋三越本店では、季節の握りのセットとちらし寿司を中心に販売予定です。
(写真下)
・食彩にぎり 5,616円
本鮪の赤身、中トロ、穴子、小肌、赤貝、イクラ、その時期旬の白身、貝類の8貫握りに鉄火巻が入った日本橋三越オープン記念の限定商品でございます。
(写真上)
ばらちらし 3,240円
赤酢のシャリの上にガリ、きざみ干瓢、おぼろを引き詰めた上に<寿司政>を代表する鮪、煮烏賊、穴子、小肌、季節の白身、貝類と、煮椎茸やシャキッとする酢ばすにふんわり甘い玉子焼きの16種類の具材が盛り付けられた<寿司政>の集大成が味わえます。
日本橋三越本店で販売される握り寿司、ちらし寿司は店内の厨房で作り立てが提供されます。本店の味わいをなるべくそのまま。ガリもおぼろもかんぴょうも、すべて手作りです。
「初めてうちの寿司を食べると、今のお寿司の味に慣れているお客様には少々しょっぱいと感じられる方が多いかと思います。でもこれが<寿司政>が受け継いできた味。例えば玉子の握りも、シャリの酸味があるから玉子焼の甘みが引き立つのです。それぞれに味のバランスをとった素材を並べるのでなく、メリハリのある味を合わせた時にでる趣きを店の味として大事にしていこうと思っています」という言葉は、歴史に裏打ちされた誇りに満ちていました。江戸前の血筋を感じる寿司、味わってみませんか?
※数量に限りがある商品もございますので、品切れの際はご容赦ください。
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※画像は一部イメージです。
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