10月になると、そろそろ気になるのが“今年のクリスマスケーキどうしよう”問題です。
まだまだ時間があるからゆっくり選ぼうと思っていたら、人気商品は売り切れで、結局クリスマス当日に並んで買うことに、なんて経験ありますよね。今年のクリスマスは平日水曜日なので、ケーキを買う時間帯はさらに混雑しそう。せっかくのクリスマスディナーが遅れてしまっては実にもったいない!こんな時にオススメしたいのが冷凍ケーキという選択肢です。知っている人は使っている。リピーターが増えているという最新冷凍ケーキ事情をお届けします。
まずは、早くからウエディングケーキや記念日など、ハレの日のケーキに力を入れてきた<アニバーサリー>オーナーパティシエの本橋雅人さんに、冷凍ケーキが近年人気な理由や今年のクリスマスケーキ(冷凍)の新たな挑戦について伺いました。
「私達が創業時から力を入れてきたのがウエディングケーキです。長年、いかにハレの場にケーキを美しく、美味しさを保って配送できるか。そこに気を配りながらケーキ作りをしてきました。配送の際のケーキの固定の仕方も工夫を重ねてきた部分です。冷凍ケーキを始めたのは、まだ3、4年前のことなのですが、ウエディングケーキで培った技術が役立っていると思います。始めてみると好評で、どんな方が利用されているのかなと思ったら、リピーターが多いのは東京都心部のお客さまでした。当初は、地方暮らしで身近にお店のない方々のニーズがあるのではと予想していたのですが、忙しくてなかなかお店の開いている時間にケーキが買えない、でも特別感のあるケーキを特別な日には用意したい。そんなお客さまに冷凍ケーキはマッチしているようです。大前提として、保管する冷凍技術の進歩、物流技術の進歩は大きいです」
昨今は業務用だけではなく家庭用冷凍庫も進化し、安定した環境で長時間冷凍が可能になりました。家庭用冷凍庫のスペースも大きくなっています。技術進化にライフスタイルの変化が合致し、支持者を増やしているのが冷凍ケーキなのです。
<アニバーサリー>オーナーパティシエの本橋雅人さん。洋菓子修行の後、シュガークラフト技術を学ぶために渡英。1990年に日本で初めて記念日をテーマにしたパティスリーショップを開業。現在は<アニバーサリー>(南青山本店、早稲田店、札幌円山店)の運営の他<ロリオリ・バイ・アニバーサリー365>(伊勢丹新宿店)などのブランドプロデューサーとしても活躍中。
その利便性をクリスマスケーキで取り入れない手はありません。クリスマスケーキは、毎年異なるデザインを発表されている本橋さん。目を見張るのはケーキの表面や側面に施された繊細にして時に大胆な絞りの文様です。この絞りもまた、記念日のケーキとして磨いてきた技術。お店のケーキのデコレーションの多彩さに「口金の種類は何種類くらいあるのですか?」と聞けば「50種類ぐらいでしょうか」との答え。
“絞り”は、ケーキに豊かな表情を生む大事な道具。<アニバーサリー>では特注の口金も多く、スタッフ間では独自の愛称で呼ばれるものもあり。
今年のクリスマスケーキにも“絞り”技術は遺憾無く発揮されています。しかもチョコレートケーキに初挑戦です。「基本となるショートケーキのベースで使用するクリームやスポンジに、重くなりすぎない量のチョコレートを加え、こどもから大人まで、ファミリーで食べられる味を工夫しました。酸味のあるフランボワーズがチョコレートによく合いますよ」。
ハレの日のケーキを極めるために本橋さんが勉強してきたのは、フラワーアレンジメントや生花だそうです。生花を自分の手でスケッチし、フラワーアレンジメントに通うことで花を理解し、シュガークラフトの技術やケーキのデザインに活かしてきました。
店内にはレースのように繊細なシュガークラフトの施されたウエディングケーキのサンプルが並ぶ。美しいデザインに思わず見入ってしまう。
花の世界から得る発想や技術の積み重ねが<アニバーサリー>独自の世界観を築いてきたのです。「時間や場所の制約でクリスマスケーキを買いに行くことがなかなかできない方に、配送できる冷凍ケーキがお手伝いをできればと考えています。通常冷蔵庫に移して6時間ほどで解凍できますが、実は完全に解凍する手前、セミフレッド(半分凍った柔らかい食感のアイスクリームケーキ)の状態で食べるのも美味しいですよ」。
軽さを出すことに注力した初のチョコレート味のクリスマスケーキ。高脂肪のクリームに低脂肪のクリームをブレンドして、おいしさと軽やかさを両立。
これはいいことを聞きました。暖房の効いた冬の部屋は暖かいので、時間をかけて味や食感の変化も楽しみながら食べられるケーキは、冬の新しいケーキスタイルになっていくかもしれません。そして何より、備えあれば憂いなし。時間のある時に注文して冷凍庫にケーキを備えておけば、忙しい12月を心穏やかに過ごせるのではないでしょうか。
もう一つご紹介するのはクリスマスケーキの永遠の定番、いちごのショートケーキの冷凍事情です。クリスマスケーキの象徴となっているいちごですが、冷凍ケーキにするのはハードルが高いと言われてきました。その理由は水分量が多い果実であるということ。この難題にずっと挑戦し続ける<ウィンズ・アーク>副社長の小宮紀行さんに、冷凍ケーキに取り組み始めた理由や冷凍ショートケーキの技術進化について伺いました。
<レ・サンス>から発売される今年のイチゴのショートケーキ。小宮さんの技術があって誕生した。
小宮さんは、そもそもパティスリーのショーケースに並んでいる生ケーキに疑問を持っていたと言います。「生ケーキは店頭に出た瞬間から劣化が始まります。私はせっかく作ったケーキの味を損なうことなく維持するには冷凍が有効な手段だと思い、10年ほど前から取り組んできました。当時はまだ、ケーキや菓子を冷凍で届けることには誰も注目していませんでした。しかし、冷凍技術が進化し、物流も冷凍に対応できるようになり、業界の目が変わってきました。それでもクリスマスケーキで最も需要のあるいちごのショートは難しいケーキでした。そして私は、難しいと言われるほど挑戦したくなる性格なのです」。
まずは、冷凍という現象を簡単におさらいしてみます。食材を冷凍すると中に含まれる水分が膨張し、解凍すると縮みます。特に家庭用冷凍庫の場合、ドアの開閉でこの収縮が頻繁に起こります。収縮によって解凍時に水分が出てしまう、俗にいう“ドリップ”現象です。冷凍のショートケーキには二つの課題があり、一つは解凍時のいちごの水分の流出、もう一つは冷凍した時にスポンジが膨らみ、ケーキの表面にひび割れが生じてしまうという問題でした。小宮さんは乳業メーカーと協力して、乳脂肪分が多く収縮性のあるクリームでケーキの表面をコーティングする研究を重ねました。また、いちごについては50種類ほどの品種を試し、水分が少なく細胞密度の高いものを探しました。結果、適したいちごを見つけ、扱い方が定まってきたのは6年ほど前からだといいます。そして、冷凍ケーキの需要は確実に伸長し、この3年間で200%ほど伸びました。
「ケーキにとっては新鮮な状態を保て、お客さまからすれば、お店に足を運ばなくても購入できて好きな時に食べられる。宅配サービスも伸びていますから、今後ますます冷凍ケーキは受け入れられると思います」。
小宮さんの知識と技術により生まれたのが<レ・サンス>の冷凍ショートケーキです。ふんだんに使われたいちごは小宮さんの努力の結晶です。冷凍ケーキを家庭で美味しく食べる方法についても聞いてみました。
「解凍の仕方ですが、冷凍庫から冷蔵庫に移して6時間ほどで解凍できます。(※ケーキによって異なります)完全解凍せず、冷たいくらいの方が切りやすいです。切る時は、ナイフを熱湯につけて水分を拭いたら、ナイフが温かいうちにカットします。常温にケーキを置いたら10〜15分くらいがもっとも美味しいので、冷蔵庫から出したら早めに食べていただきたいですね」。
ショートケーキの冷凍解凍技術は日進月歩。「まだまだ美味しくなる余地あり」とのことなので、今後も楽しみにしたいところです。
菓子の企画開発や製造を行う<ウィンズ・アーク>副社長で技術責任者である小宮紀行さん。自然科学の世界が大好きで「ジュラ紀終焉」(東京図書出版)という著作もある。釣りも大好きで、商品の技術開発のヒントは自然界にあると話す。
Text : ISETAN FOOD INDEX
Photo : Yu Nakaniwa
〔商品情報〕