2021.3.20 UP
文 角田光代
何かのお礼やお祝いに私が選ぶ贈りものは、俗にいう「消えもの」が多い。食べもの、飲みもの、あとに残らないものだ。これはひとえに、贈りもの下手の自覚があるから。あとあとまで残ることを思うと、贈られた側の趣味にそぐわないものを贈るのがこわいのだ。
食べもの、飲みものを贈る際に重視するのは、相手の嗜好だ。アレルギーの有無も重要だし、お酒を飲む飲まない、飲むなら何が好きか。スイーツは好きか、珍味はOK か。
昔は、贈る相手の居住地も贈りもの選びのヒントになった。東京では手に入りにくいものとか、反対に、東京でしか手に入らないものなど、地方差が大きくてバラエティに富んでいた。けれどインターネットの普及とともに、今はどこでもなんでもかんたんに手に入る。インターネットでも手に入らないものは、日持ちがしなかったり、その地でしか流通していなかったり、贈り手側も入手しづらいものになる。
そうしてやっぱり、自分がおいしいと思うものを贈りたい。
でも、この「おいしい」も年々ハードルが高くなる、というのが私感だ。もう少し若いときは、「おいしい」とは、一種類だと思っていた。こんなおいしい果物を食べたことがない、干物って地味だけれどこれは本当においしい、焼き菓子ではこれがいちばんおいしい、等々、私がそう思うものは、(もちろん最上とはかぎらないけれど)だれが食べたっておいしいはずだと思っていた。
でも、もしかして違うのかもしれない。こう思いはじめると、おいしいもの迷路にはまる。年齢が上がると、さまざまな料理、さまざまな酒を味わう機会が増えて、若いときより舌が肥える。好みも変わる。「おいしい」値が上がる。食通の人に、はたして私の「おいしい」が通用するか。……迷いだしたらきりがない。
贈る相手の好きなものがはっきりしている場合は本当に助かるのだが、そうでない場合、悩んで悩んで、結局無難なものを選んでしまう。
飲食物を贈る基準を変えれば、こんなに悩まないのではないか。この、TOYと冠されたジャムを見たとき、そんなことを思いついた。
うつくしい色が二層になったこのジャムを見たとき、私がまず思ったのは、えっ、これ、なんだろう? だった。ラズベリーとピスタチオ、どんな味なんだろう? 二層になっているから、混ぜ合わせる割合を変えながらたのしめるということなのかな。ラズベリーとピスタチオ、それぞれ味はわかるけれど、二層だとどんな味になるのか、食べたことがないから予想ができない。未知ゆえに「おいしそう」とは出てこないが、食べてみたい、とわくわくする。
わくわくする、なんだろうと思う、そんな気持ちを最優先にして贈りものを選ぶ、ということを、そういえば私はしたことがない。飲食物を贈る基準として、味覚のことしか考えたことがなかったのだ。
気がつけば、悩みすぎて、考えすぎて、人に何かを贈るのがちょっとした苦行になっていた。もっと気楽に、たのしく、軽やかに、贈ることそのものをたのしめるようになりたい。そんなことを、瓶に詰まったうつくしい色合いに学ぶ。
〈you-ichi〉TOY JAM(170g)各1,350円
右から、キウイ&アーモンドマスカルポーネ、みかんカルダモン、ピンクグレープフルーツローズ、ラズベリー&ピスタチオ
▪伊勢丹新宿店本館地下1階=シェフズセレクション
2011年に広島で誕生。ジャムによって、人と食との時間の中で生まれる感動をデザインする。看板でもあるセパレートタイプは、カラフルな見た目とともに、ナッツ×フルーツといったように、素材の組み合わせの妙も楽しめる。
〈アルビスブラン〉積木 中 25,850円
▪伊勢丹新宿店本館6階=玩具
ブナとカエデの色を活かした積木。13種、49ピースによって、さまざまな形を創造できる。基尺も正確なため高く積み上げることも容易。
角田光代
かくた・みつよ 作家。
2005年『対岸の彼女』で直木賞、2006年「ロック母」で川端康成文学賞、2007年『八日目の蟬』で中央公論文芸賞をはじめ、数多の文学賞を受賞。近著は長年かけて現代語訳に取り組んだ『源氏物語 上・中・下』(河出書房新社)。
写真:福田喜一
スタイリスト:chizu