2021.10.14 UP
秋といえば、秋刀魚、松茸、とすぐに思い浮かぶが、トリュフはなかなか出てこない。けれど、おもにヨーロッパで収穫されるトリュフの旬は、秋から冬にかけてらしい。
松茸のようにトリュフには独特の香りがある。私は松茸のにおいがだめで、かぐわしいと感じられるようになったのは三十歳を過ぎてからだ。けれどもトリュフの香りは最初から大好きだった。とはいえ、高級品である本物のトリュフを使った料理をそう何度も食べたことはないし、黒トリュフと白トリュフの違いも、サマートリュフとそれ以外の違いも、じつはよくわかっていない。ただ全般的にトリュフはうっとりするような芳醇な香りがして、それが料理を贅沢な味わいにする、ということだけ、頭にしっかりと刻まれている。
ステーキやオムレツやパスタに、本物のトリュフがたっぷりとのせてある料理も魅惑的だけれど、ありがたいことに、トリュフはもっと手軽に楽しむことができる。オイルもあれば塩もあり、ポテトチップスやナッツなど、お菓子まである。そしてトリュフにかぎっては、調味料も、お菓子ですら、「なんちゃって感」がまったくといっていいほどない。
ヨーロッパのスーパーマーケットや市場にはトリュフコーナーのあるところが多く、スーパーマーケット好き、市場好き、トリュフ好きの私は、旅のさなかにかならずそのコーナーを目指す。トリュフのオイル、塩、バター、ソース、パウダー、といろいろあって、興奮をおさえるのに苦労する。安くはないし、瓶詰めは重いし、バターは溶けてしまうから買って帰れない、吟味に吟味を重ねていくつか選ぶ。ただのオムレツも、冷や奴ですら、トリュフ塩やオイルをひとつまみ使うと、ちょっとだけ日常を離れた味になる。和食にも合うのだから、トリュフは寛大だ。
旅ができなくなって久しい。旅先で、愛するスーパーマーケットに入ることも市場にいくことも、トリュフコーナーの前に佇むことも、もうずいぶんしていない。旅をして、未知の世界であるスーパーマーケットに足を踏み入れて、嗅ぎ慣れない店内のにおいを吸いこみ、見慣れない野菜や果物に見とれ、缶詰や瓶詰めのうつくしいパッケージを、絵画を見るように眺め、トリュフのコーナーを見つけてわくわくし、読み慣れない、ときには読めない表示のちいさな文字を解読し、各社の商品の値段を比べ、パッケージのかっこよさを比べ、これを買おうと決めてかごに入れる―そういう一連が、なんだかものすごくなつかしい。
しかしながら、そういうことがしたいと地団駄を踏んだところで、今はどうにもならない。長い歴史を持つトリュフブランドの商品を、国内のデパートで購入できることを幸福に思うべきだ。塩やオイルはもちろんのこと、トリュフ入りのお米まである。お米をバターで炒めるところからはじめなくても、かんたんに作ることができる。なんておいしそうなんだ、と思ったとたん、旅好き、そして食べることが何より好きな幾人かの友人の顔が浮かぶ。この季節のイタリアならポルチーニだね、白アスパラだねと言い合った人たち。予約不可の大人気の居酒屋に連れていってくれ、店の外でいっしょに飲みながら順番待ちをしてくれたスペイン在住の友だち。パリならこのお店にぜったいいってと、レストラン
を教えてくれた友だち。彼ら、彼女たちに、秋ならではの芳醇な香りを贈りたい。いつか近い未来に、また旅先で会ったり、旅の話をしあって、どこにもいけなかった秋の、トリュフの香りについて笑い合いたい。
〈サヴィーニタルトゥーフィ〉トリュフ香るリゾット米(イタリア製/250g)3,186円
伊勢丹新宿店本館地下1階 プラ ド エピスリー
イタリア産の米に乾燥させたサマートリュフをタマネギやニンニクなどとともにブレンド。芳醇な香りが広がるリゾットを自宅で簡単に楽しめる。100年近い歴史を持ち、高品質なトリュフを提供する同社は塩やオイルといった加工品を打ち出したことでも有名だ。パイオニアが放つアレンジ品をぜひ、贈り物に。
角田光代
かくた・みつよ/作家。
2005年『対岸の彼女』で直木賞、2006年「ロック母」で川端康成文学賞、2007年『八日目の蟬』で中央公論文芸賞をはじめ、数多の文学賞を受賞。近著は5年にわたって現代語訳に取り組んだ『源氏物語 上・中・下』(河出書房新社)。
写真:福田喜一、和田裕也(商品)
スタイリスト:chizu
フード:尾身奈美枝