2021.11.23 UP
京都大学に通っていたころ、学校の周りに古風な喫茶店がたくさんありました。私がよく行った店の周りは小さな古書店街で、本を買ってはコーヒーを飲みながら読み漁った。その体験が私のコーヒー好きの原点です」
虫が友達だった少年から生物学者となり、現在はベストセラー作家としても活躍する福岡伸一さん。目覚めから夜のリラックス時間まで、コーヒーは毎日の大切なルーティン。
「この〈丸山珈琲のブレンド〉もそうですが、酸味の少ないすっきり系が好き。2020年の春先、私は念願だったエクアドルのガラパゴス諸島へ行きました。このブレンドの香りは、そのとき毎日飲んでいた南米産のコーヒーを思い出させてくれるんです」
伊勢丹新宿店がある新宿には、大型書店を目当てによく足を運ぶ。
「たまに伊勢丹さんの中も散策します。百貨店って店内の通路を歩くだけでも、流行りの色を知ったりモノに触れたりすることができますから。ネット社会の今だからこそ、そういった現場・現物・現地での体験は大事にしているんです」
私たちの身体は、表面的には何も変わらないように見えて、実は絶えず細胞が入れ替わり続けているもの。福岡さんといえば、「変わらないために変わる」という、『動的平衡』の概念の提唱者。
「衣食住に直結する百貨店もまた、絶えず『動的平衡』しているといえます。特にデパ地下は季節ごとにいろいろなにおいにあふれているのがいいですよね。かすかに漂うコーヒーのアロマに誘われるがまま進んでいくと、その先で香ばしいクロワッサンにも出合えるというような」
まさにセンス・オブ・ワンダー。好きなものを夢中で追いかけてきた福岡さんらしい百貨店の楽しみ方。
「これはあのスティーブ・ジョブズが話していたことですが、人生には興味を惹かれるドッツ(小石)があちこちに落ちていると。それを拾って大切にしておくと、無関係に思えたドッツが後につながって線になることがある。百貨店ってそのドッツが散らばっている場所。しかも季節ごとに動的平衡して中身が変わります。まさに宝島ですよね」
モノや情報があふれ、何にも夢中になれないと悩む人もいる。ひとつの道を探求する心はどう育てる?
「それはとても簡単な話。人は自分で見つけたものでないと夢中になれません。誰かに『いいよ』と教えられたものはもう二番煎じでしょう? そんな人こそ、百貨店にドッツを拾いに行くのがいいと思うんです」
〈丸山珈琲〉丸山珈琲のブレンド(200g)1,421円
伊勢丹新宿店本館地下1階 プラ ド エピスリー
創業当初から愛される深煎りブレンドは、華やかな香りにダークチョコレートのような風味。深いコクがありつつも雑味のないすっきりとした後味を楽しめる。
ラボの書棚にはこれまでの研究レポートが整然と並ぶ。
壁面に飾った絵は、幼き福岡少年が影響を受けた微生物学の父、アントニ・レーウェンフックが生まれたオランダの町デルフトの風景。
青山キャンパスにいるときは、気分転換に渋谷や表参道近辺にある贔屓の喫茶店で“おさぼり時間”を過ごすこともある。
最も好きな虫・蝶の貴重な標本は、パプアニューギニアや台湾で採集された美しいアゲハ蝶の一種。
テーブルに置かれた模型、石や鳥の羽は、世界を歩いて収集したその時々のお気に入りのモノたち。
左側にある盾は、研究者時代の'97年に受賞した農芸化学奨励賞。
横尾忠則も表紙画を手がけた岩崎書店「エスエフ世界の名作」シリーズは子ども時代に好きだった本。大人になって再び買い直した。
背後の写真は昔のNYの街並。80年代に研究生活を送っていた。
光の加減で色合いや輝きが変化する石、ラブラドライト。
最近読んだ本。そのジャンルは研究書から建築関係までジャンルが幅広い。
福岡伸一
生物学者、作家
1959年東京生まれ。京都大卒。米国ハーバード大医学部博士研究員、京都大助教授などを経て青山学院大教授・米国ロックフェラー大客員教授。著書は『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)、『動的平衡』(木楽舎)など。“生命とは何か”を動的平衡論から問い直した著作を数多く発表。
写真:太田隆生
取材・文:小堀真子