【角田光代さん連載】ときめく贈りもの。GIFT.8 華

2021.11.16 UP

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五感と心を揺さぶる 多種多様なおいしさで 長く、深く、濃く愛される。

気がついたら、チョコレート界はすごいことになっていた。いったいいつから、チョコレート界がこのような発展を遂げているのか、時勢にもスイーツにも疎い私は気づかなかった。少なくとも私が十代だったころは、手に入るチョコレートはこれほど豊富ではなかったし、高級チョコレートの種類にしてもかぎられていた。1990年代後半、海外の有名チョコレートブランドが日本にも次々と出店するようになったところから、チョコレート界の発展ははじまっているのではないか。

学生時代、私はバレンタインデイにチョコレートを送る習慣を持たず、また当時は「友チョコ」という概念もなかった。だから私はチョコレートを贈ったことがなかった。

1990年代といえば、私はもの書きではあるが一応社会人となったときと重なる。そのことと、チョコレート界のめざましい発展を知ることになったのには、深い関係があると私は思っている。私にとって仕事の場が増えるということは、つきあう雑誌媒体が増えるということで、それはつまり、つきあう人のタイプも年齢層も広がることを意味した。仕事を介して知り合った自分と同世代、あるいはもう少し年上の編集者のなかには、コスメ、ファッション、アートと、それぞれびっくりするくらい詳しい人たちがいた。スイーツに詳しい人も多かった。そういう人たちはかならず会うときにいち押しのスイーツを手みやげに持ってきてくれた。彼らのおかげで、チョコレートの種類がとんでもなく豊富であることを知った。

私自身が身をもってチョコレート界のすごさを実感したのは、2003年だ。たまたまデパートに立ち寄ったら、チョコレートだけを扱う特設会場があった。見たことのないその場に足を踏み入れ、バレンタインデイが近いことに気づいた。

これぞまさしく、伊勢丹新宿店で開催されるようになったばかりのチョコレートの祭典「サロン・デュ・ショコラ」だったのである。迷路のような特設会場内の通路に、世界各国から出店しているチョコレートショップのテナントがひしめき合い、どの通路もどの店舗もラッシュ時の車両のごとく混んでいる。老若の女性たちが、和気藹々とチョコレートを試食しながら買い求めている。ともかくチョコレートショップの数に、誇張ではなく度肝を抜かれた。世界じゅうでチョコレートは愛されている。長く深く濃く、愛され続けている。そのチョコレート愛にあてられて、私ははじめてバレンタインのためのチョコレートを買った。

そのあとも「サロン・デュ・ショコラ」は拡大しながら続いていき、毎年ではないけれど、ついでがあればあのはなやかなラッシュ状態に私も突撃していった。

そんなふうに思い出していくと、どんどん多様になっていくチョコレート界の歴史は、贈る、贈られる、プレゼントとともにあると気づく。はじめて見るパッケージ、はじめて味わうチョコレートに感激してきたのはいつも友人や仕事相手からの手みやげやプレゼントだった。買う側としても、ふだんのおやつならばコンビニエンスストアのチョコレートでかまわないし、ちょっと贅沢したければ近所にあるしゃれたスイーツショップでこと足りる。だれかに贈ろうと思うから、種類の豊富な場所へと赴いていくのだし、数年前までは見かけなかった新登場のチョコレートに、そういう場所で出合うのだ。

贈りものとセットになったチョコレートの歴史は、人々のチョコレート愛の歴史でもある。

 

store

〈ショウダイ ビオ ナチュール〉コフレクールミルティ(130g)4,501円

伊勢丹新宿店本館地下1階 カフェ エ シュクレ 

甘酸っぱい木苺と華やかなローズの香りが口の中でハーモニーを奏でる「ロゼ」。優美なジャスミンのアロマにうっとりする「ホワイト」。花びらをかたどった6種のチョコは、福岡発の新鋭パティスリーによるものだ。すべての人が、食べることで心にも身体にも素材そのものを感じられる菓子作りを信条としている。

 

角田光代

かくた・みつよ/作家。

2005年『対岸の彼女』で直木賞、2006年「ロック母」で川端康成文学賞、2007年『八日目の蟬』で中央公論文芸賞をはじめ、数多の文学賞を受賞。近著は5年にわたって現代語訳に取り組んだ『源氏物語 上・中・下』(河出書房新社)。

写真:福田喜一  

スタイリスト:chizu

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