2022.8.13 UP
狭い路地にたくさんの個人商店がひしめく西荻窪。作家の角田光代さんは、20代半ばからずっとこの街で暮らしている。
「上京してすぐは中野や荻窪にも住んだのですが、数年で西荻窪に落ち着きました。街が大きすぎなくて好きです」
「目立ちすぎないように…」と注文したというエピソードがとても角田さんらしい、緑に囲まれた静かな家。書斎には気持ちのいい光が入ってくる。
伊勢丹新宿店とのお付き合いも、実は同じくらい長い。
「22〜23歳でデビューするかしないかのころ、フリーターだった自分が初めて作ったクレジットカードが、伊勢丹のカードでした。それから、洋服も化粧品もずっと“伊勢丹命”です。ほかの百貨店にはほとんど行ったことがありません」
新宿にもアクセスがいい西荻窪で、3年ほど前に“終ついの住処(すみか)”も建てた角田さん。家作りは信頼する建築家に任せた一方で、ひとつだけどうしても叶えたいことがあった。
「家に人を招いて飲み会をすることに、私も夫も昔からすごく心血を注いでいるんです。だから、『飲み屋みたいにしたい』というのが唯一のお願いでした」
ダイニングに小上がり的なスペースを作り、そこに台所と地続きになった居酒屋風のテーブルを設けた。
「飲み屋みたいに」というリクエストから生まれたダイニングテーブルにて。シューマイは、蒸し器のままテーブルにポンと出す。その手軽さも気に入っているそう。
ここで角田さんが酒の肴によくふるまっているのが、中華の老舗〈維新號〉で買う2種類のシューマイ。
「初めて食べたのは10年くらい前。もちろん味もおいしいのですが、シューマイって家飲みにすっごく便利なんです。蒸すだけでおいしいですし、餃子や唐揚げのように油でベチャッとしない。温めている間に会話もできますしね」
お惣菜を選ぶときに重視するのは食べやすさ。会話の流れを邪魔しないような存在感がいいのだとか。
〈維新號〉シューマイ(8個入)864円、かにえびシューマイ(8個入)1,556円
伊勢丹新宿店本館地下1階 旨の膳
貝柱の旨みをもとにした豚肉の「シューマイ」はジューシーで後味がいい。塩味のさっぱりとした「かにえびシューマイ」はぷりっとした食感に大満足。
「最近は簡単なつまみを1~2品だけ作って、あとはテイクアウト。私含め、みんな歳をとると舌が肥えますよね。出来合いのお惣菜なら『残したら悪いかも』と気を遣わせることもないし、私も安心できるんですよ(笑)」
執筆は家の近所にある仕事場で行う。長らく取り組んでいた『源氏物語』の現代語訳を経て、この春、新作の単行本も発売された。
「長らく小説を書かなかったのはデビュー以来初めてのことで、小説の書き方も変わってきたと感じています。それに今回のパンデミックで編集者との会食の機会もなくなり、環境もだいぶ違ってきました。仕事のやり方を変えるタイミングなんでしょうね。こんな時期だからこそ、誰かと話せる家飲みはますます大切な時間になっていると感じます」
ケーブルを束ねるグッズをはじめ、いたるところに猫への愛があふれる。
アメリカンショートヘアのトト(12歳)と暮らす。
天井まで本が並ぶ大きな書棚。所々に愛猫用のステップも。
ダイニングにあるどんぐりのようなかわいらしい照明はご主人のセレクト。
内装には温もりのある木目や曲線を多用する。
2022年2月に中央公論新社より発売された新刊。『タラント』とは才能、賜物といった意味を持つ言葉。
角田光代
作家
かくた・みつよ。2005年『対岸の彼女』で直木賞、2006年『ロック母』で川端康成文学賞、2007年『八日目の蝉』で中央公論文芸賞をはじめ、数多の文学賞を受賞。5年にわたって現代語訳に取り組んだ『源氏物語 上・中・下』を経て、執筆した『タラント』で新境地を拓いた。
写真:太田隆生
取材・文:小堀真子