2022.8.27 UP
代々受け継がれる粕床と伝統の技、魚の目利きが作る日本の食文化の真髄。
粕漬けとは酒粕に魚や野菜を漬け込んだ保存食で、日本に古くから伝わる食文化。大正3年(1914年)創業の〈京粕漬 魚久〉は、そんな伝統の味を代々受け継ぐ粕漬けの専門店。前身は高級鮮魚商「魚久商店」。
看板には、老舗の歴史と風格が表れている。
奈良県の出身だった初代の清水久蔵が京都で料理修業を積んだのちに東京・日本橋へ移り、蛎殻町に高級鮮魚商「魚久商店」を開業。その後、粕漬けの製法や日本料理などを学んだ二代目・廣田年尾の時代に当時珍しい粕漬け専門店〈京粕漬 魚久〉の暖簾をあげるに至る。「旬を生かし、味を守る」。この先代が定めた教えに則り、〈京粕漬 魚久〉の粕漬けは、何は無くとも厳しい魚の選別から始まる。看板商品であるぎんだらをはじめ、さわら、金目鯛、かれいなど選りすぐりの魚が日に数トンの量で捌(さば)かれていくが、それらの選別を一手に引き受けるのが、魚を見極めて40年のベテラン、三浦利男さん。選別のポイントとなるのは脂のノリだという。
アラスカ産のぎんだら。魚体が丸くふっくらしたものは脂のノリも良いそう。
職人たちによる切り身の工程。1尾ずつ包丁で捌いていく。
魚種に応じて粕漬けに最適な大きさの切り身にされていく。
仕上がりの味わいを左右する「塩振り」の工程。認められた職人のみが任され、毎日約1万5千切れの切り身に下味を施している。
「魚を見て、触れば、大体の良し悪しは分かります。こんなふうに魚体がふっくらしていて腑の部分が小さく綺麗に処理されていれば脂のノリも良く、間違いない」と、魚の見極めを丁寧に教えてくれる三浦さん。
「とにかく魚は、たくさん見てなんぼ。魚は見れば見るほど奥が深くて面白い。見極めるコツ?体で覚える!って感じかな」と、その話ぶりは実に頼もしく、魚商としての誇りと魚愛にあふれている。そうして選抜された魚たちは、これまた卓越した職人たちの包丁捌きによって一切れ一切れ丁寧に切り身に加工され、粕漬けにする前に、仕上がりの味に大きく影響する「塩振り」という下味工程を経る。特にぎんだらは身が柔らかい魚なので、粕漬けにする前に塩で〆ることで焼いた時に身がふっくらと仕上がり、風味豊かな味わいになるそう。作業台に並べられた切り身に、職人の手元から素早く均一に塩が振られていく。その様は、粉雪が舞い降りるように繊細。一晩寝かせた切り身は、いよいよ酒粕に漬け込む「漬け」の工程へ。この酒粕こそ、〈京粕漬 魚久〉が守り続ける門外不出の味わいの要だ。
〈京粕漬 魚久〉ぎんだら京粕漬(1切)1,080円
伊勢丹新宿店本館地下1階 粋の座
「魚久が“京粕漬”と銘打つのは、関西出身である初代への敬慕と、粕床に用いた酒粕が京都・伏見の銘酒であることに由来。現在は創業時から継承されている『漬け床』に加え、酒粕白味噌漬、味噌漬と、魚種によって最適な漬け床を選んでおります」と、営業販売部の増井紳二郎さん。〈京粕漬 魚久〉では、一般的な板粕ではなく熟成された酒粕を使用。色味と硬さを見極め、独自の漬け床に調合している。その配合や漬け込む時間などは企業秘密だが、こちらも職人たちの長年の経験と技術によって、魚種や季節に応じた最適な条件が見極められている。
驚くのは、粕漬けが完成するまでのすべての工程において、職人の手仕事が貫かれているということ。
しっとりとして粘度がある粕床の酒粕。
切り身と酒粕を層にして漬け込みを熟成。魚種に応じて職人が手肌感覚で適量を判断。
人形町にある本店では、職人が炭火で焼く京粕漬を味わえる。遠火でじっくり焼き上げることで、皮目はパリッと身はふっくら仕上がる。
「初めて魚久の京粕漬を食べたときのうまさ、その衝撃が今でも忘れられません。大人の味を知ってしまったような。今回製造現場にお邪魔して、これほど徹底した手仕事が守られていることに感動しています。魚久さんの自信と心意気も知ることができ、僕も自信を持ってお客さまにお届けできます」と、バイヤー・長谷川豊康も大いに感銘を受けた様子。
ふっくら香ばしい焼きたての味わいは格別だが、冷めてもおいしいのが魚久の粕漬けの魅力。伊勢丹新宿店、本館地下1階の〈京粕漬 魚久〉では、定番の「ぎんだら京粕漬」をはじめ限定販売で炭火焼きの焼魚や、炭火焼二種盛弁当などもラインナップ。白米もお酒もすすむ京粕漬。食卓にいかがでしょうか。
〈京粕漬 魚久〉炭火焼二種盛弁当(1折)1,512円
伊勢丹新宿店本館地下1階 粋の座
※毎週水曜日(平日のみ)、各日正午、午後3時頃から数量限定販売。
写真:太田隆生
取材・文:西野入智紗