2022.9.7 UP
ツレヅレ 15年ほど料理雑誌の編集者をやっていたのですが、読者から寄せられた声で多かったのが「献立を提案してほしい」。それも圧倒的に肉料理を求められました。魚料理だったら、丸魚じゃなくて切り身を使ってほしい、手に入りやすくて安いもので紹介してほしいという要望も目立ちました。魚は調理しづらいとか、食べにくいとかいうイメージを払拭するトライが、もっと行われてもいいのかもしれません。
織茂 おっしゃる通りです。もともと魚は大衆的な食材であったのに、今は地球環境の変化などに伴って高級化していますから、なおさら魚離れに対して取り組まなければいけないと感じています。例えば、調理時間別のレシピなど、お客さまの生活に寄り添って提案する。〈東信水産〉としては、豊かな食卓を実現するために、モノを売るだけではなく、魚を楽しむコトをお届けしようと舵を切っているところです。
小島 同感ですね。今はお料理をする人と、お惣菜を買う人、お料理を食べに出かける人がいる。だとすれば、店頭で精肉を販売しているだけではまったくの不十分。農家の方が販売する僕らに託してくれた食材をどう表現すればより多くの人に届けられるのか、もっと真剣に考えなければいけません。
川合 加工度をアップするのもひとつの表現方法になるのではないでしょうか。今年の春のオンリー・エムアイでは、〈小島商店〉でミートパイを作っていただきました。牛肉のミートパイだけではなく、豚や仔牛、猪に加え、ネクストミーツ(プラントベースフード)を使ったものもありました。
ツレヅレ 食べ比べができるのはいいですね! その素材の魅力に開眼する可能性を秘めていますし。
佐々木 ネクストミーツを展開している僕自身、そういう食べ方もあるんだなと感心させられました。植物性の肉です、スライスされているので焼くだけでOKです、と言葉で説明しても、馴染みがない方には、なかなかピンと来ない。食べやすいカタチで提供していくのはやはり大切だと思います。
久保田 伊勢丹新宿店では、2年ほど前からプラントベースフードに注目してきましたが、その価値は加工技術に左右されやすいと実感しています。今回のオンリー・エムアイで言うと、例えば〈伊藤和四五郎商店鶏三和〉とコラボレーションし、〈ネクストミーツ〉のハラミをタレ焼き鳥のようなスタイルでご提供しますが、食感が良いんですよ。食べ方の幅を広げるという点で象徴的な商品になる気がします。食品フロアは加工技術の宝庫。食べ方の選択肢を提示するというトライをさらに重ねていきたいですね。
川合 この15年、食の価値観も大きく変わった印象があります。魚は天然物に限ると言われていたのが、今や養殖魚に高値がつくようになりましたし、お肉のA5神話が崩壊して、赤身肉がもてはやされるようにもなりました。ツレヅレさん。何か実感されていることはありますか。
ツレヅレ 食材の産地に関する問い合わせが読者から届くのが当たり前のことになりました。それから、魚は冷凍しなきゃいけないのか?という質問も。
織茂 SNSを通じて「食」に関する情報が簡単に入手できるようになったからかもしれません。
ツレヅレ たしかに食についての知識は拡散していますよね。2日目のカレーがおいしいという通説も、今はしっかり再加熱しないと増えた菌が死滅しないと認知されている。コミュニケーションの変化で危機意識を持つ人が増えたのでしょう。
佐々木 プラントベースフードを扱っていると、原料を気にする方が多いと感じます。また、大豆のにおいをマスキングするために試行錯誤する中で、添加物に抵抗を抱く方がたくさんいらっしゃるとも感じます。ただ、情報があふれすぎていて、誤った情報が一般的な知識になっていることも否めない。
川合 織茂さんは大学で講義もなさっています。最近の学生さんを見ていて、何かお感じになりますか?
織茂 しばらくコロナ禍で通学が許されなかったでしょ。会食したり会話したりする機会が乏しかったので、情報は持っていても実際に体験して学べる機会が少ない気がします。
川合 小島さんは食の英才教育を受けてお育ちになられた。たしか、子どもの頃、おやつにハツサンドが出てきたんですよね?
小島 ええ。仔牛のハツを網で焼いて、バターとマスタードを塗ったパンでサンドイッチにして。
ツレヅレ おいしそう!
小島 とにかく、いいものを体で覚えさせられたという感じでした。
川合 自分の物差しを持っている人は強いですよね。
小島 これからの時代を担う学生さんたちには、食を体験する場があるといいですよね。外食するのもそうですが、例えば肉屋の職人と一緒に肉をスライスしてみるとか。上質なお肉の脂がどれほどツルツルしているかリアルに学べるでしょう。職人だって、自分の技を披露できて嬉しいと思います。生産者の方もそうです。信念を持ってやっていれば、作り手としての想いをきちんと伝えたいはず。どんな餌を食べているのか、どう飼育されているのか、いろんなことがインターネットで発信されていて、みんな、ついわかったような気になりがちですが、実際は知らないことだらけ。生きた情報をもっとしっかり伝えていく。そうすれば、明るい未来が自ずと開けてくるのではないでしょうか。
川合 ところで、プラントベースフードはまだまだ進化しそうですか?
佐々木 そう思います。日本の食の技術は高いので、本気でやればもっとおいしいものが作れるでしょう。ただ、市民権を獲得するにはもう少し時間がかかりそうですね。
小島 プラントベースフードはクルマの世界でいうところの電気自動車に例えられませんか。で、僕らが扱っている牛肉や豚肉なんかはガソリン車。今のように世界情勢が不安定で、餌が海外から届かなくなったことによって、日本の畜産業のあり方が持続可能なのかどうか、問題を突きつけられたような思いでいます。
佐々木 私も似たようなことを考えます。ただ、そのうち脱炭素社会になるといっても、世の中のすべてのクルマが電気自動車になるとは考えにくい。日本の各地に根差す食文化であるお肉だって、なくなることはないでしょう。プラントベースフードのことを「代替肉」と表しますが、実際は肉の代わりではなく、まったくの別物。肉や魚に次ぐ第三の選択肢として成立するのではないでしょうか。表現の仕方については、再考する余地があると思いますね。
川合 〈東信水産〉は何かサステナブルな取り組みをなさっていますか?
織茂 冷凍に力を入れるようになりました。先ほど食品衛生上の観点から冷凍の話が出ましたけど、そういうことだけではなく、お客さまにおいしいものをお届けしたいという想いに基づいて、冷凍技術を採用しようとしています。生魚にこだわる方は根強くいらっしゃいますが、一番いい時期に冷凍しておくと、実はおいしさが保たれるんですよ。それから、旬、つまり最もたくさん獲れるときに冷凍しておいて通年で販売することによって、漁師の方々の働き方が改善され、漁業の持続可能性が高まります。なにしろ内陸に魚は揚がりません。彼らがいてこそ、食卓に魚が並びます。私たちとしては漁業をもっと大事にするためにも、冷凍に取り組んでいきたい。
久保田 冷凍の良さをお客さまも実感してきていますよね。「恵方巻」が好例。ECサイトでは2年ほど前から冷凍ものを扱っていますが、年々、売り上げが伸びている。遠方の方だと、離島から取り寄せてくださっています。実際、瞬間冷凍したものを指示書通り解凍して食べてみると驚くほどおいしいんですよ。
織茂 コロナ禍を機に、お客さまの冷凍に対する意識が変わったのではないでしょうか。街中のスーパーに行けば、冷凍ケースの面積が増えていますし、冷凍商材の開発も盛んです。
ツレヅレ 自炊しない若者が増えているといいますけど、聞くと、食材を無駄にしたくないという意識が強いらしいんです。本当は野菜をたくさん食べたいのに、高い野菜を消費しきれず腐らせてしまうと罪の意識が芽生えるから、敬遠するという場合もあるようです。そういう人たちこそ、冷凍野菜を活用すればいい。魚もそう。肉もそう。常にパラパラしているひき肉は本当に便利で、我が家の冷凍庫に常備されています。
織茂 家庭用の真空パック機も売れているらしいです。料理したものを保存するのには便利ですね。
ツレヅレ あっ、魚で思い出しました。青森の取材先で出会った「海峡サーモン」も実にサステナブルですよ。養殖をやる理由をたずねたら、「これからは獲るだけじゃ生き残れない。だったら自分たちで作るしかない。それで、漁師たちが集まって、未来のために組織化したんだ」という答えが返ってきましたっけ。獲れるものが減った、変わった、地球環境は人の手に負えないから仕方がないと言って手をこまねくのとは違い、発展性がある。どう発想するかで目の前の景色は180度変わるのだと思わされました。
川合 じつは〈メゾン・ランドゥメンヌ〉が海峡サーモンを使って新たな商品を考案しまして、オンリー・エムアイの期間中に登場するんです。
ツレヅレ 海峡サーモンは個人的に取り寄せるほどお気に入りなので、絶対、チェックします! !
日常的に料理をしていても、その食材が誰の手でどう作られ、どんなルートや想いで私たち消費者の食卓へ並ぶのか、詳しく知る機会は限られています。
今回、生産と物流に関わる皆さんから、今現在はもちろん、この先10年、20年、そして100年先まで、おいしさとともに食の安全と環境を守るための取り組みを伺いました。ジャンルは異なれど、熱い想いを共にされていることが印象深かったです。
本物のツナやサーモンにしか思えないプラントベースフードも、驚きのおいしさ!未来の食の心強い選択肢となるに違いありません。
座談会に参加いただいた皆さま
織茂信尋さん
東信水産株式会社代表取締役社長
総合商社での勤務を経て、2010年に入社。’17年、代表取締役社長に就任。現在、直営店を含め19店舗を展開。’13年より実践女子大学にて、水産消費概論や、フードビジネス論の講義も受け持っている。
小島康成さん
株式会社小島食品代表取締役
旅行会社やホテルでの勤務を経て、2006年に入社。日本の食文化の一つとして、上質な肉牛の価値を正しく伝えるため、山形、滋賀、飛騨などの産地を回り、仕入れ・流通を補佐するほか、店舗運営の指揮も取る。
佐々木英之さん
ネクストミーツ株式会社代表取締役
中国深圳にて12年間、さまざまな事業に携わる。大企業向けのアクセラレータープログラムや、メディア運営で培った経験を生かし、2020年6月に創業。国内外で話題となり、日本を代表する代替肉ベンチャーとなる。
川合卓也
伊勢丹新宿店 食品レストラン商品部 フレッシュマーケット バイヤー
2004年に入社。’06年から新宿店のフレッシュマーケット(生鮮食品)に携わり、松戸店の食品担当や、新宿店・フレッシュマーケットのセールスマネジャーを経て、’19年より現職。
久保田浩之
伊勢丹新宿店 食品レストラン商品部 旨の膳 バイヤー
2004年に入社。これまでヨーロッパやブラジルフェアなどの催事に携わり、国内外の食や地域の食文化の普及に勤しむ。現在、惣菜部門のバイヤーとして活躍。
ツレヅレハナコさん
文筆家
食と酒と旅を愛する。著書に『まいにち酒ごはん日記』(幻冬舎)、『食いしん坊な台所』(河出書房)、『ツレヅレハナコの愛してやまないたまご料理』(サンマーク出版)など。instagram : @turehana1
※写真撮影のときのみマスクを外しています。
写真:和田裕也
文:甘利美緒