2022.10.22 UP
イタリア・ミラノが発祥のクリスマス菓子パネットーネ。一年の終わりにドライフルーツをたっぷり練りこんだパンを家族で囲むという伝統から発展し、今ではフルーツだけでなくチョコレートやナッツなどさまざまな素材を使ったバリエーションも豊富な、リッチな発酵菓子としてイタリアのみならず世界中で愛されています。1882年にヴェネト州で創業した<オリヴィエリ1882>は、5代目ニコラ・オリヴィエリ氏が新感覚のパネットーネを次々と発表。多くのメディアでベスト・パネットーネとして評価されるなど注目を集める発酵菓子専門店です。昨年の伊勢丹新宿店イタリア展で日本初登場したパネットーネは瞬く間に完売し、今年11月は好評だった「クラシッコ」「ジャンドゥイア・チョコレート」に「アプリコットと塩キャラメル」が加わった3種が発売されます。これを機に来日するニコラ・オリヴィエリ氏にパネットーネの魅力について伺いました。
[販売情報]
伊勢丹新宿店本館地下1階 プラ ド エピスリー
■販売期間:11月23日(水)~なくなり次第終了
[来店情報]ニコラ・オリヴィエり氏来店情報
日時: 2022年11月25日(金) 11時〜17時
2022年11月26日(土) 11時〜15時
※やむを得ない事情により変更、あるいは中止になる場合がございます。
場所:伊勢丹新宿店本館地下1階 プラ ド エピスリー
パネットーネづくりの1番の要は、リエヴィト・マードレ(自家培養発酵種)。香り、味わい、食感、すべてをつかさどり、しかもとても繊細な生き物である
ニコラ:リエヴィト・マードレとは、小麦粉と水を混ぜ合わせて酵母を起こし、一ヶ月ほどかけて発酵力を安定させたものです。このリエヴィト・マードレがなければパネットーネはできません。どんなに良いバターや卵を使ったとしても、パネットーネらしさはリエヴィト・マードレからのみ生まれると言って過言ではありません。独特の微かな酸味を持ち、他の素材をまとめ上げ、唯一無二の味を作り出します。しかも、非常にデリケートな生き物です。6年前に現在の工房を建てた時、いきなり新しい場所にリエヴィト・マードレを移すとダメになってしまう可能性があったので、一ヶ月半の間、毎日少しずつ取り出して運び込み、新しい環境に慣れさせていきました。
<オリヴィエリ1882>のリエヴィト・マードレは、数十年継ぎ足されてきたものですが、そのことを重要視しているわけではありません。何十年も生き続けているリエヴィト・マードレというと、とても感慨深く思いますが、毎日リフレッシュメント(洗って、粉と水を加え、練る作業)していますから、毎日新しく生まれ変わっているのです。中には長年生き続けている株もあるかもしれないし、歴史を重ねてきたという事実はあるけれど、それよりも大切なのは、リエヴィト・マードレは生き物ですから、毎日良い状態に整えてあげることなのです。
仕上げ発酵の開始。表面の一番高いところが縁とほぼ同じ高さになるまで発酵させる。これは注文製作の2kgサイズ。
焼きあがったらすぐに逆さに吊るしてしぼまないようにする。パネットーネ特有の工程の一つ。 他の発酵菓子やパンに比べ、非常に強い発酵力が求められるのがパネットーネ。そのためのリエヴィト・マードレを特別に仕込む
ニコラ:<オリヴィエリ1882>では、パネットーネとパンドーロ(パネットーネと並ぶクリスマスの発酵菓子)に、それぞれ別々のリエヴィト・マードレを使っています。そのほかの発酵菓子やパンについても目的別にリエヴィト・マードレを育てるのが基本です。具体的には、粉と水の配分を変えます。パネットーネは、バターやフルーツなどをたっぷり使うため、それに耐えられる強さと、上へと伸びる発酵力を必要とします。一方、パネットーネの“いとこ”であるパンドーロは、よりキメの細かい生地が求められるため、パネットーネよりも弱いリエヴィト・マードレが良いのです。もし発酵がどんどん進むような強いリエヴィト・マードレを使うと、パネットーネのように焼いた後で逆さに吊す作業のないパンドーロはしぼんでしまいます。
また、パネットーネ用のリエヴィト・マードレは発酵力が強いため、酸味が強く出やすいため、管理にも注意が必要です。その方法はいくつかありますが、私は水に浸け置く方法が一番適していると思っています。水の中で“眠っている”状態なら、酸味が強く出ることはありませんから。しかし、実のところ正解というものはなく、職人一人一人が自分の好みの方法でリエヴィト・マードレを育て、パネットーネ、パンドーロ、パンといった具合に目的別に調整し、安定させることが一番重要なのです。
〈オリヴィエリ1882〉の店内。真夏の一時期を除き、一年を通してパネットーネを販売。
機械メーカーの工場跡を工房&カフェに改装。地元の人々が朝食やお茶の時間を過ごしにやってくる。 スタイルとしてはあくまでもクラシック。ただし、作り方は先進技術を取り入れ、イノベイティブを追求し続ける
ニコラ:パネットーネは、長い歴史を持つイタリアの伝統菓子です。その伝統を逸脱することなく、高いクオリティと新しい感覚を引き出していくのが、私の目指すところ。バターもフルーツも卵もより質の高いものを選ぶのはもちろんのこと、生地そのものもより軽く、消化の良いものにするために模索を続けています。イタリアではパネットーネという名称を名乗るための規格が定められていますが、20年近く前に決められたものなのでその内容はやや古く、バターや卵の使用量も私からすれば必要最低限という感じです。例えば、卵や卵黄の使用量は全体の4%以上と決められていますが、<オリヴィエリ1882>では卵黄のみを使い、総重量の14%を占めています。製法においても、パドヴァ大学と共同研究を行なったところ、以前は一般的だった30℃で4〜5時間の発酵よりも、15〜18℃で一晩かけて発酵させた方がより軽い仕上がりになることが確認できました。
昔ながらの“甘くてリッチなパン”も良いと思いますが、私が目指すのは、パンではなくお菓子。より良い素材と先進の技術を取り入れて作った、軽やかな美味しさが際立つパネットーネです。
パネットーネの魅力をより広く深く楽しんでもらうために、新しいことに挑戦していく
ニコラ:リッチでありながら軽い食感、それが現代のパネットーネの大前提です。そこにさらに新しい魅力をもたらすにはどうしたらいいか。それを考えるのが楽しくてたまりません。旅の好きな父親の影響で、若い頃から外国を旅することが好きでしたし、修業先のオーストラリアでの経験は、さらに新しいものへの興味をかき立てました。出かけた先では感度を高めてできる限り吸収し、自分の居場所に戻ったら、見たもの、感じたことを生かして、新しいことに挑戦する。模倣するのではなく、新しいアイディアの源にするのです。
今年の6月に初めて日本を訪れ、イタリアとは違う歴史と文化、高い技術や正確なオーガナイズなどに惹きつけられました。この11月の2度目の来日で楽しみにしているのは、パネットーネについてのお客様の思いを実際に聞けることです。どんな味や甘さが好まれるのかなどが知りたいですね。そして日本の人の好みに合わせて改良したり、新しい味を追求することも考えてみたいと思います。例えば、イタリアではグラッパを使ったパネットーネがあります。グラッパの代わりに日本酒を使ってみたらどうでしょう。イタリアの伝統と日本の伝統がどんな融合を見せてくれるか、ぜひ試してみたいと思っています。
さらに、パネットーネがクリスマス時期に限らず、一年を通して食べたいものになってほしいと願っています。毎朝の朝食に楽しむとか、クリスマス菓子としてより、イタリア菓子として受け入れてもらえたら嬉しい。クリスマス菓子の伝統は伝統として、同時に、新しい楽しみ方も知ってもらいたいと思っています。
最後に、パネットーネは日持ちがするお菓子ですが、熟成が増すということはありません。なるべく新鮮なうちに味わってください。そしてもう一つ、楽しみ方のワンポイントとして覚えておいていただきたいのが、温度です。パネットーネの美味しさはバターの香りがしっかりと感じられるかどうかにかかっています。冬は100度に温めたオーブンで1分ほど温めるとバターの香りが立ち上って、生地もふんわりと柔らかくなりますので、ぜひお試しください。
ニコラ・オリヴィエリ
1986年ヴェネト州ヴィチェンツァ県アルズィニャーノ生まれ。祖父と父が営むベーカリー〈Olivieri 1882〉に入社する前に、一年間オーストラリアの菓子店で働き、発酵菓子の面白さに目覚めた。2008年から同社のパスティッチエレ(菓子職人)として、2012年からは代表を務める。イタリアの食の総合メディア「ガンベロ・ロッソ」でベスト・パネットーネやベスト・パンドーロの一つに選ばれたほか、内外のメディアでの表彰多数。また、製菓学校の講師、コンテストの審査員などとしても活躍、2022年11月に「パネットーネ・ソサエティ」が主宰する「パネットーネ・コンテストin Japan 2022」の特別審査員を務める。
Photo:Masakastu Ikeda
text:Manami Ikeda