SEA VEGETABLE 

2024.9.9 UP

5月某日、夏のような日差しの中、西伊豆の港町に一台のマイクロバスが停まった。中から現れたのは三越伊勢丹のバイヤー陣だ。彼らが向かうのは海藻の秘密基地。新たな食文化として、海藻の生産から食べ方までを提案する<シーベジタブル>の研究拠点がここにある。日本各地に点在する同社の研究施設の中でも、西伊豆は規模が小さいものの実験性が高い場所だという。

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世界が夢中になる、もうひとつの野菜。 

三越伊勢丹と<シーベジタブル>の協業は2023年のサロン・ドゥ・ショコラに遡る。カカオの新たな体験を企画する中で行き当たったのが海藻だった。当時アシスタントバイヤーだった岩腰亜美(現在は伊勢丹新宿店フードコレクションバイヤー)のアイデアだった。海藻は、「世界のベストレストラン50」で過去5回一位に選ばれたデンマークのレストラン<ノーマ>など、世界のトップレストランが関心を寄せる食材となりつつあり、日本にできた<ノーマ>の姉妹店<イヌア>(現在は閉店)でも、日本の重要かつユニークな食材として実験的な海藻料理が供されていた。その<イヌア>の厨房で海藻に取り組んでいたのがスーシェフだった石坂秀威さん。石坂さんはその後<シーベジタブル>に参画し、ラボで海藻料理の開発シェフを務めていた。その石坂さんをサロン・デュ・ショコラのバイヤーチームが訪ねたのだった。

 

カカオと海藻。出合ってみたら相性は良く企画は評判となる。2024年にもカカオと海藻のコラボレーションは発展的に継続し、今年4月からサロン・デュ・ショコラの担当から伊勢丹新宿店フレッシュマーケットのバイヤーとなった真野は、海藻の可能性をさらに広げたいと日本橋三越本店の盟友で洋菓子バイヤーの井上 孝に声をかけた。そして、海藻をテーマにした商品開発の輪は他のカテゴリーのバイヤーたちにも広がり、新作発表の場が今年9月のオンリーエムアイキャンペーンに決定した。同キャンペーンは毎年3月、9月に行われるが、伊勢丹新宿店と三越日本橋本店の両店共同で、ここまで多くのバイヤーが共通素材を取り扱うのは珍しいことだという。この日は商品開発に関わるバイヤーたちが、海藻栽培の現場を確かめようと現地を訪れたのだ。

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<シーベジタブル>のメンバーは代表の友廣裕一さん、研究職の杉江透さん、西伊豆現地スタッフの伊東茉由だ。友廣さんは共同代表を務めるが、もう一人の代表で海藻生産の研究者、蜂谷潤さんとの出会いから海藻の食文化や事業の可能性に目覚め<シーベジタブル>を創業した。杉江さんは鹿児島大学水産学部出身。研究室で海藻の美しさや生態にはまり、社会的重要性にも気づいて同社に入社した。案内役の伊東さんは地元松崎町生まれ。「この辺りは昔、サンマ漁が盛んでした。魚が採れなくなり、漁師も減りました。でも、地元に新たな海の仕事を作りたかった」と話す。バイヤー陣がまず案内されたのは、すじ青のりの陸上栽培現場だ。

 

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「すじ青のりは、最初に室内で種を発芽させて、しばらくしてから外の水槽に移します。その後は1週間ごとに徐々に大きな水槽に移していきます。小さな赤ちゃんからみるみるうちに成長します」。伊東さんが愛おしそうに水槽の中のすじ青のりを掬うと、バイヤーたちも最初は遠慮がちに、そしてだんだん楽しそうにすじ青のりを掬う。普段、食卓で想像する事のない海藻の“命”。目の前の海水に浮遊する星型のノリは気持ちよさそうに水に浮遊している。知らない海藻の生態が頭に、そして手触りにも記憶される。

 

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すじ青のりは、この10年で劇的に採れなくなった海藻の一つだ。天然の主な産地は四万十川だったが採取量は激減して2020年の採取量はついに0kgになった。<シーベジタブル>の活動の目的の一つは海藻の食文化の保存だ。絶滅危惧の恐れのある海藻を種苗から育てていく。かつて南九州でよく採れたトサカノリいう海藻も、彼らが海面での栽培を成功させた海藻の一つだ。トサカノリは冬から春にかけて成長するが、夏に海水温が高くなると水に溶けてしまう。現在は陸上栽培で夏を越すことができるよう、水温調節しながらの栽培を研究中だ。

 

採れたての海藻を味わう。 

これまでの勉強会で塩蔵や乾燥の海藻を試食してきたバイヤーたちだったが、この日、採れたての海藻を試食した。まずは生のまま、そしてしゃぶしゃぶで。トサカノリは、ビビッドな色合いがまず印象的。肉厚でシャキシャキとしたフレッシュな食感がある。ミリンという海藻は、プルンとした口当たりで噛むとトロリとした水分が出る。足の早い海藻なので、なかなかこの鮮度で食べることはできないが、採れたての鮮やかな色、弾ける食感、ミネラル感のある旨みが新鮮な印象だ。「そのままでおいしい!そのままがむしろおいしい?」と皆が顔を見合わせる。「黒蜜きな粉で食べてもおいしいです」「僕は焼き肉のタレで食べるのが好き」と<シーベジタブル>のメンバーが各自推しの食べ方も教えてくれる。そしてバイヤーたちも食べ方や商品開発の妄想を広げる。

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種を守り、未来を作り、経済を回す。 

さらに、もう一つの圃場である海面の現場へ。船を出してくれたのは地元のダイビングショップの吉田さゆりさんたちだ。目の前の西伊豆の海は美しく健全そのものに見えるが、ここでも天然の海藻は激減しているという。海面にはいくつもの籠が平行に並び、中でトサカノリやミリンが栽培されている。「海面で育つ海藻の周りに小さな魚がいるのがわかりますか?海藻の海面栽培には、魚などの海の生態系を豊かにする効果もあるのではと現在調査中です」と友廣さんが説明する。かつて、日本の水際には魚付林と呼ばれる森林が造られ、海へ栄養を供給していた。近年、森林は減り、山の栄養不足で海のプランクトンやそれを餌にする魚も減った。「海面栽培の海藻は、海の森になる可能性を秘めています。砂漠化した山に木を植えることを考えると多大な公的助成金が必要だし、整備に関わる人的労働はボランティアに頼る場合が多いですよね。でも、海藻栽培が海の森のような役割を果たせれば、海の生態系を健全にして、海藻自体も食品として消費できるので生業になる。日本全国のいろいろな海で、漁師や漁業関係者にとっての新たな仕事を生み出すことができると思うのです」。

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海中から引き出された籠には、溢れんばかり育ったミリンがあった。海藻は、私たちが通常野菜に期待するような繊維、ミネラル分を豊富に含んでいる。私たちが普段馴染んでいる海藻といえば昆布、わかめ、海苔などで食べ方も大抵決まっている。しかし、海藻には実は1500もの種類があり、未知の色や食感、味わいと、新たな食の刺激がまだまだ詰まっているのだという。<シーベジタブル>のメンバーしかり、バイヤー陣しかり、若い世代が海藻に惹かれるのは何故だろうと考えてきたが、彼らを選んだのは海藻の方なのかもしれない。海藻に先入観なく楽しめる世代に、もっと美味しい食べ方があるはず!楽しんで見つけて!というメッセージを発しているのかもしれない。種を守り、海の未来を作り、地方経済の活性化も期待できるというもう一つの野菜、海藻。おいしく健康的で、環境も良くできるとなれば実に未来的だ。

この日西伊豆で見た風景や海辺に流れる時間、海藻に情熱を注ぐ人々に思いを馳せながら、のびやかな発想で臨む海藻ワールドが伊勢丹新宿店と三越日本橋本店にやってくる。

 

 

Text:Kaori Shibata

Photo:Kenta Yoshizawa

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