2023.3.10 UP
<魚谷清兵衛>のルーツをたどれば、江戸時代に遡る。兵庫県城崎の網元にして、松葉がにをはじめ、鮮魚や塩干物を料理屋などに納めることを生業(なりわい)としていた「魚谷」。その十六代目となる魚谷清兵衛さんは、旨い魚と食べ手をつなぐ接客という仕事に魅了され、1972年、兵庫の地を離れ、東京で<魚谷清兵衛商店>を創業する。素材を獲る人、売る人、そして食べる人が共に喜び合える「三者鼎立(さんしゃていりつ)」を実現させるべく、素材の良し悪しが如実に表れる干物や各地の珍味などを扱うようになる。
<魚谷清兵衛>二代目、代表取締役の魚谷亨(とおる)さん。食に造詣が深く、陶芸作家としても名を馳せた父・魚谷清兵衛さんの教えを継ぎ、「喜んでもらえる味覚」を探して奔走する。最近は、干物の燻製に挑戦中。
モットーは、“美味真実”。その追求に妥協はない。
たとえば、看板商品の「焼抜き蒲鉾」は、エソという魚の生のみを使う。かまぼこの原料魚といえば、エソだけでなく、グチやスケソウダラ、トビウオにアジ、タチウオ、ヒラメなどいろんな魚を混ぜ合わせて作るのが通常で、その大半は冷凍された魚を使うことが多いというのにだ。
魚谷亨さんはこう語る。
「エソ100%のすり身で、水揚げしたその日に蒲鉾作りをする工場なんて、ほかにないのではないでしょうか。エソならではの、白身魚らしい品のいい旨みが引き立ちます」
鮮魚ではほとんどお目にかかれないエソ。高級なすり身の原料として重宝される。
蒲鉾が作られるのは、山口県仙崎の蒲鉾に特化した工場。手作業で生のエソの頭部や内臓を除く。
人の手によって身を水にさらした後、臭みの元になる脂などを洗い流し、脱水や機械による肉挽きを経て、塩と調味料を加えてすり上げる。
すり身を成形し、低温でじっくり焼き抜く。関東に多い蒸す製法とはまた異なる弾力が生まれる。
成形されたすり身は、山口県独自の伝統手法にのっとり、すり身を盛り付けた板の真下から低温でじっくり焼き抜かれる。だから、蒲鉾は「焼抜き」と呼ばれる。表面には直接火が当たらないため、蒲鉾の肌は雪のように白い。
噛みしめれば、弾けるようなぷりっぷりの食感!焼き抜くことで、唯一無二の蒲鉾になる。冷凍ものは使わず、原点に立ち返るような製法の蒲鉾を提供できるのは、考えを共有できる作り手との出会いと技があってのことだ。
焼抜き蒲鉾(1本)1,404円
素材は、九州や山口県の近海で獲れる生のエソ100%。練り上げてすり身を作り、低温でじっくり焼き抜く。
弾力ある歯ごたえと上品な旨みが秀逸。
「素材ありき」を基本とする<魚谷清兵衛>において、干物はその最たるものといえよう。
素材がいいからこそ、干物は鮮魚から干す“フレッシュ干し”という手法で加工していて、身は焼く前から輝きを放つ。焼けば脂がほとばしり、噛みしめればほどよく引き締まった身は旨みが凝縮し、驚くほど甘い。
ひもの(真あじ)(1枚)432円~
「塩の芸術」と謳うひものの定番。プランクトンが豊富な山口県の湾に根付く中型の真あじを干して、旨みを凝縮する。
「清兵衛小鯛ささ漬」は、福井県小浜が誇る伝統の味。小鯛を三枚に下ろし、薄く塩をして米酢にくぐらせたもので、ささ漬本来の製法を守っている作り手は今や希少な存在である。冷凍をしてしまえば、身のしっとり感がなくなり、塩が浸透し過ぎて、塩辛くなってしまう。冷凍物を使わない古来の味を楽しめる。
清兵衛小鯛ささ漬(1樽/70g)1,188円
刺身でそのままかわさび醤油で味わってよし、ちらし寿司やてまり寿司にしてもよし。蓋の鯛の絵柄は、魚谷清兵衛さんが考案した。
ごはんのお供の代表格「鮭茶漬」は、紅鮭を焼いてほぐしたのみ、というシンプルさ。調味料は塩のみだが、鮭の仕込み方にこそおいしさのヒミツがある。
脂がのった良質な鮭を使用するのはもちろんのこと、北海道に伝わる「山漬(やまづけ)」という製法を用いる。その名の通り、魚を山のように積み上げて塩漬けにすることで余分な水分を落とし、保存性を高めると同時に、旨みを引き出す。手間ひまかけた塩鮭ならではの味わいである。
鮭茶漬(1本/90g)2,376円
紅鮭本来の旨みが口いっぱいに広がる。ほかほかごはんにのせても、お茶漬けにしてもよい。
煮付けは、魚谷亨さん自ら2017年から挑戦してきたものだ。山口県まで出向き、吟味した素材を仕入れ、素材の持ち味をそのままに酒、みりん、砂糖、醤油で煮含める。
山口県産 やりいかの煮つけ(1ハイ)972円
余計なものを足さず、素材を生かすよう煮付ける。山口県で春に旬を迎える新鮮なやりいかを身をやわらかくする酒は惜しまずたっぷりと使うのがポイント。
量を求め過ぎず、便利さに流され過ぎず。時代が流れるなかで、原点に立ち続けることはいかに難しいことだろうか。
魚谷さんは言う。
「真の美味をお届けするのに必要なのは、私たちの一番を探すことです」
よい素材、真摯な作り手、磨かれた技が融合した「一番」のみを届ける。二番を扱うのではなく「なかったら、ない」を貫くのが<魚谷清兵衛>の姿勢だ。
「ほかと違う」。「なぜだかおいしい」。その理由は、掲げたモットーの体現にある。
Text : Yumiko Numa
Photo : Yuya Wada , Yu Nakaniwa