樋口直哉の「トリセツ」シリーズ第１回「塩」

2025/06/09

好評の連載、樋口直哉さんの『料理のツボ』がこの度リニューアル。伊勢丹新宿店の食品フロアを舞台に、買い物から始まる料理を指南します。第1回目は「塩」の選び方とその使い方のトリセツ！

例えばあなたが誰かに「砂糖を買ってきて」と頼まれたとします。売り場に行くとたくさんの種類の砂糖が並んでいます。「上白糖」「三温糖」「てんさい糖」「きび砂糖」「グラニュー糖」「スティックシュガー」……このなかに「砂糖」という名前の商品はありません。

棚に並んでいる製品にはそれぞれに長所と短所があり用途も違います。しかし、なにを選んだらいいのか？事前に知っておかないと選びようがないのです。

今の時代、旅に出る前にはインターネットなどで色々と下調べをすると思います。そのほうが旅先をもっと楽しめるからです。買い物もそれと同じ。売り場を歩く前に調味料や食品について事前に少し知識を入れておくと、いつもの売り場の景色も変わって見えるはずです。

第1回のテーマは「塩」。昔、塩の製造は国が製造や販売を管理していましたが、1997年の自由化を契機に一気に選択肢が増えました。現在は「いい塩を使えば料理はおいしくなる」「料理によって塩を使いわけましょう」というような情報も増え、なにを選べばいいのかわかりにくい状況です。

伊勢丹新宿店地下一階の塩コーナー

塩には様々な種類があります。インターネットを検索すると「精製塩」「自然塩」「天然塩」などの表記が散見されますが、学術的に定義がある分類ではなく、パッケージや広告にも使用できないことになっています。

塩を理解するにはパッケージの裏の記載を確認するのが一番。塩のパッケージには食品表示に義務付けられている「栄養成分表示」「一括表示」に加え、塩独自のルールとして「製造方法」の記載が義務付けられているからです。

例）　

名称　食塩

原材料名　海水（◯◯産）

製造方法　原材料名　海水（◯◯産）

工程　平釜

原材料のところに「海水」とあれば「海塩」を指し、「天日海塩」とあれば輸入した塩を溶かし、再び結晶化させた再生塩を指します。塩にはもう一つ山から採掘する「岩塩」という種類もあります。岩塩はかつての海水が陸上に閉じ込められ、塩分が濃縮し、結晶化したもので、巨大な機械で採掘されますが、そのままでは食用に適さないため、細かく砕いた塩に水を送り込んで溶かし、それを汲み上げてから不純物を沈殿させた後、水分を蒸発させるのがふつうです。

食用の岩塩も海水塩も塩水から水分を蒸発させて作られるのは一緒です。パッケージにはそれを担う工程の部分として「立釜」「平釜」「天日」など製造方法が記載されていますが、塩の特徴はこの違いによって生まれます。

塩は短時間で製塩すると粒が小さくなり、逆にゆっくりと結晶化させると大きな粒になります。一般的に塩の粒が小さいと、口に入れたときに早く溶ける＝塩味を強く感じますし、結晶が大きいとゆっくり溶けるので、塩味が丸く感じられるはずです。その結晶の形も四角いもの（一般的な食塩）からピラミッド型まで様々で、その多様性こそが塩の魅力なので、色々と試すのも楽しいでしょう。

塩は「粒の大きさ」で選ぶ。そして、使うコツは「溶かさずに使う」

じつは調理科学の世界では「塩は溶かしてしまうと味の差が（ほとんど）なくなる」とされています。「マギーキッチンサイエンス」には未精製塩と精製塩の違いは「塩を加える食材の風味でわからなくなる程度」とあり、ピッツバーグ大学の名誉化学教授ロバート・ウォルクは

「例えば100ccの液体に1gの塩で味付けをしてみよう。その場合の塩分濃度は1%だ。塩化ナトリウムを除いたミネラル分の濃度はさらに低い。たとえ人間の舌がわずかなミネラルの違い──例えばミネラルウォーターの味の違いがわかったとしても、料理における塩の希少係数はおよそ五万倍になるので、微妙な風味の違いが影響を与えることはない」（料理の科学　ロバートウォルク著　ハーパー保子訳　楽工社）

と述べています。また、日本の論文報告でも塩を溶かして使う場合、ミネラル分の有無などが料理の味わいに影響を与える可能性は否定されています。（『各種食塩の調理に及ぼす影響』（松本仲子他）など）

つまり、パスタや野菜を茹でるときに使う塩は安価な食塩や再生塩を使えばいいわけですが、逆にいうと塩を溶かさずに使う場合、その差は料理の味わいに大きく影響するということ。今回は売り場に並んでいる塩からオススメの製品を3つご紹介します。

塩三選とおすすめの使い方

１）ゲランドの塩　フルール・ド・セル　

ゲランドの塩　フルール・ド・セル（125g）1,404円

フルール・ド・セル＝塩の花という名前が表す通り、フランスが誇る優美な塩です。日本の製塩の多くは平釜といって、塩水を加熱して結晶化させるのに対して、この塩は太陽の光で結晶化させる天日という工程を踏むことでつくられます。高価なためフランスでは料理ではなく、卓上の調味料（コンディメント）として用いられます。

粒が大きいのはゆっくりと結晶化させ、塩田の表面に浮かんだ塩をそっと表面からかき集めているから。指で触るとややしっとりとしているのは、塩化ナトリウムの結晶の表面を塩化マグネシウム＝にがりが覆っているから。口にいれるとまずこの表面の塩化マグネシウムが溶けるので、塩味のアタックが弱くなり、まろやかな印象になるのです。

使い方の基本は「料理の仕上げに振る」というもの。その場合も食材に水分があると塩が溶けてしまい、せっかくのまろやかさが失われます。それを防ぐためにあらかじめ食材をオイルで覆っておくといいでしょう。例えば焼いた肉や魚にオリーブオイルを振ってからフルール・ド・セルをのせる、という具合で、モッツァレッラチーズやブラータチーズのような水分の多いチーズもオリーブオイルを振っておけば塩の特徴を活かせます。

＜レシピ＞

ブラータチーズとフルーツトマト

材料　1皿分

ブラータチーズ　1個

フルーツトマト　1個（40g〜50g）

EVオリーブオイル　適量

フルール・ド・セル　適量

1　フルーツトマトは4等分に切り、ブラータチーズは袋から取り出し、キッチンペーパーなどで表面の水気をふきとる。

2　器にフルーツトマト、ブラータチーズを盛り、オリーブオイルをかけ、仕上げにフルール・ド・セルをのせる。

２）海人の藻塩（あまびとのもしお）

海人の藻塩（あまびとのもしお）（100g）519円

塩の味は溶かしてしまえば同じと述べましたが、そうでない場合もあります。例えば製造工程で海藻を混ぜて作られる藻塩がその代表です。塩自体は平釜で作られる凝集塩（四角い塩結晶がいくつか集まった形状の塩）ですが、製造工程で乾燥させた海藻（ホンダワラ）を一緒に煮込むので、それに由来する香り成分が含まれています。

海人の藻塩（あまびとのもしお）（100g）519円

塩の味は溶かしてしまえば同じと述べましたが、そうでない場合もあります。例えば製造工程で海藻を混ぜて作られる藻塩がその代表です。塩自体は平釜で作られる凝集塩（四角い塩結晶がいくつか集まった形状の塩）ですが、製造工程で乾燥させた海藻（ホンダワラ）を一緒に煮込むので、それに由来する香り成分が含まれています。

材料　5〜6個分

米　　2合（300g）

水　　380g

藻塩　適量

1　米はさっと洗い、ザルなどで水気を切り、通常通り炊飯する。蓋を開け、ざっくりと混ぜ、蒸気を飛ばす（シャリ切り）

2　ラップを使い、一個120g〜130g程度にとりわけ、ざっくりと形を整える。

3 手を水に浸し、水気を切ってから、掌に適量の塩を広げ、2のラップを外し、握り直す。

３）ろく助塩（白塩）

ろく助塩（白塩）（150g）1,134円

さきほどの藻塩には海藻が混じっていましたが、うま味が添加された塩もあります。このタイプの塩の代表はうま味成分であるグルタミン酸ナトリウムを添加した味の素社の「アジシオ」がありますが、焼き鳥屋さんが開発したという『ろく助塩（白塩）』は食塩に昆布、干椎茸、干帆立貝のうま味を加えた逸品。他の食材が加わっている関係で賞味期限がありますが、台所に一つ備えておくと料理の幅が広がります。

食塩ベースなので粒子は細かめですが、口にいれると強いうま味を感じます。まず、塩むすびを試していただきたいのですが、うま味が補える特性を生かし塩ラーメンの塩ダレ代わりに使うという手があります。

＜レシピ＞

塩ラーメン風にゅうめん

材料

半田そうめん　二束（市販の中華生麺でも可）

長ネギ　20g

サラダ油　大さじ1

水　400ml

顆粒鶏ガラスープの素　小さじ2

ろく助の塩　小さじ1/8

1　長ネギはみじんぎりにし、サラダ油と鍋に入れ、中火にかける。鍋をゆすりながら香ばしさが出るまでよく炒め、水を注ぐ。顆粒鶏ガラスープの素を加え、沸騰したら火を止め、ろく助の塩で味を整える。

2　袋の記載に従ってそうめんを茹で、水にとって洗う。1のスープに加え、中火にかけ、温まったら器に盛る。

＜まとめ＞

売り場には様々な塩が並んでいますが、現実的には何種類も台所に塩を揃えるのは難しいので、普段遣いの安価な塩を一つとフルール・ド・セルやマルドンクリスタルシーソルトのような粒の大きい塩を一つ、買っておくといいでしょう。いつも同じ塩で料理をしている、という人もたまには売り場を観察し、興味を持った塩を買ってみると料理がより楽しめるはずです。

塩には様々な種類があり、なかには特殊製法でつくられた塩化マグネシウム成分を3%程度含む個性的な塩（雪塩やぬちまーす）もあります。そうした塩の場合、溶かしても味の差はありますが、影響が大きいのは塩の種類ではなく、ほとんどがその量です。味が違う＝「おいしい」ではないので、適切な量の塩を使うことを意識しましょう。

Text&Photo : Naoya Higuchi

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