三越 ユニフォームの変遷

三越 ユニフォームの変遷

時代の変化に合わせて進化してきたファッション。今回のTOKYO CREATIVE SALONでは、三越で働く人のファッションである“ユニフォーム”をクローズアップ。その時々ごとのファッションやトレンドを取り入れて、時代とともにアップデートしてきた三越 ユニフォームの歴史をご紹介いたします。

  • ●大正時代~昭和の初め

    ●大正時代~昭和の初め
    大正10年(1921年)、三越で初めて制服が制定。
    それまでは、華美に流れないようにと、生地・色などを制限されていましたが、活動的ではなくお客さまとの区別がつきにくいなどの理由から制服を制定。和服の上に制服を羽織っていたのが、この時代らしく印象的。

  • ●戦後~昭和45年(1970年)

    ●戦後~昭和45年(1970年)
    深みのあるグリーンをデザインに採用。
    時代は洋装に。着脱しやすいグリーンカラーのスモックを採用。襟付きで、きちんと感のある雰囲気に仕上げています。

  • ●戦後~昭和45年(1970年)

    ●昭和45年(1970年)~
    デザインがスモックからワンピースへ変更
    大阪万国博覧会が開催され、高度経済成長の中でファッションも活気にあふれた時代の影響を受け、ミニスカート全盛時代へ突入し、ユニフォームのデザインも大きく変化。「ファッションユニフォーム」と呼ばれるようになったのも、この頃。

  • ●昭和49年(1974年)~

    ●昭和49年(1974年)~
    「伝統に加味した若さと気品」がテーマ
    グリーンのジャンパースカートにオリジナルプリント模様の白いシャツブラウスで、爽やかさをアピール。ジャンパースカートは7つ釦で前後のヨークの飾りとヨークと同色のベルトがアクセント。

  • ●昭和54年(1979年)~

    ●昭和54年(1979年)~
    長年使用してきたグリーンからイメージチェンジ
    ワインレッドのベストスーツにグレイッシュラベンダーのブラウスを組み合わせています。ベストの胸には「MITSUKOSHI」の刺繍入り。昭和50年代に入ってロングスカートが流行しはじめると、ユニフォームのスカート丈も長くなりました。

  • ●昭和58年(1983年)~

    ●昭和58年(1983年)~
    オートクチュール界の第一人者・君島一郎氏がデザイン
    デザインは格調高く、色使いで若々しさを表現。紺のスカートとベスト、白地にグレイッシュブルーのストライプのブラウスで清潔感を強調しています。組合せで寒暖差に対応できるトータルユニフォームシステムを採用。女性社員の声を反映させる「女子ユニフォーム準備委員会」を発足し、その意見が随所に反映されています。

  • ●昭和63(1988年)~

    ●昭和63(1988年)~
    社内公募デザインの採用
    社内公募により72点の中から採用。モノトーンを基調とした、シンプルで格調の高いスマートなデザインになりました。活動的に働けるよう、機能性も重視されています。

  • ●平成6年(1994年)~

    ●平成6年(1994年)~
    社内公募87点の中から社員の人気投票で決定
    デザイン性に加えて機能性を追求。入選デザイン8点の作品をもとに、全女性社員を対象としたアンケートにより、組合せと着回しのバリエーション、機能性を重視したデザインに。

  • ●平成19年(2007年)~

    ●平成19年(2007年)~
    そして、現在まで続く、ユニフォームへ
    三越全店にアンケートを取って、その結果を踏まえてデザインされた現在のユニフォーム。上質感のある素材とデザインにこだわっています。画像左は一般部門用、画像右は食品部門用です。