2024.3.1 UP
「しっとり」「もっちり」…と表現される日本の柔らかなパン。今では当たり前のようにも感じるこの食感を生み出したのが、<銀座木村家>だということはあまり知られていない。
創業は1869年(明治2)。初代の木村安兵衛は、明治維新の激動の時代に職業訓練所でパンと出合い、「次はパンが来る」と目を付けた。当時もパンはあったが、ホップを使用した酸っぱく固いパンしかなく、柔らかい白米を主食とする日本人の食卓には浸透していなかったという。そこで安兵衛は、白米が主食の日本で、日本人の口に合う“嗜好品”としてのパンを研究。1874年(明治7)、酒饅頭にヒントを得た、しっとり食感の「酒種あんぱん」を発明した。
「酒種あんぱん」のはじまりは、粒餡の「小倉」とこし餡の「けし」。2本線は「小倉」、3本線は「うぐいす」と、見分けを付けるのも専用の片刃カミソリで一つ一つ手作業
翌年には、明治天皇皇后両陛下が東京・向島にある水戸藩の下屋敷でお花見をする際、侍従の山岡鉄舟より推薦され、八重桜の花びらの塩漬けを埋め込み焼き上げたあんぱんを献上。大変気に入られた両陛下より「引き続き納めるように」というお言葉を戴いたのを機に、現在一番人気の「酒種あんぱん 桜」が誕生し、日本の食文化とも呼ぶべき、柔らかなパンが各地へ広がった。
酒種あんぱん 五色(1セット/5個入) 1,004円
八重桜の塩漬けと北海道産の小豆を使用したこし餡が、伝統の酒種生地に絶妙に溶け合う「桜」をはじめ、「小倉」「けし」「うぐいす」「白」を詰め合わせ。餡と酒種生地の分量、食感、香りなどすべてのバランスが抜群。技術の発展によって小麦の精製方法や小豆などの原料の変更はあれど、職人の口伝によって受け継がれてきたレシピは変えず、昔と変わらぬ味わいを継承している。
その後150年にわたり酒種を受け継ぎ、今では1日約2万個の「酒種あんぱん」を製造。銀座本店での勤務を含め<木村屋總本店>歴18年という工場長・渡邊重夫さんによれば、「酒種酵母は繊細で、ちょっとした気温の変化なども許されないため管理が難しく、工場内の「酒種室」へ入室できるのは限られた3名の種師のみです」と、その徹底ぶりがうかがわれる。
<木村屋總本店>工場長、渡邊重夫さん。ハワイの「銀座木村屋ベーカリー」オープニングスタッフ、製造課長を経て、2023年7月より東京工場の工場長に就任
発酵室に入った酒種生地は27度・湿度70%前後に設定された部屋で発酵を繰り返していく。発酵中の酒種は優しく甘い香りを漂わせる
また工場内では、酒種生地を使用するラインと、使用しないラインでフロアまで隔てるこだわりよう。酒種生地はその柔らかさと繊細さゆえ、機械は使わず餡は餡ベラを使用して一個ずつ手包みし、動きを加えた後は休ませ、さらに1時間半ほど第二次発酵を経てから焼成へ。
自社で炊いている特製餡は、炊き上がったあと、あえて1日ほど置いて味が馴染んだものを使用する
酒種生地は時間が経つと粘る性質を持つため、包むスピードが肝とされ、1分間に19個包餡できる匠もいるのだそう
専用の治具によって凹ませた“へそ”に、桜の塩漬けを乗せていく「桜」。酒種生地は弾力が強く、包餡直後に“へそ”を作ってしまうとゆっくり元に戻ってきてしまうため、包餡後は再度ラックで休ませてから、“へそ”作りに進むという
酒種ぱんが入るオーブンも、これまた特別仕様。一般的なオーブンと比べ、高温かつ短時間で効率的に焼き上げる専用の「トンネルオーブン」を使用することで、約7分30秒で焼成可能だ。
長いトンネルは3つのゾーンに分かれ、専任のスタッフがゾーンごとの温度管理を徹底。その日の湿度や温度、小麦粉は生産日の異なるロットごとに、味への影響が変わってくるため、微妙な調整が必要だという。
全長15mはある、「酒種ぱん」専用のトンネルオーブン。
オーブン内の焼き色を目視でチェックし、搬送ベルトのスピードや温度を管理。
焼き上がった「酒種あんぱん」の中心温度は90度前後。
トンネルオーブンから出てくる「酒種あんぱん」は、1度の焼成で1200個。十分な焼き色に達していないものや、焦げが目立つものなどは、この時点で取り除かれる。焼き上がりの目安は、茶色い焼き色との境目に現れる“ホワイトライン”だ。
この焼きたての状態が一番おいしいと思いきや、「半日ほど蒸らしてから出荷することで、生地がもっちりとした食感に仕上がり、より餡と馴染みがよくなるんです」と渡邊さん。パッケージへ包装される前に、あえて蒸らしの時間をとって休ませることで、皮はパリッと、生地はムギュッと、食感の豊かなおいしさが生まれるのだ。
盤重に並べ、ラップで覆って蒸らす、仕上げの作業
150年以上守ってきた酒種酵母を丁寧に継ぎ足し、幾度となく発酵を重ねた生地に、一つ一つ餡を手包みし、仕上げに蒸らしの手間をかける。機械化が進み、1日で完成するパンもある時代に、酒種ぱんは酵母の仕込みから約10日を要するという。かけられた手数は、しっとりと柔らかな酒種あんぱんの味わいに直結。今も愛される所以である。
定番として愛されている代表的なパンを他にもご紹介しよう。
木村屋カレーパン(1個) 321円
国産小麦を使用した歯応えのある生地で、牛肉ベースに玉ねぎなどを入れた独自のカレーフィリングを包んだ高級感溢れるカレーパン。フィリングと生地のバランスも重視し、大き過ぎずちょうどよいサイズに仕上げているそう。リベイクすることで、とろっとした具材の食感がより楽しめる。
ジャムパン(1個)251円
明治33年に誕生した、“ジャムパンの元祖”。西洋のジャムを付けて食べるビスケットサンドに着想を得たという。酒種生地を使用したジャムパンは、懐かしく感じるのに唯一無二の味わい。当時はいちごジャムが主流でなかったため、特製の杏ジャムは今の時代に新鮮。
あんバターホイップ(1個)330円【冬季限定商品】
北海道産小豆を自社で炊きあげたつぶ餡と、ホイップした無塩バターを包んだ一品。生地に酒種を入れる事で、よりふっくらとボリュームのある生地に。夏場などは配送時にバターが溶けてしまうことから、冬季限定で販売。冷凍配送にしたり、素材への妥協はしたくない、というこだわりが詰まっており、オンラインショップでも人気。
クリームメロン(1個)331円
大き目にカットし、風味と果肉感を際立たせたメロン果肉入りのクリームを、国産小麦を使用した柔らかな生地で包んだメロンパン。メロンピューレを増量させた表面のビスキュイ生地は、“ザクザク”の食感も魅力。一般的なメロンパンに比べて、ダイレクトにメロンを感じられる一品。
Text : Aki Fujii
Photo : Yu Nakaniwa,Yuya Wada