<鈴懸>の人気が衰えぬ理由に迫る。 目や舌が記憶していた“和菓子のあるべき姿”。

2023.9.15 UP

鈴の形をした最中に、ふた口サイズのどら焼き。「菓」の一文字のみが潔い手提げ袋や、看板が主張しない店構えなど、どれをとっても<鈴懸>とひと目でわかる。これこそが真のブランド力といえるのではないだろうか。1991年の入社以降、商品の微調整から大きなリブランディングまで、あらゆる改革を次々と成功させている三代目・中岡生公社長にお話を伺った。

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一見変わらないように見えるこの商品ラインナップも、“小さな変化の連続”。

創業100年、伊勢丹新宿店では出店20年目の節目を迎えた<鈴懸>。老舗店であることに違いないが、思わず驚いてしまうのは、その歴史に違わぬ新鮮さだ。率直にそう伝えると、「みなさんからそう言っていただけるのですが、ひとつひとつの商品を見ていただくと、びっくりするような新しいお菓子はないんですよ」と、三代目社長の中岡生公(なりまさ)さん。

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お話をうかがった<鈴懸>三代目社長の中岡生公さん。

大阪の菓子店で修業後、1991年に鈴懸入社。2010年、代表取締役就任。祖父の代から基本を継承しつつ、現在の鈴懸スタイルを確立し、全国的に知名度を広げた。

商品棚を見渡せば、たしかに大福、おはぎ、たとえば夏季なら麩の餅やわらび餅など季節の和菓子が並び、目新しいものは見当たらない。聞けば、一見変わらないように見えるこの商品ラインナップも、“小さな変化の連続”なのだという。

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「麩乃餅」や、夏に旬を迎える珍しいいちごを包んだ「なつみずきの苺大福」などは夏季限定。

「新しいお菓子を開発することよりも、誰もが知る定番菓子のおいしさを高めていきたいと思っています。例えば2023年上半期で1番大きく変わったのは、柏餅。見た目はまったく変わっていないのですが(笑)、もうちょっとプリッとした食感にできないかと話し合って、1ヶ月以上試行錯誤し、水分量や蒸し加減などを微調整しました。原材料となる粉や米自体は、同じ品種でも毎年微妙に違いが生まれる作物ですし、それによって微調整するのは当然の流れで、全種類のお菓子に対して毎年少しずつ調整をかけていくのが我々の仕事です」

 

生菓子を作る東京と福岡では水質もまったく異なるため、さらに場所ごとの調整も必須と話す。

当たり前のことが当たり前じゃない時代。和菓子の“あるべき姿”に原点回帰。

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店の奥の厨房で職人が手作りしたものが、表のケースに並ぶ。これこそが中岡さんが考える和菓子屋の原点。

これからもこれまでも、数々の改革を進めるにあたり、その根底にいつもあるのは、和菓子屋に生まれ、いつも目にしていた菓子の型や味の記憶、“和菓子のあるべき姿”だという中岡さん。

 

「1991年の入社当時、和菓子業界ではお手土産菓子が増え、生産性重視の時代でしたが、日持ちさせるために餅に砂糖を加えた大福は、かつておいしいと感じていた大福とは明らかに違っていたんです。米を噛み続けると甘くなるように、餅米と砂糖の甘みの違いが、おいしさの大きな分かれ目だった。昔からいる職人は当然、米の甘みの方がおいしいとわかっていても、砂糖を入れないと餅が硬くなってしまい、日持ちもしないという葛藤を抱えていました。でも本来、大福はついた餅で作り、一日経てば硬くなるもの。たとえば昔の鏡餅はお正月を過ぎたらよくカビが生えていたものです。あれがいわゆる餅の“あるべき姿”でしたが、いつからか鏡餅は“カビが生えないことが普通”になって、当たり前のことが当たり前じゃなくなっている。そこで、リブランディングといっても特別なことをしたのではなく、私が子供の時に食べていた舌の記憶をたどって、作りたてのおいしさや、米の甘さという“あるべき姿”に戻しただけなんです」

 

今となってはそのおいしさに老若男女が行列をなすが、当時は『日持ちする』ものが“普通”になっていた時代。大福を買われたお客さまから「1日経ったら硬くなっている!」というクレームも多かったと言う。

 

 

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入口には、中岡さんが漆作家にオーダーした朱色の漆の蒔絵と、季節の花が生けられる。ひと目で「鈴懸」と読めずとも、設えがブランドを物語る。

また、夕方や閉店前に「品切れ」になることを恐れず、ほとんどの生菓子は作ったその日に売りきることを徹底。

 

「前日作ったものを翌日に繰り越すと、最初に来てくださったお客さまが1番古いものを食べることになるなんておかしいですよね? 逆を言えば、絶対作りたてが食べられるからこそ、朝早く来てくださるんです」

 

中岡社長が当たり前のこととして話す言葉に、繰り返し胸を打たれるとともに、<鈴懸>の人気が衰えぬ理由を垣間見た気がした。

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〇すず籠(中)(1セット)2,895円  

伊勢丹新宿店では週末ともなれば1日1000個売れることもある「鈴乃〇餅」と、鈴の形が愛らしい「鈴乃最中」を、お籠に詰め合わせ。「鈴乃〇餅」は佐賀県産ヒヨクモチを使用した熟練の手で一枚ずつ焼き上げるもっちりとした皮が魅力。新潟産こがねもちを使って芳ばしく焼き上げた「鈴乃最中」とともに、十勝産小豆の餡がともなって完成する鈴懸の技の結晶。一般的な和菓子屋が使用する硬くて薄い紙箱に代わり、風情のある竹籠を採用したのも中岡社長のアイデアだったそう。

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白玉ぜんざい(1個)519円

北海道十勝産小豆をふっくらと炊き上げた自慢のぜんざい。甘さ控えめに仕上げられているため、小豆本来の豊かな味わいをたっぷり感じられる。

 

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おはぎ(1個)249円

蒸した餅米の旨みを存分に味わえるひき割り羽二重餅と、北海道十勝産小豆の粒餡で、なめらかに仕上げた一品。お客さまの“頬張る”姿を想像して適度なぽってり感に。

 

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栗蒸し(1個)443円

内側にも天面にも、熊本県産の渋皮栗をふんだんに使用した栗蒸し羊羹。栗のほっくりとした風味を生かし、あっさりとした味わいで食べ飽きない。

 

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百菓行李 4,266円

鹿児島産つくね芋入りのしっとりと軽やかな生地でこし餡を包んだ、饅頭と半月型どら焼きの人気の組み合わせ。

 

Text : Aki Fujii

Photo : Mariko Tosa , Yuya Wada

 

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