<両口屋是清> 老舗ならではの確たる本質と、老舗ゆえの柔軟な底力。

2022.10.31 UP

創業は1634年の江戸時代。三代将軍の徳川家光の治世である。悠久のときを経て、今もなお、人々の記憶にその名を刻み、菓子を生み出す<両口屋是清>。長きにわたり同店が菓子舗を営み続けるそのパワーや創意の根源は、一体どこにあるのだろう。

 

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いつの時代も、やることは〝一つ〟だけ     

「よく老舗は大変ですよね、と言われることがあります。歴史や伝統を背負い、多くのしきたりやしがらみがあって、新しいものを生み出すときには苦労があるのではないか、と。でも、正直なところ〝こうじゃなければいけない〟という意識は、私たちには意外とないんですよ」そう語るのは、代表取締役副社長の大島千世子さんである。

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名古屋市にある東山店前にて。同店舗の設計は建築家の隈研吾さんによるもの。

 

 

「多分それは、388年という本当に長い歳月において、さまざまなことをしてきた歴史的背景や経験の上に、弊社が成り立っているからだと思います」

 

江戸時代に名古屋に店を構えた同店は、尾張藩の御用菓子をつとめてきたという歴史をもつ。茶会で供される上生菓子や干菓子を仕立てたり、結婚式の引き出物の焼菓子をつくったり。戦争が勃発して「贅沢は敵だ」とされた時分には、菓子ではなくパンを作っていたこともあるという。明治時代に、西洋から洋菓子が渡来して、自分たちの作ってきたものが和菓子という名でくくられるようになったときも、第二次世界大戦の空襲で店が全焼したときも。どんなときでも菓子づくりを諦めることはなかった。

 

「ある意味、チャレンジの連続ですね。でも、いつの時代も〈両口屋是清〉の根底にあるのは、ただ一つ。美味しい菓子を作り、多くの人に食べてほしいという純粋な思いだけです。これは私の勝手な想像ですが、もし、江戸時代に生クリームがあったとしたら、うちの祖先たちは当然、そういったものも使っておいしい菓子を作っていたのではないかと思います(笑)」

 

もちろん、長い歴史のなかで培われた揺るぎない職人技がある。四季の移り変わりや自然の美しさを読み解く感性やセンス、素材を見極め、使いこなす力量、そのときどきの時代に寄りそうように創意工夫を重ねる柔軟さがあったからこそ、長い歴史を生き抜き、さまざまな菓子を生み出すことができたのだ。

 

 

端正な棹菓子を生む、繊細な職人技

同店を代表する菓子はいろいろあるが、ここで紹介するのは「をちこち」だ。古語で〝遠い近い〟という意味を冠し、はるかな山々の風情を意匠にしたという棹菓子である。

 

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をちこち(半棹) 810 円

昭和34年に誕生し、今なお人気の一品。

 

「この菓子はそぼろ状に漉した2層の餡村雨と、丹波の大納言小豆を使用した粒餡からできています」と話すのは、菓子職人の野尻誠さん。この道40年のベテランである。

 

中央部分の粒餡は、ずっしり濃密な甘さと大納言小豆のふっくらとした食感と豊かな風味が特長だが、「大納言の個性を引き立てるため、時間をかけて丁寧に水煮して雑味を抜き、その後にじっくりと蜜を浸透させるように煮ています」。炊き上がるまでには、およそ6時間はかかるという。さらに、その粒餡を挟む餡村雨には、旨みのある小豆餡と手亡豆の淡泊な風味を生かした白餡の2種類を用意。「味わいはもとより、食感もおいしさを彩る大事な要素です」と話す野尻さんは、その餡玉を、漉し網で丁寧に漉していく。

 

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漉し網は、「をちこち」の村雨をつくるためだけのもの。目の粗さや大きさにも意味がある。

 

 

「押し込みながら、少しだけ擦るといったイメージでしょうか。力を入れすぎれば村雨が粉状になり、蒸し上げたときベタッとした質感になってしまうんです。あくまでも食感はホロホロに。これが意外と難しい」

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餡村雨の成型時に使う器具は〝櫛(くし)〟と呼ばれる同店のオリジナル。櫛(くし)側でほぐし、反対側で平らにならしていく。

 

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2種類の餡村雨を流し入れたら、木蓋をして、軽く押し込む。

 

 

2種類の餡村雨を平らにならすのも、粒餡を挟んで成型するのも、木蓋をして形を整えるのも、すべては職人の手感覚。力加減ひとつが味わいを大きく左右する。菓子作りにおいては、こうした繊細な作業が随所に求められるのだ。

 

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でも、だからこそ。断面の端正で美しいことよ!その味わいは、計算され尽くされた上に成り立っている。

 

 

時代に合わせて生まれた、今、食べたい和菓子たち

「食べきりサイズの『をちこち』が欲しい」という声の高まりから生まれたのが「ささらがた」だ。

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ささらがた(1個)260円/(5個入)1,404円

左から「黒糖」「柚子」「大納言」「抹茶」「紅つぶ」。

 

「大納言」は、「をちこち」と材料や仕立て方は同じなれど、「をちこち」そのものを小さく切り出しているのではない。「一個の『ささらがた』は一つの棹菓子です。小さく作るほうがはるかに難しい」と野尻さんは笑う。「大納言」のほかにも「黒糖」や「抹茶」「紅つぶ」「柚子」の定番5種に加え、季節ごとに旬の食材を使用したものも登場するとか。見た目も可愛く、手土産にすると喜ばれる菓子である。

 

また、伊勢丹新宿店限定の棹菓子もある。その名も「虹の架け橋」。青く澄んだ錦玉羹の空に、道明寺で仕立てた雲がたなびき、色鮮やかな虹の羊羹が架かっている。不思議なことに、カットする場所によって虹の架かり方が変わる。一切れとして、同じ景色にはならないというから、面白いものである。

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虹の架け橋(半棹)2,160円

 

 

「1本の棹菓子のなかに、ストーリーを作りたかったんです。カットしたときの景色は一期一会。ワクワクしながら楽しんでいただければと願っています」(大島さん)

 

ちなみに同社では、新しいお菓子を作るときやリニューアルをするとき、菓子職人だけでなく、営業や総務、販売員にいたる全スタッフが、試食を行うことも少なくないという。「お菓子づくりに直接携わる職人だけでは、知り得ない感覚がありますし、お菓子に対する世間の動向、新しいアイデアなども積極的に加味しながら、一歩一歩、進んでいけたら」と大島さん。

 

これから先の未来もずっと<両口屋是清>の歴史は、緩やかに、でも確かな足取りで続いていくに違いない。

 

 

撮影・岩本慶三、小林キユウ 

文・葛山あかね

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