2022.10.31 UP
すき焼の歴史は文明開化とともに始まる。鎖国している間、牛肉を食べる習慣がなかった日本に、欧米のさまざまな文化とともに牛肉を食べる習慣がもたらされたのだ。なかでも大ブームとなったのが牛鍋。ちなみに牛鍋とは、牛肉を鉄鍋でネギや割り下と一緒に煮込む料理で、のちにしらたきや豆腐などの具材が入り、調理法も関西の影響を受け、すき焼と呼ばれるようになった。
「明治の半ば頃、東京には550軒もの牛鍋屋が軒を連ねていたといわれています。<浅草今半>は明治28年、本所吾妻橋に創業したのがはじまりです。」と広報担当の加藤由布子さん。その後、昭和3年に浅草・国際通りに<浅草今半>が誕生した。
昭和初期の<浅草今半>。
昭和20年に、すき焼の歴史に、エポックメイキングな出来事が刻まれる。当時、すき焼は家庭で食べるものではなく、店で、しかも男性がお酒を飲みながら楽しむものだった。そんななかお客さまから「家に持って帰って食べたい」という要望が出てきた。最初のうちは宴で残ったものを煮詰めて持ち帰っていたが、3代目・髙岡元一は、これを土産として商品化することはできないだろうかと考えた。
「元一は“体に割り下の匂いが染み付いている”と言われるほど、<浅草今半>のすき焼のおいしさを持ち帰れるものにすることの研究に心血を注いだそうです。そして、昭和20年、江戸時代から魚の保存食として伝わっていた佃煮をヒントに、牛肉の佃煮を考案しました」。
牛肉すきやき(1箱60g)1,080円
牛肉しいたけ(1箱70g)756円
こうして誕生したのが「牛肉すきやき」である。この牛肉佃煮は東京土産として評判になり、昭和40年代後半にはさらに大人気となった。百貨店では飛ぶように売れ、職人が作るそばから百貨店に運び、それでも追いつかないほどだったという。誕生から80年近くたった今でも、<浅草今半>の牛肉佃煮は愛され続け、さらに進化を遂げ、しいたけやごぼう、たけのこ、れんこんなど他の具材と合わせたものや、やわらか煮などが開発されるなど、バリエーションも豊かになった。日持ちがするためお中元やお歳暮、お世話になった時の御礼など贈答用としての人気は高い。また、最近ではご飯のおかずやお弁当、ホームパーティにと、自宅用に買い求められることも多い。
佃煮というと、塩分が濃いイメージがあるが――。
「今は以前よりも塩分は控えめです。割り下は当初の味を活かしながら、お客さまから“変わった”といわれない程度に、時代の味覚に合わせて少しずつ味を変えているんです」。“変える”ことによって、いつの時代でも好まれる<浅草今半>のおいしさが守られているのだ。背景には5代目・現会長の髙岡修一の「変わらないために変えていく」というポリシーがある。
東京国立博物館とのコラボレーション 川瀬巴水の牛肉佃煮詰め合わせギフト缶「春の愛宕山」。夏は歌川広重の名所江戸百景に。季節ごとに絵柄が変わる。
おいしさの背景には、素材となる牛肉の選定や年月によって磨かれてきた製造過程がある。牛肉は旨み成分が多く、煮込んでも崩れないもも肉を使う。選びぬいた国産牛を使っていることはもちろん、肉の下処理から味付けまで、念入りに、丁寧に、行われる。そのほとんどが手作業で、元一の時代と同じ工程だ。
「まず、牛肉の旨み成分だけを残すために、筋や余分な脂肪、血の塊など雑味の元となるものを取り除きます。次にスライスし、今度はボイルして肉の臭みをゆでこぼす。それから割り下で煮込みます。このときは職人が大きなしゃもじでかき混ぜ、状態を確認しながら煮上げていきます。牛肉の旨みを活かすためには細かい作業が必要なので機械ではできないんです」。
牛肉としいたけなどの具材を合わせた佃煮の製造に際してもこだわりがあり、肉とほかの具材は別々に味付けをする。煮る温度や時間をそれぞれの具材ごとに適正にすることで、野菜の食感や香りが生きるからだ。
牛肉佃煮は、そのままおかずやおつまみ、お弁当のおかずにしてもおいしいが、料理に応用することもできる。卵焼きやポテトサラダに混ぜれば、簡単にもう一品が完成。そうめんや蕎麦のトッピングにもなるし、バゲットにのせてカナッペ風にするとワインのおつまみにも。そもそも佃煮じたいが完成された味付けに仕上がっているので、ほんの一手間で味が決まるのだ。ちなみに加藤さんの最近の一押しは、
「サラダですね。アボカドやきゅうり、トマト、玉ねぎ、春雨と『牛肉すきやき』を合わせてレモンをかけると、エスニック風のサラダになります」。
牛肉佃煮は長期保存が可能なので、不意の来客やもう一品欲しいときのために常備しておくと重宝する。
牛肉佃煮を使った餅ピザ。佃煮は「牛肉すきやき」「牛肉そぼろ」などお好みで。切り餅の上に牛肉佃煮を乗せ、その上にカットしたスライスチーズを乗せオーブンで焼く。好みで海苔を巻く。
いつものポテトサラダに高級感が。マッシュしたじゃがいもに「牛肉すきやき」を混ぜ合わせ、マヨネーズ、塩、こしょうで味を調える。お弁当のおかずにもぴったり。
牛肉弁当(1折)1,296円
割り下で煮た国産黒毛和牛がご飯の上に贅沢に乗っている。
※伊勢丹新宿店本館地下1階 旨の膳<浅草今半>でお取扱いしております。
伊勢丹新宿店の弁当惣菜コーナー旨の膳<浅草今半>には、牛肉佃煮のほかに黒毛和牛を割り下で煮上げ、ご飯に乗せたお弁当もある。また、昨年12月、本館7階のイートパラダイスには、<浅草今半>の味が気楽に楽しめる<浅草今半 きらく亭>がオープンしたので、こちらも利用したい。店内は椅子席でカジュアルな雰囲気ながら、浅草を描いた浮世絵などが飾られ、江戸の粋を感じさせる佇まい。日本情緒を体感しながら黒毛和牛雌牛すき焼のほか、赤身ステーキやローストビーフなどが楽しめる。ランチのハンバーグステーキは1日10食限定の人気メニューだ。一人で入りやすいのもうれしい。
伊勢丹新宿店本館7階イートパラダイスの<浅草今半 きらく亭>。カウンター席もありカジュアルな雰囲気。壁の古地図や浮世絵が江戸の粋を伝える。
「浅草今半 きらく亭」のランチメニューの一番人気は「陶板すき焼昼膳」 3,850円。
「ハンバーグステーキ昼膳」 2,750円は1日10食限定。
グランドメニューの「すき焼コース【白鷺】」8,800円(IH調理器使用のため提供数限定)
創業から127年を経て、海外でもSUKIYAKIの店として名高い<浅草今半>。伊勢丹では日本伝統の美味しさを存分に堪能できる。
撮影・岩本慶三、中庭愉生
文・大塚明子