2022.10.31 UP
料理のこと、器のこと、お部屋の設えのことなどを話す、<招福楼>の五代目中村嘉宏さんはとても楽しそうだ。とてもいきいきとしている。「祖父が言うんですよね。『仕事も遊びと同じ。楽しまなければあかんよ』って。お料理をしている自分らが、心から楽しんでいなければ、お客さまを心から楽しませることなんてできないという意味ですが、ほんまにその通りやなと思うんです。」
五代目中村嘉宏さん。20歳から料理の世界に入り、24歳で茶の湯を学び始める。
<招福楼>といえば、滋賀県東近江に本店を構え、古くから茶人や数奇者を魅了し続ける名料亭である。中村さんの言う〝祖父〟とは、明治初期にお茶屋として始まった同店を、昭和23年に継いで、現在の<招福楼>の基礎を築いた三代目中村秀太郎さんのこと。禅や茶の湯に精通し、日本の古き良き文化を守り継ぐことに尽力する三代目は、五代目の言葉を借りれば「とことん楽しんでいる」方である。今は三代目と四代目である父・中村成実さんが本店に、そして五代目中村さんが東京店を預かり、切り盛りをしている。
滋賀県東近江にある本店。端正な佇まいが訪れる人を魅了する。
そんな五代目が作る「十二ヶ月風流弁当」は、二段の折り箱に、四季折々の懐石料理が詰められている。
「ミニ懐石とでも申しましょうか。お弁当という箱に詰めてはいますが、その一つ一つは、小鉢や八寸、お造り、炊き合わせ、ごはんなど、懐石の内容を一箱でお楽しみいただけます」
十二ヶ月風流弁当(1折) 5,940円
一段目。料理は毎月変わり、旬を彩る内容になる。
一段目には、いちじくの胡麻酢ソースや、冬瓜と茄子の炊き合わせ、うなぎの酒盗蒸し、なんば(とうもろこし)の漬け焼き、赤芋のレモン煮など、いわゆる八寸に当たるものが入っている。さらに、中央には甘鯛のお造り、手前には、頭から尾までいただける鮎の焼き物が鎮座している。
こちらは二段目。写真の「十二月風流弁当」は葉月(8月)のもの。
そして二段目は、ごはんものが中心。鰺の押し寿司と、梅と山椒で炊いたわかめごはんに、自家製のちりめん山椒をのせたもの。昆布の佃煮。押し寿司の左にあるのは小鉢となる鮑と白ずいきの炊きもの、手前にはデザートのワインゼリーまでもが入っている。
「どれか一つを目立たせるのではなく、すべてをバランス良く味わっていただくことを考えながら料理を組み立てます」
そう話す中村さんに、料理をするうえで大切にしていることをうかがうと、こんな言葉を教えてくれた〝人間の誠実さと親切と勘のよさが尤も良くあらわれるものは料理である〟。「これは祖父が、天龍寺の山田無文老師にいただいたお言葉で、代々受け継がれる精神を表しています。勘が良くないと素材を見極め、それに合わせて繊細に調理をすることなどできないでしょうし、ものを素直に受け止める心=誠実さも必要です。そして、もう一つの親切心。僕としてはこれが一番大事やと思うんです」
同店では椀物や煮物など、料理によってだしを変える。鰹節は血合いを取り除き、芯のみを使用する。
たとえば、旬を味わえるように、そのときどきに一番いい状態の素材を選ぶこと、その食材がもっとも生きるように包丁を入れること、料理によってだしの引き方を変えること。「食べ手のことを考えながら、料理をするという親切心とは、つまり、おもてなしの心にほかならない。これが料理づくりにおいて、さらにいえば人生においても、一番大事なことなんじゃないかと、僕は思っています」
「十二ヶ月風流弁当」はそのまま食べることはもちろん、「ご自宅で味わうなら、箱から取り出して、一つ一つ器に盛り直しても。家で懐石料理の雰囲気を楽しむことができますよ」
たとえば、二段目に入っていた鮑と白ずいきの炊きものを小鉢に入れ、お造りは小皿に。茶碗に炊き込みごはんを盛り、大きめの丸皿には八寸や焼き物をまとめて盛り付ける。あくまでも、これは一例だ。
折の中に入っていた料理をそれぞれ盛り直すと、懐石料理の雰囲気に!
「盛り付けは自由でいいんです。正解なんてありませんから。ご自分の好きな器を選び、自分流に楽しんでみてください」。このお弁当には、風流な遊び心までもが詰まっていた。
伊勢丹新宿店では、同店で人気の「ワインゼリー」も購入できる。キラキラと輝くクラッシュしたワインゼリーは、白ワインのほのかな苦味や香りを生かした上品な味わい。そこに桃やいちご、いちじく、キウイ、オレンジなど、その季節においしい果物を組み合わせるという。
ワインゼリー。価格は季節の果物によって変わる
写真のワインゼリーに入っているのは、大粒のシャインンマスカット。「果物によってコンポートにしたりジャムにしたりと、手をかける場合もあります。芳醇な香りや濃厚な甘みの持ち主であるシャインマスカットは、そのままのおいしさを楽しんでいただくために、フレッシュな状態で使用しています」
東京店の一室「十方の間」。床の間は、重要文化財である「大徳寺 忘筌」を写しているという。
「十二ヶ月風流弁当」をいただくと、俄然、興味が沸いてくる。<招福楼>の本店のこと、そして東京・丸ビル36階にある東京店のこと。どんなお部屋で、どんな雰囲気のなかで、どんなお料理を食べさせてくれるのか。ぜひ、一度足を運んでみたいと願わずにはいられない。
撮影・小林キユウ
文・葛山あかね