2020.10.4 UP
文 角田光代
数年前、秋に、知人がさつまいを贈ってくれたことがあった。届いた段ボール箱を開けて驚いた。八百屋さんでよく見かける細長いものではなくて、丸っこくて、皮の色が黒と紫の中間のような濃い色のいもが、ごろごろ入っている。あまりにも意外な贈りものに驚いたのである。なんでさつまいも?
贈ってもらったさつまいもは、焼きいもにして食べるのが最適だと説明書きが入っていた。私の愛用しているオーブンレンジには焼きいも機能があって、かんたんに焼きいもができる。さっそく作って、あつあつのおいもを二つに割る。湯気とともに甘くゆたかな薫りがふわっと立ちのぼる。中身は着色したかのような濃いだいだい色。一口食べて、まじまじとそのだいだい色を見つめてしまった。ただ焼いただけなのに、すりつぶして練り上げたような食感、お菓子のような複雑な甘さがある。さつまいも界はすごいことになっている、としみじみ思った。そして、さつまいもを食べるとしあわせな気持ちになることも思い出した。
ひとり暮らしをはじめた二十代のころ、「やーきいもー」のなつかしい売り声が聞こえてくると、財布を持ってよく部屋を飛び出した。焼きいもを売っている人はみんな気さくで、おまけしてくれたり、大きいのを運んでくれたりする。秋口の、空気の涼しいなか、あたたかい新聞紙の包みを持って部屋に戻る。ひとりで食べる焼きいもは、甘くてやさしくて、しあわせな気持ちになったものだった、なんて過去も思い出す。
なんでさつまいも? と不思議だったが、ああ、知人は、このぜんぶを贈ってくれたのだなと納得がいった。立ちのぼるゆたかなにおい、しあわせな気持ち、なつかしい過去の時間。それらが、幸福に分類されることを知っていたのだろう。
贈るって、品物だけではないんだな、とさつまいもを食べながら思った。ものすごく多くのものを、品物といっしょに贈ることができるのだ。季節、薫り、記憶、驚き、幸福感。
知人が贈ってくれたさつまいもは、ひとりでは食べきれないくらい多かった。長期保存もできるらしいけれど、感動的なおいしさだったので、友人たちにお裾分けさせてもらった。「私のように、食べてきっとびっくりするぞ」と思うと、このときは、お裾分けにわくわくした。本来、贈りものは、贈るほうも贈られるほうも、わくわくするべきなのだ。
かくたみつよ・作家。 2005年『対岸の彼女』で直木賞、2006年「ロック母」で川端康成文学賞、2007年『八日目の蝉』で中央公論文芸賞をはじめ、数多の文学賞を受賞。近著は5年にわたって現代語訳に取り組んだ『源氏物語 上・中・下』(河出書房新社)
なると金時 徳島県産 (100gあたり)108円
伊勢丹新宿店本館地下1階=フレッシュ マーケット
※生鮮品は天候などの諸事情により入荷がない場合、また収穫状況により、産地、価格、販売時期等が変更になる可能性がございます。
写真:福田喜一
スタイリスト:chizu
編集:松岡真子