【角田光代さん連載】ときめく贈りもの。 GIFT.3 白

2021.2.5 UP

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あたらしい年のはじめに、 まっさらな心を贈る

先だって、和紙職人のかたのお話を聞く機会があった。そのかたのお話でとても興味深かったのは、ものを贈るときに「包む」というのは、日本に古来から伝わる文化だということだった。包むということは、相手に贈るものをたいせつに守るという心遣いからはじまったという。白い和紙で品物やお金を包んで渡す折形という文化は、日本において、長い歴史を持つのだそうだ。

 なぜ白だったのだろう、と調べてみると、白は清浄を表す色であった。もともとの贈りものとは神仏へのお供えであり、穢れのないまっさらな心を包む、ということを意味しているのだとか。

 今では包装にはいろんな素材、多彩な色が使われていて、「包む」ことの本来の意味などすっかり忘れているけれど、お金や品物をそのまま渡すのにはやっぱり強い抵抗がある。包むということは、日本で生きる私たちのDNAにしっかり根づいた文化なのだろう。

 お正月、友人知人に何かを贈る機会があれば、そんな「贈る」初心に返るのはどうだろう。贈りものを白い和紙で包むのもいいけれど、贈るもの自体を、清浄な白でくるまれた品物にする。

 酒饅頭は、観光地で湯気をあげて売られているイメージがある。どこでもよく見かけるので、あんまり珍しさも感じずに、見かけても買ったり食べたり、まして贈りものとして考えないことも多い。私も、どこかで食べた記憶はあるが、それがいつだったのか思い出せないくらい昔に食べたきりだ。だから、友人が手みやげに持ってきてくれた酒饅頭を食べて、そのおいしさにびっくりしたのが最近のこと。酒饅頭ってこんなにおいしいものだっけ? どこの?有名店の? と思わず訊いてしまったくらいだ。

 和菓子店に赴いても、目がいってしまうのは色鮮やかで凝った細工の生菓子で、真っ白のお饅頭のことはつい見落としてしまいがちになる。けれど真っ白いお饅頭をあらためてよく見れば、何をも寄せつけない、静謐なうつくしさにあらためて気づかされる。

 日々の流れでいえば、大晦日だった昨日と、新年の今日とに大きな隔たりがあるわけではない。暦の上で年が改まっただけのことだ。それでも新年を迎えれば、気持ちがきりっと引き締まるし、あたらしい一年に希望を抱かずにはいられない。

 私は一年のはじめに、白い短冊に一年の抱負を毎年書きつけている。年明けに遊びにきた友人たちにも、同様に白い短冊を渡して、何かしら抱負を書いてもらっている。これを続けて三十年ほどになる。こんなにも長いあいだ毎年の抱負を書き続けていると、ちいさな真実が見えてくる。一年のはじめに決めた抱負は、その年のうちに実現することは、ほとんどない。けれども二年後三年後、あるいは五年後、その抱負に見合った時間が経たあとで、かならずや実現する。「小説を、いやというほどばりばり書く」という抱負も、「旅したいと思った場所に、すぐにいけるようにする」も、のちのちきちんと現実となった。……前者については、その後「小説を書くペースを落とす」というあらたな抱負をたてなければならないほどに、実現した。だから私は信じている。一年のはじめにあたらしい自分の進む方向を決めることで、私たちは少しずつでも、求める人生に近づいていけるはずなのだと。

 だれの前にも、これからはじまるまっさらな一年が広がっている。だれしもが、自分や家族や友人たちにとって、自分の生きるこの世界にとって、このあたらしき日々が、少しでもよりよくなることを願う。失望ではなく希望を思い描く。そんなはじまりのときに、真っ白な和菓子を、伝統的な和紙で包み、真心をこめて贈る—贈るこちらも背筋が伸びる

ような気持ちになりそうだ。

store

〈とらや〉虎屋饅頭(御膳餡入)(1個/40g) 400円

伊勢丹新宿店本館地下1階茶の道

1241年に聖一国師が中国から戻った際に、茶店の主人である栗波吉右衛門に製法を伝えたのがはじまり。〈とらや〉では工夫を加えて代々継承。糯米(もちごめ)を用い、長い時間をかけて元種を作るためコクのある独特の酒の香りが楽しめる。3月中旬までの販売。

※正午より販売開始。

※交通事情により販売開始時間が前後する場合がございます。

 

 

角田光代

かくた・みつよ/作家。

2005年『対岸の彼女』で直木賞、2006年「ロック母」で川端康成文学賞、2007年『八日目の蟬』で中央公論文芸賞をはじめ、数多の文学賞を受賞。近著は5年にわたって現代語訳に取り組んだ『源氏物語 上・中・下』(河出書房新社)。

写真:福田喜一 

スタイリスト:chizu

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