2021.09.16 UP
右から、LSD Studioクリエイティブディレクター・芝生麻耶さん、グラフィックアーティスト・カンタ・デロシュさん、「社会福祉法人東京ムツミ会ファロ」管理者・徳堂泰作さん、「東京大田青果物商業協同組合」副理事長・中里仲司さん、「文明堂東京」代表取締役社長・宮﨑進司さん、伊勢丹新宿店「甘の味・茶の道」バイヤー・弓納持清美さん。
宮﨑:今日は伊勢丹さんのビル屋上で初めて実際のミツバチを見せていただきましたが、都会の限られたスペースで、ミツバチがイキイキと過ごしていることにびっくりしました。私だけスーツでしたが、実際のミツバチの愛らしさを見ていたら、危険や怖さも感じませんでしたし、半袖で来ればよかったですね(笑)。
カンタ:私たちも自然のミツバチは見たことがあったんですが、今回、蜜を作る仕組みを初めて知ることができ、さらに興味が湧きました。
中里:一般の人や特にお子さまは、ミツバチとスズメバチの差がわからず一括りで怖がってしまう場合が多いのですが、ミツバチは基本的に自分から襲ってくることはないですし、見ているとかわいく思えてきますよね。我々のように市場に勤める人間としては、受粉の観点からハチの大切さを学びました。「世界の食料の9割を占める100種類の作物種のうち、7割はハチが受粉を媒介している」と国連も発表しているように、ミツバチは大切な役割を担っているということを伝えていく必要があると思っています。
宮﨑:私は商工会議所新宿支部青年部として新宿の街作りに関わっているのですが、日本のいちごの起源とも言われている「福羽苺」は新宿御苑生まれだったり、新宿が近代農業の先駆けだった背景もあり、この取り組み自体を新宿の街として応援していきたいです。
徳堂:じつは現在養蜂しているセイヨウミツバチも、最初に日本で養蜂されたのは新宿御苑だったと言われています。
芝生:今回のネーミングやロゴを制作するにあたりミツバチの歴史的な部分も調べてみたところ、紀元前2400年ごろから養蜂が行われていたり、社会や文化の上では革命のシンボルや神話のテーマになっていたりと、人間の在り方を考える節目に、いつもミツバチはいたんだなと感じました。さらにミツバチの生態について調べていくと、眼が5つあることがわかったんです。
徳堂:左右の複眼2つと、単眼が3つあるんですよね。
中里:そうなんですか!?育てるのに夢中でそこまで知らなかった!
芝生:そうなんです。そこで、いったいミツバチの5つの眼は私たちに何を見せてくれるんだろう?とコンセプトを考えていきました。
宮﨑:あ!だから“5つのみえる”なんですね!!
芝生:そうなんです。また、フランス語ではちみつのことを「ミエル」と呼ぶので、そこにもかけてみました。まず、受粉を通して伊勢丹から緑が見える。新宿で採れるはちみつとして、新宿が見える。地域のかけ橋となってみんなが見える。環境の健全化が図られて、その結果、空が見える。人間と自然との関係だけではなく、地域と百貨店との繋がりなど、このプロジェクトからは社会のカタチが見えてきます。
カンタ:そのコンセプトを反映してみようと制作したのがこのロゴで、ミツバチと空を見上げる眼と花が一体化したような、三角と丸を組み合わせた形で表現しています。未来に向いて、2匹のミツバチがパートナーのように並んでいるようにも見えて、これからの環境や人間の在り方をメッセージとして入れ込めたらいいなと考えました。
徳堂:素晴らしいロゴデザインですね!このプロジェクトは、障がいのある方々がイキイキと働けていることにとても意味があると考えているんです。我々のネットワークには30ほどの事業所が加盟してまして、知的障がい、身体障がい、精神障がいなどさまざまな障がいのある方々がいらっしゃいます。普段はいろいろなものを作って販売するなどして活動していますが、正直なところ、これまでは新宿という土地の特性を活かしてこれた感覚があまりなく、今回のプロジェクトを通して、障がいのある方々と、新宿の街の皆さんとの顔の見える関係がたくさんできたと感じています。これまで障がいのある方々が作るものは商品というより作品というような感じで捉えられることも多くて、販売しても身内の方に買っていただくことが多かったのですが、今回の都市養蜂はきちんとニーズがあり、価値のあるはちみつで、皆さまに喜んでもらえる商品を作れるということが、このプロジェクトの良さなのかなと思っています。
宮﨑:もう一つ、「空が見える」についても。今は街にも人にも元気がない時期ですが、ミツバチや花を探して空を見上げるだけでも街は明るくなる気がしますよね。
中里:私もミツバチを自宅で飼い始めてから、花や空を見上げるようになりました。今はどんな花が咲いているかなと、必ず上を見るようになるんです。
芝生:はちみつの味は季節の花の種類によって変わってくるというお話も伺って、今後すごく楽しみになりました。
カンタ:毎年、蜜の味わいは大きく違うんですか?
中里:そうですね。行動範囲が半径3㎞くらいと言われているので、花によってかなり変わってきます。
宮﨑:香りの濃さや、粘りなどは、どういった理由で変わってくるのでしょうか?
中里:花の種類や気候などですね。4、5月ごろはトロッとしていて、暖かくなってくるとサラッとしてきます。蜜の糖度は同じですが、今年の5月の採蜜時はユリノキが中心になっていたような味わいでした。
弓納持:四ツ谷のユリノキも、新宿御苑が親木で植樹されたものと聞きましたし、離れていても繋がりを感じますね。
中里:私も養蜂に携わる前までは、単に太い木だなと思っていたくらいで知らなかったです。
弓納持:これも「見える」ようになったということですよね。こうして花や木の名前を調べるきっかけになるのも嬉しいですね。
中里:今年は花が咲くのが早かったので、1回目の採蜜時に100㎏近い蜜が採れましたが、2回目、3回目の採蜜量は比較的少なくなりました。1匹のミツバチが一生に採ってくる蜜はティースプーン約1杯分と言われていますが、それ以外にも重要な仕事があって、若いミツバチがローヤルゼリーを作って女王蜂に与えたり、巣の中の掃除をしたり、みんなで作業をするんです。夏場は巣の中が暑いので、屋上の巣箱を見ていただくと、おそらく一列に並んで女王蜂のために風を仰いだり、運んできた水で打ち水をして巣の内部の温度調整をしていると思います。
芝生:すごいですね。人間に同じことができるかといったら…。
カンタ:以前はハチ=怖い印象を持っていましたが、この企画でハチのイメージがすごく変わりました。これから外でミツバチを見かけたら「あ、いま仕事してるんだな」「伊勢丹に行くのかなあ」と見守りたいと思います。
弓納持:今回のプロジェクトに関わってくださっている障がいのある方々は、そういったハチの生態についてもすごく知識を持っていらして、“自分の仕事”という誇りを持ってお仕事をなさっていることを、強く感じます。
徳堂:現在は7名の方が、伊勢丹さんの屋上での都市養蜂に従事してくれていて、常時働ける方もいれば、体調が悪くて続けて従事できない方もいるので、そこは協力し合いながら、月曜と木曜の週2日間作業してもらっています。このプロジェクトに関わるようになってから、障がいのある方々にとっても、生き物を扱っている感覚が芽生えていますし、自分がサボってしまうとミツバチたちが死んでしまうという責任感が生まれているのも実感しています。
中里:僕から見ていても、障がいのある方々はこの3年で本当に変わりましたね。私はもともと趣味で養蜂をしていただけなので、今回のプロジェクトを仕事としてお願いされていたらお断りしたかもしれませんが、障がいのある方々がこうやってイキイキと働ける環境作りのお手伝いができるならば、とボランティアで参加させていただくことになりました。
弓納持:伊勢丹新宿店ではこれまで、新宿の土地を語れる、伝えられるモノづくりを目指し、新宿の歴史をひもとくうえで、新宿御苑との協業や、福羽苺の取り組みなどを重ねてきました。その中で、新宿区の方々と、2019年に養蜂を始められた半年後のタイミングでお会いする機会に恵まれ、この日から今回のプロジェクトがスタートしたので、2年越しです。
宮﨑:弊社文明堂の工房も伊勢丹さんから徒歩5分ほどの距離にあり、「新宿産のはちみつを使った商品を新宿で作っていく」というのは、やりがいのある取り組みだと感じました。弊社は伊勢丹さんの中では〈御笠山〉というどら焼き専門店をやっていまして、今回、商品化に際し、職人とともに「はちみつの風味を生かす餡」を考えました。小豆の黒餡だと強すぎるので、白餡をベースにして、最後の工程ではちみつを合わせることで風味を生かし、かつ9月の販売なので、青森のその時季のリンゴを細かいダイス状にして食感を残した餡で、「はちみつ林檎」という限定品を企画しました。直径6㎝ほどのスモールポーションにして、お手軽に召し上がっていただくことで、はちみつの上品な甘みとリンゴの爽やかさが口の中で一気に広がっていくのを味わってほしいですね。その際、新宿の花を想像しながら、召しあがっていただければなお嬉しいです。
徳堂:我々だけでは皆さんに届けられる形は限られてしまいますが、文明堂さんをはじめお菓子という形で届けてくださるということはやはりありがたいですね。
芝生:伊勢丹さんとの関わりは長いのですが、こういった時代を象徴するプロジェクトを今後も継続し、さらに増やしてくださると期待しています。
© photo : Yu Nakaniwa
徳堂:障がいのある方々が分業しながら携わった商品が、伊勢丹さんの店頭に並ぶという、これまでは想像もできなかったすごいことが起きています。自身が肌で感じるだけでなく、そのご家族も喜ばれますし、なおかつ食していただくお客さまもこのプロジェクトの一員になっていただけるように、みんなが幸せで繋がっていける商品作りを、今後も継続していければ嬉しいですね。
〈MIEL ISETAN SHINJUKU〉MIEL はちみつ(50g)1,080 円 伊勢丹新宿店限定※300点限り
伊勢丹新宿店本館地下1階 シェフズセレクション
3月に始まった、伊勢丹新宿店と「しんじゅQuality みつばちプロジェクト」の協業による都市養蜂で採蜜された、希少な蜂蜜。トーストにかけたり、紅茶に入れたりと活用度大。
※ラベルのデザインは変更となる場合がございます。
写真:福田喜一、和田裕也
スタイリスト:chizu
フード:尾身奈美枝、石黒裕紀
文:藤井存希