2022.2.18 UP
葛飾区、京成線青砥駅から歩くこと5分ほど。下町の長閑な住宅地の中に突如、瀟洒な白い壁が現れ、間口の小ささにも興味をそそられます。ここは米菓専門店〈富士見堂〉本店。すぐ裏手が工房です。1950年の創業からこの地で、一定の規模で品質を守る製造と販売を続けてきた〈富士見堂〉三代目 代表の佐々木健雄さんに、店の歴史や商品作りについて話を伺いました。
「昔、足立区や葛飾区には、問屋に卸す菓子メーカーがたくさんありました。当社も、問屋や専門店向けに商品を卸す会社としてスタート。祖父も父も職人気質で、卸売りであっても、せんべいもあられも、自社で生地作りからという気概で物作りを続けてきました。しかし、私が20年前に後を継いだ時には菓子問屋が減り、家業を守るためには自立して販売を行う必要がでてきました。そこで小売中心に切り替えようと、この店舗を作ったのが13年前です。」
<富士見堂>三代目佐々木健雄さん。大学卒業後はアパレルメーカーに就職して販売や経営を勉強。その後家業を継ぎ、卸しから小売中心に<富士見堂>のブランディングを行う。現在は“とうきょうもん”を楽しみ、学ぶ「メイドイン東京の会」の活動にも力を入れている。
〈富士見堂〉の主力商品はせんべいとあられ。せんべい用のうるち米は北海道で減農薬栽培されている一等米を玄米で購入し、自社で精米・製粉します。つまり、富士見堂のせんべい作りは、お米を選ぶところからがスタート。あられも同様に、原料となる餅米は、長野県の生産者から仕入れ、生地作りも一緒に取り組んでいます。
全ての商品が大量製品に切り替わった時代、それぞれの産業が効率化のために分業化していきました。せんべいやあられ、米菓業界も例外ではありませんでした。米菓の生地作りをする会社と、これを仕入れて加工する会社は別なのが全国標準となっていったのです。地代や人件費の高い東京では尚更のこと。しかし、〈富士見堂〉があえて材料選びから行う理由を、佐々木さんはこう話します。
「生地を購入したら、その後の加工調味のところからしか味に差が出ません。でも、生地作りから自社ですれば、お米を選ぶところから成型まで全ての段階で特徴が出せます。それに、当社は、東京の店であることが価値の一部だと考えてきました。東京でものづくりを一から自社でやるには様々な制限が伴い、製造量も限られます。しかしその分、付加価値の高い製品作りをしようとしてきました。」
メイドイン東京を価値に。その存在は、知る人ぞ知る存在となっていきます。
「実は小売を始めた頃に、最初にイベント出店の話を持ってきてくださったのが伊勢丹新宿店さんでした。現在のフードコレクションのような場所でしたね。その時は、家族総出で頑張りました(笑)。だから、今回伊勢丹新宿店で店を構えることには特別な嬉しさがあります。」
実際に〈富士見堂〉の工房を見せていただくと、決して広くはないスペースで、若い職人さんたちがキビキビと、緊張感あふれる雰囲気の中でせんべいの生地を作っているところでした。
お米は前日に玄米を精米して白米に。翌日、白米を洗米して乾燥した後、製粉(米粉)します。(せんべいの種類により粉砕度を変える)米粉と水を蒸気で撹拌しながら蒸し、蒸し上がった状態が「しんこ」。この「しんこ」を搗きます(写真)。硬すぎてもまとまらず、柔らかすぎても機械にくっつきやすい、扱いの難しいのが「しんこ」。硬くも柔らかくもない状態を手作業でうまくまとめながら生地にします。
できあがった生地「しんこ」をすばやく「延し機」に移動させます。「しんこ」は硬くなりやすいので、素早い作業が要されます。
生地を平たくのばし(延し)て型を抜きます。「しんこ」の生地は水分調整が非常にデリケート。季節やお米の状態で、日々水分値が異なりますが、生地が硬くなる前に型抜きを完了しなければなりません。体感での調整が非常に重要で、工場内に緊張感があふれます。
型抜きを終えて、せんべいが整然と並んでいる様子。うるち米が硬くなる前でないと型にできないのに対し、餅米は搗いた後、冷やしてから型にします。同じ米でも扱い方は逆。
生地を乾燥させて水分を抜きます。生地を乗せた木製トレイの間に熱い蒸気を通して水分を飛ばします。水分を抜くことで、サクサクした食感になりますが、とばしすぎると割れてしまいます。乾燥も経験を要する仕事。職人さんは乾燥機の庫内の位置による乾燥度合いの違いを把握し、せんべいの乾燥具合を見て、位置を変えながら約半日乾燥作業を行います。焼く前に、再度生地を「焙炉」で温めた後、焼き作業に入ります。
小さな工場では、さまざまな形と味わいのせんべいが次々に作られていました。まるで、小さな畑で少量多品種の野菜を栽培する農家の畑のようです。
オリジナルの型は、1シーズンに10〜15種類。写真はバレンタインの時期などに活躍するハート型(上)、そして吉祥柄の鈴(下)。
下味用の醤油もせんべいの種類によって使い分けています。
焼き上がったせんべいを醤油につけこみ、味つけをします。しっかり水分を切ります。
最後に上味用の醤油を絡め、抽選機のガラガラポンを彷彿とさせる「味付け機」の中に入れて全体をカラカラと回し、満遍なく味付けをしていきます。
そしてこちらが、〈富士見堂〉の代表菓「牡丹」を手焼きしているところです。「牡丹」は本格的な手焼きの堅焼きせんべい。微妙な火加減のコントロールには熟練技を要します。「牡丹」は〈富士見堂〉のロゴマークにもなっている花。「花の王様」と呼ばれることからせんべいの王様にこの名を付けたという経緯があるそうです。
「バッタン焼き網」という手焼きのための道具。火が入ってくると白い生地のあちらこちらから気泡が立ち上がります。これを小さなうちに次々に錐で突いて泡を消し、滑らかで、焼きむらのない表面に仕上げます。早いうちでないと泡が潰れなくなってしまいます。
牡丹(1枚)166円
一枚一枚弱火でじっくり手焼きする職人技の集結した堅焼きせんべい。ただ火に当て続けるのではなく、一度空気に当ててから手で返すことで、米の風味を立たせます。丁寧に気泡を消しながら焼かれた堅焼きは、硬すぎず、噛む快感のある、極めて具合の良いかたさ。醤油の風味の後にお米の旨味や甘さをしっかり感じます。店の力量を感じる逸品。
工房での作業は、その一つ一つが想像以上に手作業で、想像以上に工程が多いものでした。
昔ながらのスタンダードなせんべいやあられに加えて、最近では、今の嗜好に合わせたチョコレートやスパイスといった素材と組合せた、新たな味も生まれています。
最近の大ヒットが「あんこ天米」。天米はお米の形のつぶつぶ感が見た目にも食感にも残った独特な食べ応えのあるせんべいですが、これにあんこを挟んだ「あんこ天米」がコロナ禍で大ヒット。コロナ禍では菓子業界全体の贈答菓子需要が落ち込みましたが、「あんこ天米」はまず自家需要で人気に火がつき、次第に贈答用にも用いられるようになったリピーターの多い商品です。
あんこ天米(1袋)189円
ザクザクと食べ応えのある歯応えのせんべい生地で北海道産小豆のさらし餡を挟みました。せんべい生地の塩気と餡のほんのりした甘味、上品な甘じょっぱさで、もう一つと手が伸びます。
伊勢丹新宿店では、この人気の「あんこ天米」の餡にコーヒーをブレンドした「あんこ天米 珈琲」が、伊勢丹新宿店限定で登場します。
あんこ天米 珈琲(1袋) 216円
「あんこ天米」が、コーヒーとの相性が良いことから着想を得て、餡にコーヒーをブレンドした新作。阿佐ヶ谷創業の喫茶店「ポエム」のコーヒー豆を使用。餡の力強さに合わせてイタリアンローストで豆を焙煎して粉にした状態でさらし餡と混ぜている。コーヒーのロースト香と餡の甘味の塩梅が新鮮。
それでは、その他の〈富士見堂〉の代表的な商品をみてみましょう。
(左)白ほおばり(12枚入) 599円
(右)白ほおばり 塩(12枚入)599円
カラッと揚がったサクサク食感。出来立て感を届けたいと生まれた商品で、歯切れの良さ、生地の繊細さ、柔らかさを感じます。別添えの山椒塩を途中からかけて食べるとまた新たな味わい。自家用にも贈答にも人気。(左)醤油はやや甘めのものを合わせていてお米の風味を邪魔しません。(右)塩味で味付け。良い天ぷらを塩味でいただく雰囲気。シンプルに米の旨味や甘味が引き出されています。
荏胡麻(58g)443円
国産の荏胡麻を使用した味わい深い一品。噛めば噛むほどに荏胡麻の豊な香りが口の中に広がります。胡麻とはまた一味違うつぶつぶ感も楽しく、荏胡麻にはα-リノレン酸が多く含まれているのも罪悪感なく食べられて嬉しいポイント。
まくらぎ(83g)582円
しっかりとした堅い歯ごたえと、もち米の旨味を引き出した堅揚げおかき。昔ながらの杉樽仕込み三年醸造醤油の深みと、さっぱりと米油で香ばしく、どこか懐かしい味わいに。堅いおせんべい・おかき好きの方におすすめ。
東京日和 桜(17袋)1,361円/(26袋)2,160円/(50袋)3,501円
定番と季節商品を組み合わせました。春は愛媛県産の無漂白しらすをふんだんに生地に搗きこんだ「しらす揚げ」、甘酸っぱい味で桜型の「梅ざらめ」、黒米の風味たっぷりの「黒米揚げ」など5種類のセット。
〈富士見堂〉のせんべいを口にしたときに確かに感じるお米の風味には、白米にない芳ばしさが加わり、米菓ならではの魅力と、お米にはまだ知らない味や食感が秘められていたのだということに気づきます。後世に、米菓の味わいと技術を残していこうという〈富士見堂〉。これまで続いてきた秘訣は「無理をしないこと」だと佐々木社長は話してくれました。しかしその「無理をしない」ことは、時代との戦いでもあったと思います。
本当に東京らしい東京土産をお探しの方に、ぜひ知っていただきたい味が、伊勢丹新宿店にやってきます。
Text : FOOD INDEX編集部
Photo: Yu Nakaniwa