【小川 糸さん連載】ときめく贈りもの。 第4章 年下の友人・ふみこさんへ

2022.8.20 UP

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ふみこさん、ご退院、おめでとうございます。三ヶ月にも及ぶ入院生活は、大変でしたね。ご主人も海外に赴任中で、さぞ、ご心配の多いことだったと思います。まずは住み慣れた我が家で、ゆっくりと静養なさってください。ようやく、また猫ちゃんと一緒に暮らせますね!

実は私も、若い頃に自宅の階段で足を踏み外し、複雑骨折して数ヶ月間、入院したことがあります。今となっては、何もしないで自分自身と向き合う時間も必要だったな、と思いますが、当時は、食べ物のことばかりが頭をよぎってね。

怪我だったので、内臓の方は元気でしょ。若かったし、すぐにお腹が空いちゃって。しかも、ずっと入院しているから、献立も知り尽くしちゃうし。あー、またぬるいラーメンかぁ、とか。たまには揚げたてのトンカツが食べたいなぁ、とか。ベッドの上で食べ物について妄想する日々でした。親しくなった同室の方とは、退院したらまず最初に何を食べるかを、熱く語り合ったりして。

その時の私は、むしょうにカレーが食べたかったの。カレーも、たまに出るんだけどね、なんかルーが薄くて、物足りないのよ。もっとガツンとスパイスの効いた、本格的なカレーを欲してました。そして、ナンじゃなくて、炊き立ての銀シャリ。

それを自分の口に入れたいがために、必死でリハビリに励んだんです。

私の場合は足だったので、まだ良かったけど、ふみこさんは肩と腕でしょ。手が使えないので、きっと料理するのも大変だろうと思い、退院祝い第一弾としてレトルトのカレーとご飯を贈りますね。これからますます気温が高くなりますから、カレーで暑気払いしてください。

怪我をすると、今まで簡単にできていたことがこんなに大変なのか、ってびっくりします。

私の場合は、しゃがむっていう動作がとにかく難しくて。当時は、もう一生しゃがめないんじゃないかって絶望的な気持ちになったものですが、今は、普通に生活ができています。人間には、自然治癒力っていうものが、備わっているんですって。

だからふみこさんも、ファイト! 急に良くなったりはしないかもしれないけど、とにかくゆっくりと、時間をかけて快復してください。

こんな時ですから、私を実の姉と思って、いっぱい甘えてね。困った時はお互いさまということで、これからも助け合っていきましょう。

それと、また動物関連の面白い動画を見つけたら、送ります。

笑うって、体にいいんですって。ゲラゲラ笑って、免疫力を高めましょう。ふみこさんが晴れて全快した日には、私がとっておきのレストランにお連れすることを、約束します。

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伊勢丹新宿店本館地下1階 シェフズセレクション

赤身に繊細に溶け込んだ霜降りの一口サイズの肉の塊がゴロゴロ。カレーソースと絶妙に絡むことで、濃厚なコクと旨みを生み出す。

小川糸

おがわ・いと/作家。

2008年『食堂かたつむり』でデビュー。多くの作品が英語、中国語などに翻訳されている。近著は『とわの庭』。

文:小川糸 

写真:清水奈緒 

スタイリスト:野村奈央

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