2024.4.24 UP
「マ・パティスリー(以下「マパティ」)」が始まった2000年前後は、日本のパティシエ界では90年代にフランスで修行した<Toshi Yoroizuka>鎧塚俊彦さんや<ル パティシエ タカギ>高木康政さんらが続々と帰国し、自身のお店を構えていった頃ですよね。
彼らを第三世代とすると、第一世代は1968年にオープンし、フランス菓子というものを日本に広めた<ルコント>。故アンドレ・ルコントさんなしで日本の洋菓子の歴史は語れないでしょう。私自身、初めて「タルト」を見た時の衝撃は今も忘れません。
そのエスプリを受け継ぎ、フランスで修行する道を開いてくださった第二世代は、ルコントでシェフを務めていた<パティシエ・シマ>島田 進さんや、フランスの伝統菓子を日本に根付かせた<オーボンヴュータン>河田勝彦さん。
一流パティシエになるために渡仏が当たり前になっていった90年代は、さらにフランスから本場の素材が輸入可能となり、そこには食材の輸入会社の貢献やサポートも大きかったと言えます。果汁やピュレと砂糖を煮詰めてペクチンで固める「パート・ド・フリュイ(Pâte de fruits)」など、フランスでしか食べられなかったお菓子が徐々に作られるようになり、日本におけるフランス菓子が大きく飛躍した時代でした。
それまで「洋菓子」とひとくくりに考えられていたなかでも、「フランス菓子ってちょっと違うんだな」という気づきが日本で徐々に広まっていったと思います。
1998年にフランスから日本進出したピエール・エルメ氏が、初めて日本で菓子のデモンストレーションをした際に、私は通訳を務めさせていただいたのですが、お客さまはほぼ顔見知りの実力派シェフばかり(笑)。当日のアシスタントに立候補したのも<Pâtissrie Tadashi YANAGI>柳 正司さんや<エーグルドゥース>寺井則彦さんなど今となっては錚々たるメンバーで、参加者の一人のシェフから「大森さん、もっとマカロンのこと詳しく聞いてよ」と言われたり(笑)。ピエール・エルメ氏の来日は日本人シェフたちにとっても衝撃だったようです。
ブームという言葉はあまり使いたくないのですが、それに近い現象が起こったのがこの頃からではないでしょうか。世の中が「パティスリー」というものに着目し、当時は頻繁に「注目のシェフは?」「来年はどんなお菓子が話題になりますか?」といった質問をされていたのを記憶しています。
大森さんご自身で手作りした「フランス郷土菓子地図」。
そして華やかなフランス菓子の時代を経て、2000年代半ばからは、フランスの発酵バターをたっぷり使用した焼き菓子など、より素材を追求する傾向に。贈答文化が強い日本では、焼菓子の人気が高まり、その美味しさも再認識されるようになりました。
そんななか、2002年にスタートした「マパティ」では、まだ個人のお取り寄せが主流ではない時代に、地方の人気スイーツなども週替わりで登場しました。たとえば日本のダックワーズの形を作ったとされる福岡の<フランス菓子16区>が出店したり、スイーツ好きの心を完全に捉えていましたよね。
伊勢丹新宿店本館地下1階食品フロアにあった「マ・パティスリー」スペース。初回の出店は<モンサンクレール>
私も知り合いのシェフから『「マパティ」に出るよ』と聞いて見にいったら、店頭をお手伝いしていたシェフの娘さんから「大森先生ですよね!」と声をかけていただいたり(笑)、料理教室の生徒さんの間でも「<洋菓子マウンテン>水野直己シェフのお菓子が『マパティ』で買えます!」と話題になっていたり、プチエピソードは本当にたくさんあるんです。
シェフたちも出店されるにあたり、自分のお店を休むわけにはいかないし、通常のお店での販売分以外に「マパティ」分を作るわけですから、相当な熱意と時間をかけて臨んでいましたし、クリスマスなど繁忙期には伊勢丹新宿店のバイヤーさん方もシェフの工房におにぎりを届けたりと、影の努力もいろいろ見てきました。
もちろん、シェフのエスプリが感じられるお店を訪れるのも良いのですが、「マパティ」には限定された数品しか並ばないぶん、シェフたちの「この商品で伊勢丹に挑もう」「この商品をきっかけに興味をもってほしい」という想いが一品一品に詰まっているんですよね。
後日「伊勢丹新宿店で買っていただいたお客さまが、お店にもいらっしゃいました!」と喜ぶシェフたちも見ていて、この“偶然の発見と、出会い”こそが「マパティ」の魅力だと感じました。
“神は細部に宿る”というように、シェフたちの魂がこもったお菓子が並ぶマ・パティスリー 2024も、そんな“偶然の発見と、出会い”に期待したいですね。
*大森さんプロフィール
大森由紀子さん。学習院大学フランス文学科出身。パリで菓子と料理を学ぶ。東京と京都で菓子・料理教室「エートル・パティス・キュイジーヌ」を主宰。「フランス伝統料理と地方菓子の事典」「大森由紀子+25人のパティシエ」など著書多数。
写真:吉澤健太
取材・文:藤井存希
編集:神保亜紀子