
ブランドやプロダクトが気になったとき、もっと深く知りたくなるのがデザインに込められた想いやデザイナー自身のこと。そんな「ブランドの人となり」に伊勢丹新宿店の装身具バイヤーが切り込む連載企画。今回は<RAWJE/ロウジェ>のデザイナーの中野修治さん。お邪魔したショップ兼アトリエは、ブランド哲学を五感で体感できるコンセプトの発信地となるそうです。

アクセサリーの興味がレザーから地金へと移った師匠との出会い

バイヤー:中野さんのキャリアのスタートはジュエリーからではないんですよね。
中野:上京して通ったのはドレスデザインの学校でした。その時に考案したドレスにフィットするアクセサリーがないと感じていて、レザー製ですけど自分で作っていたんです。
バイヤー:レザーとはいえ学生の頃からアクセサリー製作はされていたんですね。そこからどうして地金や石のジュエリーデザイナーへと転身したのでしょうか。
中野:卒業して入社したのが革製品の会社だったのですが、レザーグッズの装飾としてシルバー製のパーツを依頼したことをきっかけに現在の師匠と出会ったんです。その時にレザーを立体裁断して自分で製作したリングを見てもらって、「もっとこんな風に改良したいんです」と相談したら師匠はそれをおもしろがってくれて「うちに通えば教えてあげるよ」と言ってくれたんです。師匠はイタリアで彫金を学んだそうで、その技術を教えてもらっていくうちに自分のブランドとしてジュエリーをやりたいという思いが生まれました。
バイヤー:師匠のもとでの修行期間はどれぐらいだったのですか。
中野:2、3年ぐらいですね。でも独立してからも師匠からはアドバイスをもらっていますよ。
バイヤー:中野さんもジュエリーデザイナーとして十分に実績を積んでいるかと思いますが、それでも師匠の言葉は今でも参考になりますか。
中野:もちろんです。師匠はジュエリー業界で50年以上のキャリアがあるので、経験をもとにしたアドバイスにはいつもハッとさせられます。それはマーケティングや統計などからは導き出されることはない言葉ですね。
集中して無の境地にまで達してから描くジュエリーデザイン画
バイヤー:イタリアの彫金というと繊細でデザイン性が高いイメージですが、それに対して<ロウジェ>は素材の表情をそのまま活かしたものが多いですよね。
中野:自分はジュエリー学校などに通ったことはないので製作に関しては自己流なのですが、絵を描くことはずっと好きでした。なのでデッサンを通じてジュエリーデザインを模索するのですが、身体に対するジュエリーの自然な在り方を追求するうちに装飾性を削ぎ落としたようなシンプルなデザインへと辿り着いたんです。シンプルといっても精緻であることには妥協したくなくて、マシンではなくて鉄のヤスリでミリ単位まで削るなど手作業での仕上げにはこだわっています。

バイヤー:デッサンについてはぜひ詳しくお聞きしたいと思っていました。デザイン画だけではなく、人物像や線だけを描いているものなどもありますよね。
中野:ルーティンとして描く順番も決まっています。最初は人物です。ジュエリーは人が身につけるものですから、まずは「人らしさってなんだろう」ということに意識を集中させるための作業です。書道家でいえば写経のようなものですね。それを経て無のような心境で線を描くと人に沿うような自然なラインが生まれるんです。その時は身体のパーツやラインに沿わせるというよりも「感覚に沿う」ということを意識しています。それらの過程からようやくジュエリーの形のようなものが頭に浮かんできます。なのでデザイン画に落とし込むのはいちばん最後です。
バイヤー:いわゆるゾーンに入っているような状態でしょうか。

中野:右手が勝手に描いてくれるような状態ではあります。デザイン画についても次から次へと生まれてくるので尽きることはないですね。
バイヤー:そんなスタイルも中野さん独自だとは思いますが、<ロウジェ>を立ち上げた時に「こんなブランドにしたい」という思いなどはありましたか。
中野:まずブランド名を<ロウジェ>としたのはジュエリーと自然体で付き合ってもらいたかったからです。「RAW」は「生」という意味なので、そのままのジュエリーということで「RAWJE」です。暮らしの中でナチュラルに存在すること、そして日常のふとした風景や美しい瞬間に感動したり、今まで気がつかなかった事柄に心が動く、そんな風に身につける人の感性を豊かにしていきたい、それこそが<ロウジェ>のコンセプトです。
バイヤー:伊勢丹新宿店でも<ロウジェ>のファンは仕上げからもデザインからも「唯一無二のジュエリー」であることを感じ取っているような気がします。「RAW」についても素材をそのまま活かしているというだけでなく、「身につける人がありのままの自分でいられるジュエリー」という意味にもとれると私は感じています。
中野:伊勢丹新宿店では最初はポップアップでの出店だったので、お客さまとも直接お話しする機会がありました。その時に自分のジュエリーに対する考え方などを伝えると共感してくださる方は多かったです。「中野さんが作りたいと思うジュエリーが欲しい」と言ってくれる方もいました。シンプルなようでもこだわりが詰まっていることに気がついてくれて、それはすごくうれしかったですね。
心の豊かさにつながっていくようなジュエリーでありたい
バイヤー:素材、加工、そしてお客さまに対しても想いはさまざまだと思いますが、中野さんがジュエリー作りで大切にしていることはなんでしょうか。

中野:うちのスタッフには「豊かさにつながるジュエリーを作ろう」とよく話しています。豊かさというのはビジネスとして、ブランドとして成功するということではなく「心の豊かさ」です。輝きや造形の美しさに満足してもらうのではなく、不思議と心を掴まれる、心を揺さぶられるようなジュエリーを提案したいと思っています。
バイヤー:私は「未完成のような雰囲気」も<ロウジェ>のジュエリーの魅力のひとつだと感じていて、だからこそ「どのように作られたのか」、「どんな想いが込めれれているのか」をさらに知りたくなると思っています。
中野:技術を駆使すれば隙のない完成品のようなジュエリーを生み出すこともできます。ですが僕が求めているのは技術を身につけているからこそ表現できる「ナチュラルな美」です。ブランドを立ち上げたのは約10年前ですが、当初からアートや工芸品に関心のある方ほど<ロウジェ>のスタイルを理解してくれていました。
バイヤー:ご自身のクリエーションを貫き続けているのは素晴らしいことだと思います。ブランドを軌道に乗せるために世の中に受け入れやすいジュエリーデザインなどを意識したことはなかったのですか。
中野:初期の頃はそういうことも試みたことはあるんです。でもまったくといっていいほど反応はなかったです。むしろ自分の感性に素直なままに製作したジュエリーほど多くの方に喜ばれました。ジュエリーに対する固定観念は捨てていいんだと確信しましたね。

「ナチュラルな美」を生み出すために0.1ミリ単位まで追求
バイヤー:<ロウジェ>のジュエリーのデザインは多岐に渡りますが、新作が登場しても地金の質感や石の選び方は「やっぱり<ロウジェ>らしいな」と思うことがすごく多いです。


中野:数あるデザイン画から製品化するものを選んだら、そこから細部までの作り込みには一切の妥協はないです。絵を立体化すれば当然ですが物量感も素材感も別物になるので試作は何度も繰り返します。「ナチュラルな美」は0.1ミリの単位まで追求しないと生まれるものではないと思っています。
バイヤー:中野さんが理想とするプロポーションを伝えて製作を担当するスタッフさんがいらっしゃると思いますが、その方はきっと大変ですね(笑)。「ここが何ミリで、こっちが何ミリで」と設計図のようなものを忠実に形にしてもそれでOKかといえば違うでしょうし。
中野:スタッフの表情が時々曇ることもありますね(笑)。でもスタッフは全員、僕の感覚を理解してくれている人ばかりです。僕も普段はどんな服を着ていて、どんな食べ物が好きで、どんな音楽を聴いていて、どんなアートに惹かれていてと、その人のことを把握できるようなことをすべて聞いたうえで一緒に仕事ができるかどうかを判断しているので。

バイヤー:伊勢丹新宿店の<ロウジェ>の店頭スタッフの方々とお話ししても、中野さんへのリスペクトはすごく感じます。きっと中野さんがジュエリー作りで大切にしていることに共感しているんだろうなって。
中野:デザインそのものも自然体であって、身につける人も自然体でいられて、ライフスタイルにも自然に馴染むこと。その考えはスタッフの全員と共有はできているはずです。<ロウジェ>を身につけていることでその人らしさがさらに引き立つ、指先でも耳でも胸元でもあるとないとでは大きく違う。そんなジュエリーでありたいです。
バイヤー:ジュエリーはもともとは肌身離さず身につけるお守りのような役割もあると思います。<ロウジェ>を身につけることで気持ちが自然と落ち着くというお客さまはいらっしゃるでしょうね。中野さんのモノづくりへのこだわりは今回のお話を通して理解が深まりましたが、それは身につける人のことを思ってのことだとすごく感じます。
中野:自分もモノを選ぶ、モノを買う、消費者であり生活者の一人ですから。使う人にとって何が心地いいのか、その感覚は大事にしていきたいです。


ジュエリーだけではない「RAW」の体感を提案していきたい
バイヤー:常に探究心を失わない中野さんなので、これからの<ロウジェ>についても興味があります。どんなことをやっていくのか、やっていきたいのか。
中野:<ロウジェ>のジュエリーを手にする、身につけることで世界が広がっていくような体験をインスタレーションも含めて提案していきたいと思っています。今日、お越しいただいた新しいショップもその役割を担う場所で、ジュエリーを展示する棚などはすべて自然のものだけに統一させます。
バイヤー:<ロウジェ>との出会いによって五感がフルに刺激されていく、そのようなイメージでしょうか?
中野:イメージはまさにその通りです。ショップには丸太をくり抜いて作った棚を置くのですが、現在は僕の故郷の森林に放置してあります。自然の姿を取り戻すまでの様子はYouTubeでずっと配信していく予定で、棚が朽ちていくだけでなく、森林の生態系まで覗くことができるので、ブランドのコンセプトである生の美しさ、尊さを感じてもらえたらと思っています。
バイヤー:ショップに置かれた朽ち果てた丸太の棚に触れることで、まるで自分が森林にいるような錯覚も起きそうですね。新しいショップ兼アトリエの場所にもこだわりはあったのでしょうか。
中野:日頃から自然と触れ合っていたいという想いがあるので、近くに大きな公園があることはマストでした。植物などの姿形をそのままデザインに落とし込んだりすることはないのですが、ジュエリーのデザイン画を描く時にも無意識にふっと取り出せるよう、常に頭の中を自然のものが通り過ぎている状態にしておきたいんです。
バイヤー:今日は自然そのままや素であることへの中野さんの強い想いはすごく伝わってきましたし、これからの<ロウジェ>にとてもワクワクしています。最後に三越伊勢丹のお客さまに、メッセージをお願いします。
中野:<ロウジェ>のジュエリーは商品だけで独立しているのではなく、身につけることで完成するバランスを大切にしています。人によっては素朴に見えたり、煌びやかに感じることもあるかもしれません。ですがショーケースで覗いてみてちょっとでも気になったとしたら、ぜひ試着をしていただきたいです。つけた瞬間にきっと自然な存在感を感じていただけるのではないかと思います。<ロウジェ>の造形物を手にすることで、その人の持つ本能的で素直なモノづくりへの感性が刺激され、それがきっと「心の豊かさ」へとつながっていくと思っています。

中野修治
島根県出身。<RAWJE/ロウジェ>デザイナー。英国宝石学協会特別会員。
日常的に絵を描く幼少期を送り、描くことが自身の内面と他者を繋ぐコミュニケーションのきっかけとなることを知る。その頃に紙の端から端まで隙間なく描いていくスタイルが出来上がる。
桑沢デザイン研究所ドレスデザイン科を卒業後、革を使った製品作りに携わる中で彫金と出会い技術を学ぶ。その後“生の、そのままの”ジュエリーをコンセプトに<ロウジェ>を立ち上げる。
宝石、地金だけではなく、古い物や自然物の探究を通し素材そのモノの造作を広げ、ジュエリーに限らずディスプレイ製作、空間作り、アート作品に至るまで、自身が作り手として携わることで<ロウジェ>独自の世界観を構築している。