2020.12.19 UP
焼きあがるまでドキドキしてしまうローストチキン。成功か?はたまた失敗か?皆の期待を背に、失敗できないプレッシャーたるや半端ないのがこの料理です。作家で料理家の樋口直哉さんが、今月は、皆様の不安を取り除き、ローストチキンを成功へと導いてくれます。
いよいよ年末、今年はみんなで集まるのは難しいですが、家族だけでささやかなパーティを、という方も多いのでは。そんな時、盛り上がるのがローストチキンです。
「鶏を丸ごと焼くなんて大変そう」
と思われるかもしれませんが、ご安心ください。イギリスやフランスではローストチキンは家庭料理の定番。一週間に一度は必ず食べる、という人も多い、かんたんな料理です。今回は『絶対に失敗しない』ローストチキンの作り方を伝授します。いくつか当たり前の常識から外れるポイントが出てくるのでそこだけ守ってください。
ポイントは3つ。
1 鶏は縛らない&詰め物はしない
2 125℃以下の低温でローストする
3 仕上げに高温でパリッと香ばしく焼く
それでは実際に作りながら説明してきましょう。
ローストチキンをつくるにはまず丸鶏を入手する必要があります。訪れたのは新宿伊勢丹の地下食品売り場。精肉売り場の一角にある<伊藤和四五郎商店鶏三和>さんは厳選された鶏肉が入手できる店です。今回はそこで『名古屋コーチン丸鶏1.5kg』を購入しました。
ローストチキンに使う鶏肉は入手できるものでいいですが、鶏の味の差がはっきり出るので、ここは贅沢したいところ。名古屋コーチンは地鶏の王様と言われる鶏で申し分ありません。<伊藤和四五郎商店鶏三和>さんでは「予約をすれば丸鶏を準備することは可能」とのことでした。
ローストチキン 2〜4人前
<材料>
丸鶏 1.5kg
塩 10g〜12g
バター 大さじ1 (12g)
ローストチキンには1.5kg〜2kgくらいの丸鶏が向いています。さて、家に帰ったらすぐに下処理です。
首ズルがついているので、手で持って引き出します。首の根元に包丁を当てて、首ズルを引っ張りながら右、左に動かします。そのうち関節に包丁が入り、すとんと切れるはずです。鶏肉をさばくのに大げさな包丁は必要ありません。果物ナイフやペティナイフがあれば大丈夫。
首ズルを落としたら、指で触って鎖骨の位置を確認します。鎖骨にそって包丁を入れ、鎖骨を外します。包丁で肉を少し切り、鎖骨が見える状態にします。
そうしたら三角形の頂点から根本に向かって引き出すようにすると、関節が外れます。
この作業だけやや難易度が高く感じられるかもしれません。でも、上手にできなくても大丈夫。鎖骨があると食べる時切り分ける際、少し引っかかるだけで、味には影響ありません。なので、この作業は省略しても結構です。
次に首のあたりの皮を引っ張り、手羽で抑えます。
こうすることで胸の皮が張り、肉汁を閉じ込めることができます。
表面に塩をすり込みましょう。重量は全体の0.7%くらい。おまじない程度にお腹の内側にもすりこんでおきます。
1時間置いて、塩をなじませます。塩が肉に馴染むと、肉のタンパク質の一部(アクチンとミオシン)が結合し、アクトミオシンという形に変わるので、肉がしっとりします。
このあいだラップなどをかける必要はありません。鶏の皮の50%は水分です。パリッとさせるためにはこの水分を取り除く必要があるので、あらかじめ乾かしておきましょう。冷蔵庫で一晩、ラップをかけない状態で入れておくとさらに効果的です。(つまり、前日から準備できるということです!)
1時間経ったものにバターを塗り込み、オーブンで加熱していきます。バターを塗るのは加熱効率を上げ、風味をつけるため。オリーブオイルでもかまいません。ここで最初のポイント〈鶏は縛らない&詰め物はしない〉が登場します。
ローストチキンの難しさは「むね肉」と「もも肉」という性質の異なる部位を同時に焼き上げるところにあります。鶏むね肉は68℃を越えるとあきらかに硬くなりますが、もも肉は73℃以下の加熱だと噛み切りにくいので、しっかりと火を通す必要があります。これが難しいのです。
しかし、この問題は鶏をしばらないことで解決します。鶏を縛らないことで、ももの両側から火が入り、効率的に加熱できるからです。
(鶏を縛ってしまうともも肉と胴体のあいだの部分には火が通りにくくなります)
詰め物についてはどうでしょうか? ローストチキンにはパンなどで作った詰め物をして焼くのが定番ですが、詰め物は加熱中に鶏肉から出た水分などを吸うので、安全に食べるためには75℃まで温度を上げる必要が出てきます。しかし、これは肉に火が通る温度よりも高い温度。詰め物をして焼くと焼きすぎてしまうので、なにも入れずに焼きます。もしも、手に入るなら食べる詰め物ではなく、香り付けのためにタイムなどのハーブとレモンを入れて焼くといいでしょう。
100℃〜110℃に熱したオーブンで90分間焼きます。2㎏の丸鶏を使う場合は2時間加熱すれば十分です。オーブンの種類によって低温での加熱は差が出やすいので、100℃〜110℃と幅のある表記になっていますが、とりあえず100℃で試してください。それで「もうちょっと火を通したほうがいいな」と思ったら次は110℃で試せばいいのです。ポイントは125℃以下という温度にあります。
ローストチキンの普通の作り方は
「190℃〜200℃のオーブンで45分〜1時間程度焼く」
というものですが、この焼き方はやや乱暴。それよりも低い温度で加熱したほうが上手に焼けます。
理屈はこうです。食材の温度は与えられる熱エネルギーと表面の水分が蒸発する気化熱の関係によって決まります。125℃以下のオーブンでは水分が蒸発するスピードが遅く、気化熱によって鶏肉の表面が冷やされながら加熱することになります。結果的に鶏肉は70℃前後の状態で加熱されます。そうすればちょうどいい具合の仕上がりになる時間も比較的長くとれます。つまり、加熱しすぎるリスクは格段に減るのです。
オーブンに入れておけばあとはほっておくだけ。このあいだに他の料理も準備できますし、別のことをしてもいいでしょう。そういう意味でオーブン料理は手軽な料理なのです。
90分加熱しました。オーブントレイに溜まった油が澄んでいるのは、鶏肉から水分が抜けていない証拠。とりだして10分間休ませているあいだにオーブンを250℃で予熱します。肉を休ませると筋繊維が緩み、中心の肉汁が外側に移行するので、よりジューシーになります。
もしも刷毛があればオーブントレイに残った油を表面に塗ってください。スプーンでかけても大丈夫です。これは焼き色を均一にする効果があります。
いよいよ仕上げの加熱です。今回は250℃で10分間焼きました。これが3つ目のポイント。最後に高温で焼いて表面に香ばしい焼き色をつけるのです。中まで火を通す必要はないので高温短時間で済ませることが成功への道。
焼き上がりました。
お腹にトングや大きめのフォークなどを刺して、焼き汁をとっておきます。これはソース代わりに使えます。大きくて清潔なまな板などに盛り付けて、食卓に運びましょう。
さ、あとは解体です。解体は見せ場の一つですが、切るというよりも関節を外すことを意識すると上手にできます。まず外すのはもも肉。ももと胴体のあいだに包丁を入れ、剥がすように引っ張ると関節が出てくるのでそれを切るだけです。
切った瞬間から肉汁が溢れ出てきますが、ゴムベラで集めてソースとして使います。
むね肉は中心に骨が入っているので、それを避けるように両側から包丁を入れ、肉をはずします。
むね肉を食べるときは筋繊維に対して直角に包丁を入れと口当たりがよくなります。脂があってジューシーなもも肉とさっぱりとしながらもコクがあるむね肉を取り分けながらみんなで食べるのがローストチキンの醍醐味です。時間をかけた分だけ返ってくるおいしさがありますし、肉を焼くという行為には料理の本質が詰まっています。
ローストチキンを食べた後は肉をむしってサラダに使えますし、最後に残った骨も無駄にはしません。
この骨(それと最初に取り外した首ズル)を鍋に入れてひたひたの水を張り、強火で沸騰させたら弱火でことこと60分間炊くと極上のチキンスープがとれます。
翌日の朝はこのスープに冷ご飯を入れてことこと10分も煮ればおいしい鶏雑炊ができます。好みで卵を落としてもいいですし、青みにはネギやパクチー、春菊などを。好みで塩を足しながら食べます。
翌日のスープのためにローストチキンを作ってもいい、というくらい美味しいので、骨もぜひ余すところなく使ってください。
Text & Photo Naoya Higuchi