ガラスそのものの美しさと温かさ。小瀧 千佐子さんにきく、ムラーノガラスの魅力

北参道にショップを構える<chisa/チサ>のオーナー、小瀧 千佐子さんは、日本にムラーノガラス (ヴェネチアンガラス)を紹介した第一人者。30年以上前から日本橋三越本店のイタリア展にも出品し、その魅力を伝えつづけています。今回、三越創業350周年を記念して、<chisa>とのスペシャルなコラボレーションが実現。マエストロによる制作実演もご覧いただけます。イベントを前に、担当バイヤー小谷野がその魅力に迫ります。


イタリアの伝統工芸品ムラーノガラスとは・・・
北イタリア、ヴェネチアの小さな島、“ムラーノ島”で限られた職人の手によって生み出され、約1,000年にわたり受け継がれてきたガラス工芸品。日本ではヴェネチアンガラスとも呼ばれています。「ガラスの島」とも呼ばれ、現在もガラス工房が密集するムラーノ島ですが、かつてヴェネチアがまだヴェネチア共和国という一つの国だった頃、共和国にとって重要な交易品であったガラス工芸の高度な技術が国外に流出することを防ぐため、13世紀末、政府がガラス職人とその家族たちをムラーノ島に幽閉したことから始まります。ガラス職人の仕事は本当に過酷なもので、継承者は年々減りつづけ、現在では、ムラーノ島の上級職人(マエストロ)の数は非常に少なくなりました。マエストロの手で生み出されたムラーノガラスの価値は高まっています。
小谷野:はじめに、小瀧さんとムラーノガラスの出会いを教えてください。
小瀧さん:子どもの頃からガラスが大好き。光を通して輝くさまを見るのが好きだったのですね。1970年にエールフランスに入社して、仕事柄現地に行く機会にも恵まれました。転機となったのは1983年のとある新聞記事。ムラーノガラスの後継者が減り、歴史が途絶えそうになっているという内容でした。それを読んだ時に、居ても立ってもいられなくなってしまって。記事に紹介されていたジョゼッペ・シニョレット(通称:ピノ)というマエストロに会いにヴェニスに行ったのです。

当時の日本では、ガラスといえば鉛の入ったクリスタルガラス一辺倒。鉛を含まないソーダガラスで、職人が一つひとつ作る温かみのあるムラーノのガラスは、知られていませんでした。日本人はソーダガラスの美しさを知らないまま終わってしまうのではないかと思うと、私が日本に伝えなければ、という使命感のようなものを感じてしまって・・・(笑)。この仕事に飛び込みました。それから、自分の店と日本橋三越本店のイタリア展などでムラーノガラスをご紹介しつづけて、現在に至るという感じです。三越のバイヤーさんとも何度もムラーノ島に行きましたね。
小谷野:鉛の入っていないソーダガラスの魅力はどういったところにありますか?
小瀧さん:鉛クリスタルは型に入れて成形するので、量産が可能です。透明度は増しますが、比重は重く、冷えて固まった後にカットなどの装飾を施すので、少し冷たい印象があります。一方ソーダガラスは型には入れず、ガラスが熱いうちに、職人が一点ずつ手作りするため、グラスひとつとっても唯一無二のガラスです。職人の想い、情熱が込められ、それがフォルムにも反映され、鉛を含まないことで軽く、温かみが感じられます。

それがガラスそのものの美しさや優しさの表出につながっているのだと思います。チェコのクリスタルガラスのようにきっぱりした格調高いものとも、フランスのアールヌーボーのような幻想的なガラスとも、スウェーデンのスタイリッシュなガラスとも違う。いちばん人間味のあるガラス、それがムラーノガラスのように思います。
小谷野:ムラーノガラスは一つひとつが個性的で、温かみがありますよね。技法の幅もすごく広いし、色数も本当にたくさんあります。
小瀧さん:はい。職人がガラスを吹いて作りあげていく姿は、本当に魔法を見ているみたいなんですよ。ほとんどガラス職人しか住んでいない島ですから、みんな一日中ガラスのことを考えているんです(笑)。いつも新しいことにチャレンジしている。だから、私が不思議な色をオーダーしても応えてくれたりします。
小谷野:オリジナルをオーダーするときは、どんなやり取りをするんですか?
小瀧さん:デザインを伝えるためにつたない絵を描いて、色のイメージも伝えます。竹の色のような不透明な緑色を作って、とか。
小谷野:信頼関係がないとできないことですよね。私が驚くのが、小瀧さんがデザインされるものって、日本の暮らしにすごく合っているんです。サイズもそうですし、和食器とも馴染むようにデザインされている。それがすばらしいと思います。ふつう、マエストロだったら「そんなの嫌だ」とか言いそうですよね(笑)。

小瀧さん:思えばグランドマエストロにすごく小さな小鉢を作ってもらったりしてきましたね(笑)。ガラス器は使ってこそ意味があるから、そのためにきちんとデザインして想いを伝えなくては良いものはできません。向こうにはない文化や生活様式の中で活躍するものを形にするわけですから、とても難しいことです。日本人と彼らでは、手の大きさから違いますからね。あと私、重いのもいやなんです(笑)。それを一点ずつ作ってくれるマエストロには、感謝しかないですよね。

小谷野:そんな注文をきいてもらえる人は、ほかにいないのでは?
小瀧さん:本当に長くムラーノに通っていますからね。マエストロ一家を3世代にわたって知っていたりするくらい(笑)。私はガラス作品や器がどうやって作られているかすごく興味があるので、理解できるまで質問します。マエストロの隣につきっきりで作ってもらうので、ガラスの知識が増して、オリジナルのアイテムも作ることができるようになったのだと思うのです。

小谷野:今回もイベントのために特別な手塩皿を作ってくださったんですよね。こちらの手塩皿、小瀧さんだったらどんな使い方をされますか?
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<chisa>手塩皿「Piccolo」23’~ITALIA~ 直径約8cm 各9,900円 商品一覧を見る
小瀧さん:小さいので、天ぷらの抹茶塩とか、梅干し・香の物・薬味・珍味にオリーブなど、なんでも少しずつのせるのがおすすめ。日本の食器は、陶器も磁器も不透明ですから、こういった透け感のあるガラスを合わせることでテーブルに軽やかさが出るんです。もちろん、オリーブオイルを入れたり、干菓子やチョコレートをのせてもいいですよね。たくさん並んでいるとかわいいので、いろんな色を組み合わせて楽しんでいただきたいです。しまう時は重ねても大丈夫ですし、神経質にならずどんどん使ってください。

小谷野:いろいろなテイストの食器を組み合わせて、自由な食卓を楽しんでいただきたいですよね。ムラーノガラスには個性的なデザインのものがたくさんあるので、感性にぴったり合うものに出合っていただけると思います。
小瀧さん:毎日使うガラスって本当に愛着がわきますよね。使えば使うほどかわいい(笑)。ムラーノガラスにはまだまだ伝えきれない魅力がありますし、いろいろな技術を実際に見ていただきたいです。

ムラーノの職人って、本当にガラスと仲がいいんですよ。無理やり形を作ろうとするのではなく、ガラスの天性にゆだねるから、たゆたうようなガラスができるのかなって。そこがいちばんムラーノガラスらしいところだと思います。ガラスの持っている力を引き出すのが上手なんですよね。それが優しさとか、温かさにつながっているのではないかしら。加熱して溶けたガラスのゆらめきをそのまま形に留めたようなニュアンスを表現することができるのです。炎の芸術と言われるくらい、とても過酷な環境でお仕事されるわけで、後継者問題、燃料代の高騰など厳しい状況にあるけれど、この人間味のあるあたたかいガラスを、ずっと伝えていきたいです。

イベントでは、ヴェネチアンビーズのアクセサリーも合わせると250点あまりのムラーノガラスをご用意。一部、コスチュームジュエリーもご紹介します。ムラーノ島からマエストロが来場し、鏡のグラヴィール制作もご覧に入れますので、ぜひこの機会にムラーノガラスの魅力をご体感ください。
テーブルウェアイメージ
インテリア雑貨・コスチュームジュエリー イメージ
information
三越創業350周年×<chisa>
□2023年4月26日(水)~5月2日(火)
□日本橋三越本店 本館5階 スペース#5
ムラーノガラス グラヴィール職人特別制作実演
□2023年4月26日(水)~5月2日(火) 各日午前10時30分~午後0時30分/午後2時~4時
※諸般の事情により、変更・中止となる場合がございます。予めご了承ください。
<AAV Barbini 工房/エーエーヴィ・バルビーニ>所属のマエストロが、ヴェネチアンガラスの鏡にグラヴィールで装飾を施す実演を行います。マエストロと小瀧さんと相談をしながら、世界に1点だけの特別な鏡をオーダーいただくことができます。
オーダー価格目安:550,000円から(納期:約6カ月~1年)
午前11時~午後6時(月・火・水定休日)
※イベント準備など不定期な休業あり。
電話:03-6455-4546
小瀧 千佐子さんがセレクトならびにデザインした食器・アクセサリー・花瓶やシャンデリア・鏡など数々のムラーノガラスが並ぶ店内。商品の販売のほか、修理などアフターケアも承っています。併設のチサカフェでは、販売しているグラスやお皿でティータイムを楽しむことも。