「新宿0丁目商店街」ライター一田 憲子コラム「0丁目商店街」って??
前編「問い続ける」
突如出現した「新宿0丁目商店街」。それって一体なあに?と不思議に感じていらっしゃる方も多いのでは?伊勢丹新宿店は、新宿3丁目にあります。洋服から食品・ジュエリー・家具や文房具まで、暮らしを豊かにするあらゆるものが揃い、そのセレクト力は、世界中から注目されています。
そんな「伊勢丹」にも、ないものがあります。「百貨店」という枠でカテゴライズすると、そこからこぼれ落ちてしまうものもあるのです。手作りで少量でしか作られていないもの、継続的には販売できないもの、面白そうだけれどまだ名もなきもの。そんな「百貨店らしくない」ものも、きっとお客さまに喜んでいただけるはず。今まで見たことがないものにびっくりし、手にとったことがないものにワクワクし、ほんのささやかだけれど、誰かの暮らしの中に、ぽっと灯火をともしてくれる・・・。そんな「小さな声」のものたちを集めたのが「新宿0丁目商店街」です。
「0丁目」ということは、住所がないということ。だから、いつも伊勢丹新宿店内に存在するわけではありません。面白そうな人やものが集まったときだけ、突如出現します。
大きな利益を生むものだけが、「百貨店」の商品ではないと考えます。ささやかなワクワクが、人の心に起こしたさざ波は、きっと忘れられない「体験」となって、手に入れた人の心に刻まれるはず。架空の街「新宿0丁目商店街」が目指すのは、そんな小さいけれど決して忘れられないお買い物の記憶です。
この「新宿0丁目商店街」の組合長、原田 陽子さんは、長年伊勢丹新宿店 4階の婦人服ショップでアシスタントバイヤーとして働いてこられた方です。その際、初めて出会った人や、「こんなおもしろい世界があるんだ!」と知ったときめきが、後の「0丁目」の種となったよう。よくよく聞いてみると、どうやら「伊勢丹新宿店の4階」は、普通の百貨店とはちょっと違う最も「伊勢丹らしい」場所のようなのです。
伊勢丹新宿店には、ブランドごとのショップが並ぶほか、「自主編集」という展開・仕入れ・販売をすべて伊勢丹が手掛けるショップがあります。そのひとつとして2003年に生まれたのが「プライムガーデン」でした。そのときの初めてのマネージャーだった高橋 伸禎さんにまずはお話を聞いてみることになりました。
今は伊勢丹新宿本店 営業運営部 部長として働く高橋さん。実は今年の4月まで伊勢丹浦和店勤務で、戻ってきたばかりだそう。
「僕は入社してから7年間伊勢丹浦和店で、8年目に新宿に移動。ちょうどその年4階がリモデルをして『プライムガーデン』に生まれ変わる、というタイミングでした」
「プライムガーデン」になる、ってどういう意味を持っていたのでしょう?
「それまで僕が担当していたのは、伊勢丹浦和店の『セーター・ブラウス』で、伊勢丹新宿店に来てからは『トップス&ボトムス』になりました。当時は、たとえばセーターだけを集めて色別にずらりと並べる、というようなショップが主流だったんです。でも、そんな『アイテム』ではなく、『ライフスタイル編集』にしていこう、という流れですね。大人の女性のライフスタイルを提案するようなショップがあったらいいのではないか?そこで『大人の上質なオフスタイル』をテーマに『プライムガーデン』を作ることになったんです。『スポーツ』『トラベル』『リラックス』の3つのキーワードも決まりました。でも、『大人の上質なオフスタイル』ってどいうものなのかを、自分たちで理解をするのが難しかった。さらに、それを『スポーツ』『トラベル』『リラックス』という3つのゾーンにどう分けていくのか・・・」
それでも、「やったことがないかたち」を作り上げていく仕事は、大変だったけれど、とても楽しかったのだと言います。その現場には原田さんもいました。
「たとえば『おうちで過ごすクリスマス』なら、上質で温かみがあるクリスマスを提案するために、アンティーク家具屋さんに協力いただいて、ショップに時を経た家具を並べたり・・・。それまでは、セーター・ブラウス・ボトムスと並べていただけだったのに、そこにバッグもあれば、さらに食器やリビング雑貨も持ってきて、さらにはソファーも販売したり。女性の方たちがどんなものを求めているか、雑誌を見て切り抜きながら、『こういうイメージでつくろう』と共有したりしていましたね」。
母の日の企画の際には・・・。
「今までだったら、セーター&ブラウスというショップを作り、そこに造花のカーネーションを挿すぐらいでした。でも、『プライムガーデン』では、やっぱり生花でやるべきだ、ということになって・・・。北海道からラベンダーを取り寄せたり、青山のフラワーショップ『ル・ベスベ』の高橋 郁代さんにお願いして、ブーケを作ってもらったり。今でこそ、ショップに生の花をいれることもありますが、当時は空調の関係で枯れてしまうので、なかなかそこまではできなかったんですよね。バイヤーが仕入れた花でショップを埋め尽くして、夜にはみんなで水をあげて・・・(笑)」
今までの「当たり前」を覆し、「こんなのあったらいいな」を形にする。どうやら「新宿0丁目商店街」のDNAは、こんなところで育まれたよう。
そんな新しいチャレンジをして、売上もついてきたのですか?と聞いてみました。
「売上というよりも、『このショップが好き!』というファンのお客さまがついてくださったと思います。展開もサービスも品揃えも、そして環境も含めて好きになっていただいて、『ああ、ここは私の場所だ』と思っていただくことが大事だと考えたんです。そのためには、なぜそれが置いてあるのか、なぜこういう並びなのか、という一つひとつ意志をもって選び、説明できなければいけないと考えました。当時のメンバーは、そういう働き方をした経験がなかったので苦労しましたね。でも『プライムガーデン1期生』のようなメンバーが、そこでいろいろなことを学んだんです」
きっと当時の高橋さんは、腕まくりをして花に水をやったり、ショップにソファを運んできたり、はたまた「これでいいのか?」と悩んだり・・・。チームで「プライムガーデン」を作り上げることを、苦しみながら楽しまれたんだろうなあと、その「熱血」っぷりが目に浮かぶようでした。人はそうやって「ワクワク仕事をした」体験を心に刻み、次へのステップへの力とするような気がします。
今年の4月から、伊勢丹新宿店の全館のオペレーションの運営を担当していらっしゃるそう。今後の百貨店の姿について聞いてみました。
「今は一人ひとりにライフスタイルがある時代です。ひとつの商品の使い方にしても、それぞれの家庭によって自由だし、そもそもこちらが使い方を説明しなくても、今の世の中の人はわかっていますよね。そんな中で百貨店ができることは、これまではなかったようなほかの何かと組み合わせたりして、ハッとするような「次のライフステージ」へ行っていただく提案かな。実は僕は『プライムガーデン』を立ち上げるまで、お客さまのライフスタイルがどんなものなのか、なんて気にしたことがなかったんです。でも、それを考えている仲間の言葉によってあの時知ったんです。ライフスタイルって、結果としてその人の生き様なんだなあって。だから、暮らしに根付く、しかも使い捨てにならないものを、提案していくのが僕たち百貨店の役割なんじゃないかと思いますね。難しいですが」
さらには、提案の仕方も時代を経て変わってきているのだと言います。
「かつては、一度お買い上げいただいたお客さまにお電話を差しあげていました。『今日イタリアからこんな服が届きました~!』とかね。今は、それをLINEでするんですよね。エムアイカードやアプリの会員になっていただいて、お客さまからも「何が好きか」という情報をいただいて、双方向のコミュニケーションができるようになりました。ショップの店長が、タイムラインにコーディネートをあげると、翌日に売り上げがドンと上がる、ということを連続で実践している店もあります。接客もお客さまがお店に入った瞬間に「今日、お客さまにご紹介したいパンツがあるのですが、いいですか?」と提案します。普段からコミュニケーションを密にできているから、「この方にはこういうアイテムを」というシュミレーションができているんですね」
実は、高橋さんは新宿伊勢丹の4階のエスカレーター前で、小さく「おへそ展」が始まった時、朝礼をしてくださった方だと、今回初めて知りました。
「いやあ、あのイベントは素敵でしたね。デザイナーさんや店主の方もみんなきてくださって。その人のライフスタイルが宿っている商品を買うことは、その『おへそ』を自分の中に取り入れること、という言葉に感動しました」。
そして、最後にこんなふうに語ってくださいました。
「そこで働いているメンバーが、誇りに思うようなショップづくりをしてほしいなあと思いますね。すごく遠回りなのかもしれないけれど、ショップの考え方やコンセプトをメンバーと共有し続けたら、それがメンバーの中に必ず残る。ずっと続けるためには、そこで働く人の思いが途切れることがあってはならない。でも、現実は百貨店のマネージャーは2年ごとに変わります。その後も気持ちを残すには、トップダウンで『こういうルールにしましょう』ではなく、試行錯誤しながら一緒にルールを作る、その時間を大事にすることだと思うんです。まだ何も見えていない状態からみんなで議論をして、それで辿り着いた結論は、その後の残り方が違う。だから、2003年から20年近く経った今も『プライムガーデン』という名前が残っていること自体が僕はすごく嬉しいですね」。
百貨店は、世の中の価値観の変化に合わせて常にアップデートして、変わり続けていかなくてはならない、という宿命があります。いつ行っても見たことがない新しい世界がそこに広がっている。そんなワクワク感の根底には、「何が新しいの?」「何と何を組み合わせたら、どんな化学変化が起こるの?」「今あるものを、違う方向から見たら何が見えるの?」と、ショップを作り上げる百貨店マンの果てしない「問い」がある・・・。今回高橋さんが教えてくれたのは、「問い続ける」ことの力であった気がします。
【今月の0丁目商店街おすすめコーディネート】
6月コラム内、一田 憲子さん着用は<nooy/ヌーイ>
<ヌーイ>デザイナー平山 良佳さんと若山 夏子さんのお二人は繊細な素材選びとクラシックなラインの中にも遊び心満載な作品を提案。過去のプライムガーデンにあったライフスタイルショップでは、<ヌーイ>のファーマシーコートをユニフォームで着用してたんですよ!今回は一田さんが普段ご自分では選ばないようなコーディネートを楽しんでいただきました。
文・一田 憲子さん
ライター・編集者として女性誌、単行本の執筆などを手がける。2006年、企画から編集・執筆までを手がける「暮らしのおへそ」を2011年「大人になったら、着たい服」を(共に主婦と生活社)立ち上げる。著書に「日常は5ミリずつの成長でできている」(大和書房)「暮らしを変える 書く力」(KADOKAWA)新著「もっと早く言ってよ。」(扶桑社)自身のサイト「外の音、内の音」を主宰。http://ichidanoriko.com
写真・近藤 沙菜さん
大学卒業後、スタジオ勤務を経て枦木 功氏に師事。2018年独立後、雑誌・カタログ・書籍を中心に活動中。