3月 ICHIDA'S COLUMN

この度、この新宿伊勢丹店のサイトでコラムを書かせていただくことになりました。……と父に伝えたら、大喜びしておりました。
関西で暮らす一田家にとって、「伊勢丹」のチェックの紙袋や包装紙は憧れでした。東京の親戚から、お歳暮やお中元に、お菓子が送られてくると、大喜び ! 祖母はやかんの湯気に当てて、包装紙をきれいにはがし、たたんで大事にしまっていたものです。

幼い頃、週末に百貨店に出かけるのは、最大のイベントでした。お出かけ用の服に着替え、白い靴下にエナメルのワンストラップシューズを履き、電車に乗って……。キラキラ輝くショーウインドウをみながら扉を入ると、そこは大きなアミューズメントパークでした。おもちゃ売り場でりかちゃんの着せ替え用の服をあれでもない、これでもないと選んだり、母が洋服を見ている間に、フィッティングのカーテンで隠れんぼをしたり。メインイベントは屋上で乗り物に乗ること。最後に「特別食堂」でお子様ランチを食べると、そろそろ魔法がとけ、しゅんと寂しい気分になりながら帰路についたものです。
そんな思い出の宿る場所ですが、今回の私のミッションは、そんな百貨店の「再定義をすること」です。
ある時期から、ふと周りを見渡すと、魅力的なセレクトショップや、個性的なオーナーが独自の目でものを集めたギャラリーショップなど、お買い物をする「場」の選択肢がぐんと増えました。「あの店のあの空気の中でお買い物を楽しみたい」。そんな新しい消費の形が産まれてきたように思います。私も、あっちへこっちへと、新しいお店を訪ね歩くことが楽しみになっていました。

そんなある日、突然「百貨店」と、もう一度出会い直すことになったのです。きっかけは、知り合いのスタイリストさんの「イチダさんに会いたいといっている『伊勢丹新宿店』の人がいるよ」という一言でした。さっそく都内の喫茶店で会うことになり、待っているとやってきた人を見てびっくり! てっきりかっちりしたスーツに身を包んだ、キャリアウーマンが現れると思いきや、目の前に立っていたのは、髪の毛をお団子に結び、〈コムデギャルソン〉のフワッと広がるスカートを履いた、なんとも個性的なひとりの女性だったのですから! それが、アシスタントバイヤーの原田陽子さんでした。「暮らしのおへそ」が大好きで、伊勢丹新宿店で「おへそ展」をやりませんか? と誘ってくださいました。最初は「え〜、そんなの無理無理!」とお断りしました。だって、「おへそ」で紹介しているみなさんは、小さなお店や、少量生産の作家さんなど、「百貨店」という場とは、真逆の位置に立つ人だと思っていましたから……。
そこから、原田さんは、私の中にあった「百貨店」のイメージをひとつひとつ、ガシガシと壊していってくれました。山の中にある小さなアトリエまでわざわざ足を運んでくれたり、作家さんひとりひとりの話に真剣に耳を傾けてくれたり……。「あれ? 百貨店の人って、こういう仕事の仕方をするんだ!」それは、私にとって大きな驚きと発見でした。
そして、「おへそ展」の準備をしながら、今度は「百貨店」を内から見る機会をいただき、それを支えるスタッフの皆さんの熱量に、「へ〜そうなんだ!」「なんてすごいんだ!」と驚いた次第です。

彼ら、彼女らのすごいところは、なんといっても、その「編集力」です。素敵なものを探し出し、「あれ」と「これ」と「それ」を、「百貨店」という舞台の上に集めて、編集し、並べ直して再構築する……。すると、「あれ」と「これ」と「それ」は、互いに化学反応を起こし、ひとつだけでは見られなかった、新たな光で輝き始めます。
今回3月3日から始まる「LE TEMPS」というイベントもそのひとつ。伊勢丹新宿店1階で、「時間」というテーマで編集された、ヴィンテージの家具や小物、ランプなどの「古いもの」から、古着からインスパイヤーされてデザインされた洋服などの「新しいもの」が集います。
その中心人物が、「ブラウンアンティークス」の代表、山田和博さん。原田さんとは10年来のおつきあいなのだとか。実は、かつては百貨店で「古いもの」を販売することは、規則上簡単にはできませんでした。けれど、「新品じゃなくてもいいものはいいじゃない!」「時を経たものって、素敵じゃない!」というスタッフたちの熱い思いで、10年ほど前にようやく許可がおりるようになったそう。山田さんの他、出展者の中から、「アンティスティック」の小林智弘さんと「コヴィン」の宇治橋帆織さんにお話を伺いました。この3人に共通することがあります。それが「時間」へのリスペクト。

3人とも美大出身で、デザインを学んだ方々です。山田さんは、イタリアンモダンの家具屋さんを経て、人からのすすめでアンティークの買い付けの仕事へ。「ずっとデザインをしてたけれど、自分で作らなくても、100年、200年前に、いいものってすでにあったんだ! だったら僕はそれを人に伝える仕事をしようと思ったんです」と語ります。


小林さんは、デザイン会社、看板屋勤務を経てイタリアへ。帰国前に、古い家具を集めて日本に送り、お店を始めることを決めたそう。「今から新しいものをデザインしても、昔のいいものには勝てないなあと思ったんですよね」。今は、工場やアトリエなどで使われていたインダストリアルな家具や照明、バウハウス系のものを取り扱っています。シンプルな無機質さと、時を経たものだけが持つ優しさ。相反する要素が隣り合ったものが、小林さんの目と手でお店に並びます。


宇治橋さんは、雑貨のデザインやアパレル勤務を経て、今は、海外の蚤の市を巡り、みんなが見逃しそうな小物を仕入れて販売しています。アクセサリーだったり、人形の持つ小さなカゴや帽子だったり。「駄菓子屋みたいな、用途もないような雑貨ばかりなんですけど……。蚤の市が終わった後に、個人的な楽しみで落ちている陶器の人形の顔とか、そういうものを拾うのが好きなんです」と笑います。そんな宇治橋さんならではの目で選んだ小物たちには、密かなファンがついているのだとか。


今回、こうしたヴィンテージ家具や小物に、原田さんがミックスさせたのが〈ナイジェル・ケーボン〉というイギリスのブランドです。「古着からインスパイヤーされて、新しい洋服を作っているんですが、デザイナーはもう70歳すぎのおじいちゃんなんです。彼のオーバーオール姿がもうかわいくて! 私も歳を重ねても、こういう風にファッションを楽しみたいなあって思うんですよね」と原田さん。


私も今回、メンズのパンツとカットソーを試着させていただきました。無骨で、いつものシンプルな服とはちょっと違う……。でも、硬い素材感や軍服を元にしたワークっぽいデザインに、宇治橋さんが見つけてきたパールのネックレスや、プラスチックのバングルを合わせると、いつもとはまったく違う私に出会えたよう!「こうしなきゃいけないとか、こう着なくちゃいけない、という枠からはみ出して、自分らしく好きに重ねれば楽しいよね、っていうことを、ナイジェルさんに教えてもらった気がしています」と原田さん。

古いものと新しいもの。かっこいいものと可愛らしいもの。いろんなものや人をミックスすることこそ、百貨店ならではの視点です。そんな売り場では、「ワクワクする裏切り」がきっと待っているはず。「これを買いに行ったけど、横にあったあれを買っちゃった!」みたいな……。目的のものだけをサッと買って帰る……。そんな無駄のない時間の使い方も時には大事だけれど、「あれ」の横に「これ」を見つけ、どんどん引き込まれていくうちに、あっという間に時間が経つ……。そんなお買い物の時間こそ、同じことの繰り返しの毎日に、きっと新しい風を吹かせてくれるはず。

ICHIDA&HARADA 野望密談中
私は、これからそんな百貨店のおもしろさ、楽しさを、このコラムでお届けしていく予定です。それは、私自身が凝り固まった頭を柔らかくほぐし、もっと暮らしを、お買い物を楽しむためのプロセスにもなるのでは……とドキドキしています。いつか、ここで見つけたものを集めて「ICHIDAICHI・いちだ市」を開くなんていう野望も……。みなさま、今後ともよろしくおつきあいくださいね。
文:一田憲子さん
ライター、編集者として女性誌、単行本の執筆などを手がける。2006年、企画から編集、執筆までを手がける「暮らしのおへそ」を 2011年「大人になったら、着たい服」を(共に主婦と生活社)立ち上げる。近著に「日常は5ミリずつの成長でできている」(大和書房)自身のサイト「外の音、内の音」を主宰。http://ichidanoriko.com
写真:近藤沙菜さん
大学卒業後、スタジオ勤務を経て枦木功氏に師事。2018年独立後、雑誌、カタログ、書籍を中心に活動中。