2019.12.11 UP
作家で料理家、レシピも大人気の樋口直哉さんに、伊勢丹新宿店で昨今のクリスマスシーズン、丸鶏を凌ぐ大人気のローストビーフの失敗しない作り方を教えてもらいました!
今日は『ローストビーフ』の作り方を伝授します。クリスマスなどの特別な日にぴったりの料理。
『「日曜日にはヘンデルのラルゴをフルートで吹き、血のしたたるようなローストビーフを食べる」そんなのがイギリス人だ。(中略)日本で食べるローストビーフはどうしてあんなに血がしたたらないのか。あれではまるでローストビーフの干物である』(『女たちよ!』伊丹十三著 新潮文庫)
かつて映画監督でエッセイストの伊丹十三はエッセイのなかで『ローストビーフは冷たい肉の代表のように思っている人が多いがとんでもないこと』と嘆いていましたが、本当においしいローストビーフを食べたければ出来立てを食べるのが一番です。まずは肉の選び方から。
訪れたのは新宿伊勢丹の地下食品売り場。ここで手に入らない場合は諦めたほうが懸命というくらい吟味された食材が並んでいます。個人的にもここでよく買い物をしますが、子供の好奇心と大人の財布を準備するのが、食品売り場を楽しむコツ。
さて、ローストビーフをおいしくつくる最初のポイントは「いい肉を使うこと」。身も蓋もないですが、シンプルな料理なので、ごまかしが効かないからです。
<アイズミ―トセレクション>
黒毛和牛のランボソ(ランプ)
100g当たり 1,480円 ※毎週金曜日発売
形が整っているので成型しなくてもそのままローストビーフに調理可能です。
伊勢丹の地下食品売場<アイズ ミート セレクション>に選んでもらったのは『ランボソ(ランプ)』という部位。予約購入されるお客さんも多い人気の部位とのこと。他にもも肉もローストビーフ用として販売されていました。
例えば輸入肉と黒毛和牛ではローストビーフに向いている部位は異なります。和牛は筋繊維のなかに細かい脂肪がマーブル状に入っているため、加熱しても硬くならないのが特徴。そのため外国でローストビーフ用として珍重されるロースなどの部位よりも、もっと味の濃いランプやイチボ、もも肉などが向いているのです。
これらの肉は比較的、円筒形や四角い形状にしやすいので、均一に加熱しやすいのもローストビーフに向いているとされる点。とはいえ、肉はプロ(精肉店)に用意してもらうのが賢い選択でしょう。「ローストビーフを作りたいのですが」と尋ねれば相談にのってくれるはずです。
さて〈アイズ ミート セレクション〉で、偶然「お肉に合う山わさび」という商品を見つけました。これはラッキー、とすぐに入手。
<アイズミ―トセレクション>
お肉に合う 山わさび 1パック 756円
山わさびとはホースラディッシュ。西洋わさびとも言われ、肉料理との相性は抜群。
この山わさびは原材料が「山わさび(北海道産)」と「白醤油」だけとシンプル。私見ですが原材料の少ない調味料や食材は信頼でき、間違いのない味であることがほとんど。あたらしい食材を試しに購入する際の目安になります。ちなみに山わさびは温かいごはんに載せて食べると至福の味。
他に野菜売り場でマッシュルームとクレソンを購入しました。さて、家に帰って、ローストビーフづくりに入りましょう。秘密道具は「オーブントースター」です。
ローストビーフ 2人前
牛肉(ランボソやもも肉など) 300g
塩 3g〜4.5g (肉の重量の1%〜1.5%)
マッシュルーム 1パック
玉ねぎ 1/2個
醤油 小さじ1
小麦粉 大さじ1
クレソン 適量
ローストビーフのレシピを検索すると、オーブンで焼き上げる定番の方法の他にも湯煎や炊飯器を使う方法など様々な料理法が紹介されています。どの料理法を採用しても重要なのは「牛肉の中心温度を54〜60℃程度まで上げること」。炊飯器の保温温度は一般に60℃~74℃とやや高めなので、この点を考えるとローストビーフの加熱には向いていないことがわかります。
肝心なことは焼き時間=肉の中心が一定温度に達するまでの時間、ということです。これがわかればフライパン一枚でも、ローストビーフを作ることができます。ただ、フライパンの場合は表面が焦げるリスクも。オーブンを使えば焦げるリスクを減らせますが、オススメはオーブントースターで焼くこと。
オーブントースターはパンを焼くくらいにしか使わないかもしれませんが、実は肉を焼くのにも適した調理器具です。その理由は加熱温度にあります。
図はオーブンとオーブントースターの庫内温度の変化を表したイメージ図で、縦軸は温度、横軸は時間を示しています。(著者作成)
オーブンは予熱をすると設定した一定の温度で加熱する調理器具で、弱点は広い庫内の温度を上げるために時間がかかること。
一方のオーブントースターは庫内が狭いため、すぐに加熱をはじめることができ、機種によって差はありますが、5分程で280℃〜350℃ほどの高温に達してから、温度調節をした範囲まで下がります。最高温度のオーブントースター(通常1000w〜1300w)の場合ははじめに350℃程度まで上がった後、170℃〜180℃前後に落ち着きます。
パンに焦げ目をつけてから、それ以上焦がさないように加熱するための温度帯ですが、これは肉を焼くのにもぴったり。普通のローストビーフの作り方は最初に肉をフライパンで表面を香ばしく焼いた後にオーブンで加熱しますが、オーブントースターであればその工程を一台でこなせる、というわけ。
よく古い料理本には「肉1kgにつき30分焼く、重さが200g増えるごとに焼き時間を10分伸ばす」などと書いてありますが、それは間違いです。大きさが一定の鶏のローストであれば問題ないですが、牛肉の場合は失敗しかねません。だから、肉は重さではなく、サイズを見ましょう。
肉の焼き時間の目安は「表面から中心までの最短距離」で決まるので、下記の表を参考に焼き時間を調整します。
表は著者作成
今回の肉は厚さ5cmだったので、焼き時間は10分+10分です。これがオーブントースターで焼けるギリギリの大きさ。これ以上、大きな肉の場合はオーブンで焼きますが、その場合ははじめに表面をフライパンなどで香ばしく焼いてから、オーブンに入れます。
オーブンやオーブントースターの弱点は庫内が乾燥しがちという点。しかし、この問題は一緒に水分の多いキノコを加熱することで解決します。肉が焦げるのも防げ、ソースのベースにもなるので一石三鳥です。
オーブントースター用のトレイは100円均一などでも販売されています。
最高火力で10分焼き、裏返してさらに10分間焼きました。
アルミホイルに包んで、10分間肉を休ませます。「休ませる」というのは料理用語で、予熱を使って中心まで熱を伝える調理法を指します。肉を休ませているあいだにグレービーソースを作りましょう。
グレービーソースとは肉汁を使ってつくるあっさりとしたソースのこと。肉汁を吸い込んだキノコと玉ねぎを小鍋に移し、醤油小さじ1を加え、中火で加熱します。
小麦粉を加えて、さらに30秒ほど炒めます。鍋肌にこびりついた焦げ目がおいしさのベースです。
水150ccで伸ばし、ひと煮立ちさせ、好みで塩少々(分量外)を加えればグレービーソースの完成です。
肉をスライスしますが、和牛の場合はやや厚めに切っても大丈夫。逆に輸入肉のもも肉などで作った場合は薄く切ったほうが食べやすいです。切るときは肉の繊維の方向を意識し、繊維を断ち切る方向に切ります。
器に盛り付けて、グレービーソース、クレソン、山わさびを添えれば完成です。お肉が温かいうちに食べます。そう、冒頭に述べたようにローストビーフは冷たい肉料理ではなく、温かい肉料理。一年の締めくくりのささやかな贅沢にぴったりです。
二人分で300gだとたっぷり目の量なので、ローストビーフが余ることもあるかもしれません。その場合はサンドイッチにするのも一つの手。マヨネーズ大さじ1と山わさび小さじ1を混ぜ合わせ、ソースとします。
トーストしたパンに山わさびのソースを塗り、ローストビーフを並べます。クレソンやルッコラなどを挟むことで新鮮さが加わります。
出来上がり。最高にリッチな朝食なので、これを食べるためにローストビーフはちょっと残しておく価値があります。
Text&photo Naoya Higuchi