時代を超えて受け継がれる「長崎べっ甲の世界」

17世紀後半から長崎で作られ始めた飴色の神秘的な輝きと美しさの“海の宝石”「べっ甲細工」。貴重なウミガメの甲羅が熟練職人の手により生まれかわる、自然が育んだ艶めく美しい芸術作品です。時代を超えて受け継がれてきた「べっ甲細工」の魅力をお届けします。

【長崎べっ甲とは】
べっ甲はウミガメの一種であるタイマイの甲羅から作られる工芸品です。
長崎べっ甲は江戸時代、鎖国時代に唯一開港していた長崎に南蛮船から砂糖・ガラスと一緒にタイマイの甲羅と技術が伝わった事が始まりです。厚みや色合いなどを手作業にて丹念に調整された緻密で精巧な技法が特徴で、装飾品や宝船等の大型の置物も製造されています。精巧な細工を駆使した作品は、長崎を代表する工芸品として親しまれています。
2017年には、伝統的工芸品産業の振興に関する法律に定める伝統的工芸品として、長崎県の「長崎べっ甲」が新たに指定されました。

【べっ甲の歴史】
日本におけるべっ甲の歴史は古く奈良時代、大陸から運ばれた国宝「螺鈿紫檀五弦琵琶/らでんしたんのごげんびわ(正倉院)」が最初の伝来といわれています。江戸時代以降、タイマイが長崎に輸入されべっ甲細工が始まりましたが、当時は大変高価であり、大名などの富裕層にかんざしや櫛などが愛用されました。徳川家康はべっ甲でできた手持ちの鼻メガネを愛用、現在は静岡の久能山東照宮に保管されています。

べっ甲の櫛や眼鏡
【べっ甲の名の由来】
べっ甲細工はタイマイ(玳瑁)からできていますが、【鼈甲】と言う漢字の「べつ」にあたる鼈の漢字は、俗に言う「すっぽん亀」や「みの亀」の事で、タイマイ(玳瑁)とはまったく別種の海亀になります。「すっぽん」を漢字変換すると「鼈」の漢字が出ます。ではなぜこの「べつ」と言う漢字が玳瑁に使われるようになったのでしょうか。
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なぜ「鼈甲」なのか
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日本では江戸時代に度々、奢侈禁止令(しゃしきんしれい)という、贅沢(奢侈)を禁止して倹約を推奨・強制するための法令が発布されていましたが、その中にべっ甲細工も含まれるのではと恐れた当時の商人は、タイマイ(玳瑁)の甲羅で作った細工物を贅沢品には当てはまらない、すっぽんの甲羅で作った細工物として役人の目をごまかして販売したことがありました。そのため、タイマイ(玳瑁)細工と言わず【鼈甲】細工と言い変えて販売するようになり、そのまま現在でも使われていると言われています。
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水杢模様が美しいネックレス
【べっ甲の作品が出来るまで】
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STEP.1 生地(甲羅)選別
背甲・肚甲・ツメなどの部位を作成する商品に合わせて選別していきます。 -
STEP.2 地作り(生地足し)
作成する商品のサイズを甲羅からノコで切取り作る厚みに合わせて枚数を重ねて行きます。切り出した甲羅1枚1枚が平になるようにグラインダーなどで削ります。厚みを均一に揃えたら甲羅が荒削りの状態のためサンドペーパーなどで細かく削りキズなども取り除きます。
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STEP.3 貼り合わせ(万力圧着)
タイマイ甲羅はニカワ質を多く含んでいるため熱と圧力で万力圧着します。(接着剤などは使用しません)長年の職人の感、経験値で圧着に必要な鉄板の温度、圧着力を調整しながら万力します。季節・室内温度・湿度なども圧着に影響するため、技術を要する作業です。 -
STEP.4 デザインの切り出し(切回し)
リューター、彫刻機などで細かいデザイン部分を削っていきます。外枠の切回しがほとんどですが、透かしの切回し作業も多いのが特徴です。
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STEP.5 デザインの整形(彫り)
リューターなどで細かいデザイン部分を彫っていきます。細部にわたり細かくペーパーなどで仕上げて行きます -
STEP.6 磨き
彫り上げた作品をバフモーターで房州粉と言うキメの細かい砂で細部に渡り磨き上げます。
最後に磨きロウをバフモーターに付けて鼈甲独特のツヤを出していきます。
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STEP.7 金具付け
最後にブローチ、イヤリングなど用途に合わせ、金具を取り付けて完成です。
【長崎べっ甲の今後と取り組み】
先人たちが築いたべっ甲細工の伝統を絶やさず、時代に合ったものにしていくにはどうすればいいのか。その中の取り組みの一つとしてべっ甲の原材料であるタイマイの養殖を、石垣島で行っています。ワシントン条約で海ガメの捕獲輸出禁止の決定により、海外からの原料に頼っていたべっ甲業界は国に要望し自国での養殖、原料確保を願い出ました。それから約30年の時を経て、沖縄県石垣島での養殖「石垣玳瑁」を実現しました。
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石垣島の青い空と海
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養殖の石垣玳瑁
今後もより多くの方々に魅力を伝えるとともに鼈甲発祥の地である長崎から伝統を受け継ぎ繋いでいきます。

昭和21年 長崎市生まれ。16歳で父・藤田 日吉氏に師事。
「三代目・喜山」べっ甲彫刻細工師として活躍。長崎県の工芸展や鼈甲新作展などに幾度も入賞したその腕は定評が高く、美しい彫が特徴のかんざしには固定ファンも多い。先代から受け継いだ技術をもとに、常に新しいデザインにも挑んでいます。
【製作実演】
□2024年3月6日(水)~3月11日(月) 各日午前10時~午後7時[最終日午後6時終了]
□日本橋三越本店 本館7階 催物会場
製作中の様子を動画でご覧いただけます。こちら