美術
青瓷作家である若尾氏に、陶芸と関わりの深かった幼少期のお話や、制作についてインタビューしました。
青磁・青瓷については、「学芸員に聞く窯変米色青瓷作家・峯岸 勢晃氏の魅力」にも掲載されています。そちらも合わせてご覧ください。
若尾 経(わかお けい)
1967年 岐阜県多治見市に若尾利貞の長男として生まれる。
1993年 日本大学芸術学部写真学科卒業
1995年 多治見市陶磁器意匠研究所修了
小山富士夫先生はご存じですか?日本でいうと「六古窯」という言葉を作った人なんですけど。本人も作家をやっていたんですけど、研究者で。中国の定窯っていう白磁の窯跡を戦時中に発掘し、発見した人。その人をなぜだか父(若尾利貞氏)が小学生の頃から知ってた。
その頃、小山さんは人間国宝を指定する立場の方で、その取材で荒川豊蔵さん(志野・瀬戸黒の人間国宝)の家に行く途中の通り道だったので、うちに泊まり込むようになった。おじいちゃんの使ってない窯を小山先生が使って、作品を作っていたりもした。父がその作品作りを手伝っていた。父自体も、小山先生の教えが入ってる。だから中国ものが好き。僕が小さい頃も小山先生がふらふら来ていて、ものを見せてもらっていたので、あんまりそれが中国陶器だという発想もなく普通に見てたから。だから割とそこの行くのも(青瓷を作るのも)自然なかんじというかなんというか…
ーー小山先生が「青瓷」を作っていたということですか?
いや、作るのはいろいろなんだけど、小山先生はそういうものの研究者だったんで。
ーー「青瓷」は数多く作るうちの一つだったのですね。
あと、小山先生が古いものをたくさん持っていたので、それを見せに来たりしていた。
この辺だったら(多治見市)志野とか織部を身近に見るように、青瓷、中国陶器を見ていたので。
ーーそれでお父さまも興味をお持ちになったのですね。
父も中国陶器を見るのが好きなので。「青白磁」の人間国宝の塚本快示さんも小山先生つながりで、うちにあった定窯の破片を貸してくれ、と言われたり、試作品を見せに来たりしてた。
場所は遠いけど、通り道。当時は戦後すぐだったのでバスとかもないので、夕暮れに知らないおじさんが歩いていたので、「今からそこまで(荒川先生宅)行くのは大変だからうちに泊まりな」って言って泊まった。
ーー中国陶器の中でも「青瓷」には魅力を感じましたか?
実際本当にきっかけになったのは、久々に台湾の故宮博物院に行ってバーっと見たときにやっぱりこれ(青瓷)いいよね。と思って日本に帰ってきた。帰ってきた数日後に、仲の良い原料屋さんが「いろんな長石(釉薬の原料)がいっぱいテスト品で入ったからテストしてみて」と十何種くらい、少しずつくれたんですよ。一番簡単なテストは長石を単体で焼いちゃうとか。長石に灰を溶かしたものをちょっと加えて、あまり混ぜちゃうとわかんなくなるから。そういう簡単なテストをやったんですよ。そしたらそのうち一個が二重貫入になってたんです。結構難しいはずなのに出ちゃったんですよ。
ーー二重貫入とは、大きな貫入(ヒビ)の中に小さい貫入が入るということですか?
貫入が入って区切られた中に、また斜めに細かい貫入が入る。なんか花が咲いたようになる。
ーー線の美しさで立体的に見えるのですね。
ーー偶然二重貫入が入ったということでしょうか?
ほぼ偶然です。「あ、できちゃったじゃん!ラッキー!」とか言って。笑
そこから始めたんだけど、今思うと出会い頭の事故のような感じ。でもそれを再現しようとすると結構大変で…
ちゃんとものの形にしようとすると難しかった。ただやっぱり一回できてるから、だから諦めないですよね。できてるからできるだろうと思うから、後引けなくなって続けちゃったって感じ。
もう一つ言うと、青瓷を作る前に、釉薬なしの磁器のすごく薄いものを作ってて、もうぺらっぺらの。公募展とか出してると、「次から許可取って出してください。」って怒られた。笑
釉薬をかけるとみすぼらしくなっちゃうような薄さだったので、ガラスと変わらないというか。
子供のころから見てきた多治見辺りだと志野とか、釉薬をガバッとかけるイメージがあるので、どうしてもかけたくなって。「じゃあ何やる」ってなった時にたまたまその時に青瓷があったので。急に真逆で面白いかなと思ったことも理由としてある。
ーー若尾氏の作品は躍動感のある造形が特徴的ですね。事前にスケッチなどされていますか?どんな着想で造形を考えているのですか?
青瓷って結構ピシッとした形が多い。あれが良しとされているんだけど、結局素地薄くして釉薬を厚くするから、どうしても造形的に弱くなっちゃう。いくらボディビルで鍛えてもダウンジャケット着ているようなもので、中がわからない。ろくろ目なんてあってないようなものなんです。
ーー確かに、若尾氏の作品の中には、釉薬の間から素地を見せる作品がありますよね?
そうそう。それもあるし、青瓷の一番の難点は、釉薬に気泡が出ること。スポットというかクレーターみたいになっちゃうことは青瓷では許されない。引出黒とか志野とかはブツブツしても大丈夫。フラットな上に穴がぽつっとあると失敗になっちゃうので。それが一番難点で、だから身上を潰すと言われている。
ーー青瓷は気泡が出やすいということでしょうか?
焼いている時の土の中のガスがどこかから抜けなきゃいけないんだけど、青瓷は釉薬が厚いから、釉薬を通してガスが出てきちゃうと穴ができちゃう。組み合わせで出る土と出ない土があるんだけど、それでも土って自然のものだから毎回変わってくる。ある日突然どうにもならなくなってくるので。だから全面に釉薬を掛けずに素地を見せる部分ができた。しょうがないから、それをデザインというか作品に活かそうと思った。気泡を抜くためにやってみたんだけど、結果的にそれが造形になった。結構変わったことをやっているように言われるけど、基本困り果ててそっちに行ってるっていうことが多い。
形が造形的になったのも、きれいなろくろで引いた形だったら(焼いても)もつんだけど、ちょっと変形させると絶対歪んで落ちちゃう。
ーー落ちちゃうとは?
土自体も温度を上げると溶けてきちゃう。どうしても土が開いたり、落ちたりする。物理的に無理な形ってあるのね。ガラスとかも溶けると落ちたり、曲がったりするでしょ?ガラスほどではないにしても、陶器でもそれが起きるので。素地が薄ければそれが起きやすくて、釉薬の重さにも耐えられないし。動きのある造形が、焼いて動くことでさらに良くなることもある。
ーー若尾氏の中で、焼いている時にどうなるかわからないというドキドキ感があるのですか?
ありますね。歪んでいい作品と、動くと困るなという作品もあるけど。なので、焼く前と焼いた後ではかなり形が違う。焼く前の乾燥する時でも形は動くから、最初に作るときはかなり気持ち悪い形。笑
ーー若尾氏が自身の作品を制作する時、苦労されているのはどんなことですか?
気泡もそうだし、二重貫入が入るのは長石だけなんですね。材料ってたくさん混ぜれば混ぜるほど安定するんですよ。使っている1種類の材料がちょっとでも質が変わると丸々変わってしまう。4種類混ぜた内の1種類の質が変わってもそんなに影響ないけど、ほぼ90%以上使っている1種類の質が変わるともろに影響受ける。同じロットでテストして、この長石いいから1トンください。と言っても上の土と下の土では全然質が違うということも起きる。自然なものなので同じ長石でも二重貫入ができるものとできないものがある。
ーー二重貫入は入っていた方がいいものなのでしょうか?
そういうわけではないのですが、二重貫入が入っているものは世界的には少ないのでどうしても珍重されるところがあって。
日本人は貫入を気にするけど、中国は「色」を重視していた。色を良くしようと思って溶かすとどうしても貫入が入りがち。
都市伝説的なことなんだけど日本にしか貫入の概念はないと言われている。
元々は官用のものに入っているから「官入」という説もある。
良い青瓷にはヒビが入っているよ、という意味だったと聞いたことがある。
僕の作品は貫入ありきの作品がほとんどなので、ちゃんとした青瓷からいうとズレてるんだけど、わざと釉薬の厚さ変えて、本来、青瓷は透明感ないはずだけど、貫入を目立たせたいので、透明なところにも貫入を持って行って厚いところとの差をつけるときれいなので、それを目立たせる造形にもしている。本来であれば青瓷はフラットに釉薬をつけるけど。わざと釉薬を均一につけていない。
ーー若尾氏の作品の中には素地を練り込んでいる「練込」の作品がありますね?
本来、青瓷はマット質で釉薬がたっぷりかかっているから素地は何でもいいように思われるかもしれないけど、実は素地の色は見た目に関わってくる。
ーー青の色がきれいに出るかどうかも変わってくるのですか?
もう全然。白い素地とグレーの素地だったら青の色が変わってくる。案外、素地が透けてるようなもんだから。だから最初は、素地によって全然違うよ。ってことを説明するために練込を始めた。
かけている釉薬は同じなので。
ーー土は何を使っていますか?
土はブレンドしてる。ベースは信楽の土。貫入に合わせることが一番大事なので、貫入が出る収縮のある土である必要がある。信楽は産出量が多いので安定してるので。それでも土の質は変わるので毎回ブレンドは変わる。メニューのない居酒屋みたい。その日入ったものでブレンドも造形も変わる。逆に言うとそれによって作品が変わる。困り果てるからそれを活かす形を探す。じゃないと人ってなかなか前に進まないから。本当はいやなんだよ。
ーー「象牙瓷」の作品は本当に象牙のようでとても綺麗ですね。若尾氏が名付けられたのでしょうか?
三輪龍氣生 (みわ りゅうきしょう/十二代休雪)に名付けてもらいました。龍氣生さんが父の個展にみえて、ちょうど本人が制作に困っていたらしく、父が志野をガス窯で焚いてるから、「面白いね。見に行っていい?」と言われ、うちに来られたんです。来た時に、僕が電気窯で青瓷を焼いているのを見て、「こんなの青瓷で焼けるんだ、電気窯面白いな」と仰って、本当は一日で帰るはずが、急に泊まることになって次の日また来て。笑
「帰った後に頭まとめるから数日後に質問状を送るから、よろしくね。」と言われ、3日後くらいにFAXが40枚くらい送られてきて。電話で4時間ずーっと質問されて。その時に僕の「象牙瓷」を見て、「これいいじゃないか、オリジナルか?名前あるのか?」「オリジナルです。名前ないです。先生、付けてください。」と冗談で言ったら本当につけてくれた。「じゃあ考えるから待ってろ。」と言われた後、FAXで「象牙瓷」って一枚届いた。笑
ーー若尾氏は、電気窯で青瓷を焼いているのですか?
ものよってガスと電気を使い分けています。
ーーその違いは?
単純に窯の大きさもあるんだけど、どうしても気泡の出やすいものはガス窯を使う。ガスは火が直接あたるから気泡が出にくい。電気とガスで温度が同じでも焼きが良くなる。お菓子を作るときに湯煎でチョコレートを溶かすときにほっといたら溶けないじゃないですか?かき回すと早く溶けるでしょ?その原理と同じで、たくさん炎があたる方が同じ温度でも早く焼ける。
大きい造形だと、どうしても素地が薄いといっても底の方は厚く作っているので、電気窯だと底だけ温度が上がりにくかったりする。ガス窯だと炎がなめてるから、温度が上がりやすい。小さい作品だと、電気窯の方が温度管理をしやすいから、2、3度違うだけでも大きく変わってくるから、そういう意味では電気窯の方がやりやすいんだけど、気泡が出ることを考えると大きい作品はガス窯の方がいい。
ーー龍氣生氏が電気窯で青瓷を焼いているのを見て驚かれたということは、青瓷は基本ガス窯で焼くということでしょうか?
三輪家は萩なので薪窯でしょ?新し物好きなので電気窯持っていたらしいんだけど、当時からすると、酸化をする電気窯なのね。ガスを放り込んで還元をかける窯ではないので、最初の頃は酸化をさせるための電気窯で青瓷を焼くことを驚かれた。今はきれいにできるけど。
青瓷は基本還元させて青色を出すので、電気窯で青瓷を作るという発想がなかったみたい。
象牙瓷・米色瓷は酸化させて色を出す。
ーー還元(酸素を減らしていく)の方が難しかったのでしょうか?
薪窯は酸化の方が難しい。きれいに酸化を抑えなければいけないから。
低い温度で酸化させるのが難しいから柿右衛門の赤が難しいとされていた。
昔の窯は構造が良くないので、完全燃焼するのが難しかった。焚火をしながらきれいに全部燃やす。煙を出さないようにするのは結構大変。
ーー若尾氏は作品に対して全体的に目指している方向性があるのでしょうか?それとも個々に「こういうものを作りたい」という想いがあるのでしょうか?
割と個々ですね。青瓷と象牙瓷でも表情がちがうから合う合わないがある。
「焼きのこだわり」と「形を活かす」で違う。
エッジが効いた形で象牙瓷は合わない。ぽわんとしたものの方が合う。
作るときに焼きの方から発想する時もあるけど、単純に形だけで面白いと思えるものがあるので、そうなると「どの釉薬で作ろうかな?」と考えるので。
ーーお客さまの手に作品が渡った事で何か生活に変化を起こしたいなど想いはありますか?
そうですね。それで場が豊かになってくれればな、という想いはあります。
あまりこちらが押し付けるのは…
毎日高級品を食べるわけにもいかないし、いろいろあっていいと思います。
やっぱり人なので、目先を変えても結局最終的なところはそんなに変わらないので、並べてみると意外とどういう人間が作っているかわかるから、自分の色を考えているわけじゃないです。大抵自分が作品に出てしまうので。
ーー目標としている造形、作家さんはいますか?
ないですね。小さい頃からどこかに連れてってもらった記憶がない。どこか行くというとどこかの画廊か美術館しかなかった。父が勉強していたものをほぼ見ているので。
ーー同じように学んでいたということですね。
父が先生というよりは同士みたいなところがあって。なので父と話をするときは友達のように話してる。
あんまり自分から「あの作家さん素敵だから観に行こう」ではなくて、周りにもともとあったので。
理論的に頭で考えてないです、そこの部分では。作っているものに関してはそっち系(理論的に)見えるけど、好みに関してはたぶん反応で作ってる。
構想の段階で描くのはいいんだけど、あんまりデッサンで完成品描いちゃうと、それをどうしてもコピーすることになるのね。自分をコピーにすることになるからあんまり面白くない。走り書きはするけど、それは頭に落とし込んどいて作る。人によるけど、僕の場合は面白くなくなっちゃうので。
ーー制作中の試行錯誤の中から面白いものができあがるのですね。
購入されたお客さまからどういったお声をいただきますか?
あんまりそういうことを言われることはないね。作品名に「花器」「鉢」と書いていたりするけど、ちゃんと用途として使う人もいるんだけど、基本置いておくだけでもOK。それを予想外に使ってくれるもの嬉しいし。海外の方で茶碗を購入される方が多いのね。
ーー海外の方はどんな感覚で茶碗を見ているのでしょうか?
海外の方は作品を立体作品で見てる気がする。茶碗って一般的に結構値段が高いでしょ?
だから「なんで買うの?」って聞いたことがあるんだけど、「小さくて一番立体的で器の形もしてるし。」って言い方されて。
「茶道をされているんですか?」
「しない」
「じゃあどうするの?」
「飾っといてもいいし、お花でも浮かべるか?」と。
ーーちなみに茶道はされていますか?
一切やってません。これは言い訳だけど、子供の頃、いろんな作家のおじいさんから「絶対お茶だけは習うな」って言われて育ったから。
ーーそうなのですか!
いや、言うのは加藤唐九郎とかひねくれた人だから。笑
「楽しんだり、遊んで感覚を養うのはいいけど、習うな。習うと作れなくなるぞ。」って。
ーー多治見という場所も若尾氏にとって良かったのでしょうか?
いろんな素晴らしい作家さんが集まっているので。
小山先生もそうだけど、唐九郎さんもよくうちにふらふら来てた。
取材が来るのが嫌でうちに逃げて来たりしていた。勝手に工房に入って、「この土どっから持って来たんだ、坊主言え!」なんて言われたりもした。笑
ーー「そのものの形だけで終わらせるのではなくて、その先も見てほしい。それによって空間が変わる。影響するものを作りたい。」と仰っていましたが、「その先」とは?
工芸ってもともとそういうっ気あるから(空間が変わる)。
でも、「床の間に置かなきゃいけない」とかではなく、「ここに飾ったら楽しいな」という気持ちで使ってほしい。だから、香炉が香炉の形である必要がない。ポプリ入れて玄関に置いたり。それでいいんだと思う。
研究好きな若尾氏。若尾氏の探求はこれからも続きます。
奇跡と努力の積み重ねでできあがる若尾氏の青瓷をぜひ観てみてください!
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