不安定な社会が続く中、ともすると不要不急の食とも言われかねないのが嗜好品です。しかし、その代表とも言えるスイーツに、外出自粛中救われた人々も多かったのではと想像します。“新しい生活様式”が求められる社会で、スイーツもまた新たな役割を担っていくのでしょうか?スイーツ業界のトップクリエーターたちに話を聞きました。
緊急事態宣言が発令されていた5月上旬は、季節菓子の中でも人気の高い、柏餅やちまきの時期だったんですよね。お店は全店閉めていましたが、「柏餅やちまきが食べたい」というお客さまの声が、それはもう凄まじくて驚きました。想像をはるかに超える声の大きさでした。五月の節句が過ぎても、お客さまの「食べたかった」という気持ちが念のように続いていて、伊勢丹新宿店が再開した時に、1週間ぐらい柏餅を置くことにしました。店内厨房が伊勢丹新宿店内にあるので、こういう時にすぐに対応できて良かったなと思います。
普段食べられると思っているものが食べられないと、想像外の大きなフラストレーションになるのでしょうね。いつもの倍ぐらいの売れ行きでした。その様子をみて、こんなにも和菓子が人々の習慣だったのだな、と改めて気付かされた思いでしたね。
私自身はどうだったかと言えば、外出自粛期間は、<鈴懸>の原点を改めて考える時間となりました。<鈴懸>を代表する存在の餡は、今のものに満足して良いのだろうか、もっとよくする方法はないだろうか。また、定番の和菓子についても、もっと削ぎ落として、それぞれの本質を追求していけないだろうか。普段から考えていることではありますが、より集中して、時間をかけて考えられる時間になったと思っています。
従業員たちも、基本は休みなのですが、工房はいつでも使えるようにして、販売はできませんが、試作は自由にできる状況をつくりました。皆、気持ちのゆとりを持って菓子を考えられたのではないかなと思うのですが・・・。新しいものを考えるというより、どんな心持ちで菓子のことを考えられるかが大事だと思います。
<鈴懸>鈴乃最中(1個)108円
<鈴懸>鈴乃〇餅(1個)108円
和菓子離れということも言われていますが、僕はそんなに心配していません。お店を見ていると、若い人たちも結構きてくれている。人気があるのは、いちご大福とか、意外にもあんみつ。きっとカップスイーツの感覚なのかなと思うんですけれど、フルーツの入っているものは世代を問わずに人気があります。
<鈴懸>あんみつ(一人前)735円
<鈴懸>白玉ぜんざい(一人前)497円
和菓子を食べていただくのに、和菓子を日本の伝統として伝えようと躍起にならなくても、若い人たちは彼らの生活習慣の中で取り入れたいものを取り入れていくし、そこから興味を持ったら自然にちゃんと和菓子を知ろうとしていくのではないでしょうか。
<鈴懸>なつみずきの苺大福 ※期間限定につき、現在はお取り扱いを終了しております。
あんみつを買っていく若い人たちを見て「いつ食べるんだろう?」と店の若い従業員に聞いたら、「朝ごはんで食べる人が多いんですよ」と教えてもらいました。面白い、新しい習慣だなあと思いましたね。あんみつがそんなに人気ならば、ぜんざいやおしるこだって、ちょっと形を変えたらもっと若い人たちに喜んで食べてもらえるんじゃないかな。あんみつのように、おしるこをパーツに分解して、混ぜて食べられるようにしてみたらどうだろう。商品のアイデアって、そんな風に出てくるもので、これも躍起にならない方がいいのかなと思っています。
和菓子の長い歴史からみたら、過去にやはり大きな疫病に見舞われた時期があり、歴史的には100年に一度くらいのサイクルで何度も起こっては、乗り越えてきているわけです。博多祇園山笠(世界無形文化遺産)も今年は中止になってしまいましたが、祇園山笠の本来の起源は、厄病退散です。お祭りはなくなっても、祇園の神事は執り行われ、<鈴懸>も祇園饅頭を奉納しています。和菓子もまた、厄除けというのが古来の大きな役割としてありました。平常時にはそんなことを忘れてしまいがちですが、今回みたいな時には、その役割を強烈に思い出したり、意識したりするわけですよね。お客さまもきっと、同じなのではないでしょうか。そして、若い人たちも、和菓子ってそういうものだったのかと気付くきっかけにもなったのではないかと思うのです。
嗜好品として新しくあることよりも、人々の生活習慣にどう根付いていくか。それはこれまでの和菓子の役割だったと思うし、これから生まれる和菓子にも必要なことだと考えています。
【中岡生公(なりまさ)さん プロフィール】
株式会社鈴懸 代表取締役で鈴懸三代目。祖父は現代の名工、中岡三郎氏。祖父の技術を受け継ぎながら、独自のクリエイティビティで和菓子の美や魅力を追求し続けている。
Text:ISETAN FOOD INDEX編集部
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