<紫をん/Shiwon>和菓子作家 坂本紫穗さん

「無理がなく自然体で、好きを仕事にしている人」。IT業界から和菓子作家に転身した坂本紫穗さんの経歴を見ると、そんな印象を持つかもしれません。しかし、彼女も私たちと変わらず悩みを抱え、迷ってもがいて、今があります。やわらかい雰囲気を漂わせつつも、芯の強さや頑固さも持つ坂本さんに、ここまでの歩みを聞きました。
「無理がなく自然体で、好きを仕事にしている人」。IT業界から和菓子作家に転身した坂本紫穗さんの経歴を見ると、そんな印象を持つかもしれません。しかし、彼女も私たちと変わらず悩みを抱え、迷ってもがいて、今があります。やわらかい雰囲気を漂わせつつも、芯の強さや頑固さも持つ坂本さんに、ここまでの歩みを聞きました。
社会人としてのスタートは、IT企業の会社員だった坂本さん。当時右肩上がりのIT業界で、多忙を極める毎日でしたが、大変さよりも「働いている!」という充足感が優っていたとか。しかし、3年ほど経った頃、体調を崩して休職することに。この体験が坂本さんの意識を変えました。「まずは(自分を)壊さないように生きることが重要だと思うようになりました」。職場には復帰したものの、糸が切れたかのように気力がわかず、環境を変えることを考えました。
次の職場はレシピサイトを運営するIT企業。ところが、「今度こそは」と意気込んで入社したもののここでも自分の“得意”を活かしにくい状況に、「何か違う」と思う日々を過ごします。入社1年後の面談で、「仕事を楽しめていますか?」と気持ちを見透かされ、話し合った末に、「坂本さんは行きたい方向が違うから、同じ船に乗らないほうがいい」という結論にいたります。悔しさや悲しさはあったものの、「ここは会社の船だから、降りるのは私だ」と納得し、2社目を去ることに。おそらく組織のもとで働くことは向いていないのであろうと自己分析し、次に誘われた料理教室の運営会社では、コンテンツ企画の業務委託として携わることになりました。
和菓子のコラボレーションも多い坂本さん。今回は、色とりどりの独創的なおはぎで人気の<タケノとおはぎ>とコラボレーション。<タケノとおはぎ世田谷本店>の店長小林萌美さんと。「子どもが生まれてから、おはぎの魅力を再認識しています」。
会社員時代は仕事をしながらも、常にどこか満たされない思いを感じていたという坂本さん。それを埋めたい一心で、フランス料理、フードコーディネート、カラーコーディネート、写真、陶芸など、興味のままに手をつけましたが、どれもしっくりこなかったと振り返ります。
転機のきっかけは意外なものでした。「28歳の誕生日を間近に控えたとき、お告げのように夢に和菓子が出てきたんです」と笑います。「和菓子かぁ」と思い、すぐにインターネットで検索して見よう見まねで和菓子を作ってみたところ『これだ!』とピンときた」といいます。
「和菓子の魅力は小さいこと。控えめな様子で、大事に置かれていますよね。その佇まいに胸キュンでした。色使い、やわらかさ、口どけのよさも好みです。工夫の幅も広いと感じました」。
ようやく夢中になれることに出合えたものの、当時、和菓子はあくまでもお気に入りの趣味で、生活のメインはITで企画の仕事でした。しかし、その比重は東日本大震災で一変します。「いつ何が起こるかわからないと痛感して、1番やりたいことを生活の中心に置かないと後悔すると思ったんです」。そこから、月曜から金曜も仕事をしながら和菓子の自主勉強にあて、仕事の傍であんこを炊く生活になりました。
徐々にITの仕事を減らし、和菓子の道に絞っていった坂本さんですが、「とにかく夢中だったので怖いものはなかった」と話します。「会社員時代は安定していたけれど、和菓子を作る今ほど幸せではなかった。それなら一番やりたいことができていれば満足できるかもしれない。今はそのほかのことは手放してみよう。」ときっぱり。それはきっと、「覚悟を決める」と同義なのでしょう。
和菓子講師や和菓子作家としての仕事が広がり、好きなことが生活の中心になっても悩みは尽きることはありません。「和菓子は完璧に美しく、均一であるべきで、完成度の高いものが求められる。でも私はそういうのが苦手」と沈むことも。しかしあるとき、お茶の教室で交わした何気ない会話に救われたと話します。「『私は全てを同じように作るのが苦手なのよね。』とぼやいたら、『だからいいんですよ。そこが紫穂さんのよさですよ』と返してくれて。心に響きました。これを機に、「自分のベストを尽くすしかない。自分らしさをもっと尊重しよう。躊躇せず、自分がいいと思うものを作ろう」と思えたそうです。これは、坂本さんが好きな禅語「柳は緑、花は紅」とも通じるところがあるとか。「『柳は緑だし、花は紅だし、あなたはあなたのままでいい』という意味ですが、この言葉にも勇気をもらっています」。
さらしで包んで絞る「しずく形」は、坂本さん好み。「見立てによってつぼみになったり、しずくになったり。山や木、炎にもなりますね。自由度が高くて好きな形です」。
これまで多くの「これ好きかも」に挑戦し、「これは違った」を繰り返してきた坂本さん。「好き」はどうやって見つけ、どのようにしてそこに「居場所」を築けばいいのでしょうか。
まず、自分の心身が自由で心地よくいられるかどうか。わたしの場合、和菓子は長期的に自然に楽しめると思いました。つまり、自分に対して無理がないということ。そして『苦手なことをしない』こともポイントでした。
思えば子どもの頃、走るのが苦手だったのですが、「早く走れないなら、縄跳びと鉄棒をがんばろう」とすぐに考えを切り替えたことが原点になっているとか。
また、自然体でいる秘訣は、自分のことを知って、至らぬ自分も認めて否定しないことだといいます。善悪をつけず、持って生まれた傾向や気質と捉えれば、「自分の質を活かす場所と方法はなにか?」と前向きな思考ができるとか。加えて、抗わないこと。上手に受け入れることも大切だそう。「昔は常にファイティングポーズをとっていましたが、それでは相手も自分も傷つきます。硬いとぶつかったときに痛い。力を抜いてしなやかに全体の流れをくみつつ、受け入れ方を工夫する。そのほうが楽しめますし、色んな人と仲良くなれます。根がしっかりしていれば、上はふわふわしていてもいいんじゃないかと。通称、わかめの精神です(笑)」。これもまた、確信を得た生き方の指針かもしれません。
東京・桜新町のおはぎ店<タケノとおはぎ>にて、2歳半になる娘さんと。坂本さんの「傾向や気質を捉える」という考え方は、子育てにも活かされている。「時に娘のこだわりが強く困っても『この子は自分の意思がはっきりしている』と考えれば、『そうなのね』と思えるんです」。
坂本紫穗さんと<タケノとおはぎ>のコラボレーションによるおはぎ「春のさゝやき」を限定販売します。7種類のおはぎで季節を表現する<タケノとおはぎ>の基本スタイルを踏襲し、坂本さんがコンセプトやデザインを、<タケノとおはぎ>のオーナー・小川寛貴さんが素材や味の組み合わせを提案。「小川さんの信念やおはぎのよさを実直に守るところに共感していたので、ご一緒できてうれしかったです」と坂本さん。「僕らは季節の表現をわかりやすく形にするんですが、坂本さんはもっと抽象的。そんな表現法もあるのかと刺激になりました」と小川さん。
ー『春のさゝやき』によせて ー
明るい雨粒は 柔らかな土を潤し
ふくらみはじめた花々の蕾が しずかに微笑む
香りをのせたふくよかな風は 歌うように春を告げ
気がつけば霞のレースに包まれる
日常の中にある春の小さな気配を一つのわっぱに詰めました。ささやかでありますが、生き物の根本的な喜びや自然の恵みの一片がみなさまに届きますように
目でお楽しみいただいたあとはぜひ、ひとつひとつのおはぎの中の春を味わってください。わっぱから聞こえてくる“ささやき”をゆっくりと愛でていただければ幸いです。
(坂本紫穗)
『春のさゝやき』(おはぎ7個入) 2,916円
販売方法 WEBご予約/店頭お受け取り
受注期間 3月5日(水)午前10時~3月11日(火)午前10時
オンラインページ
販売数 各日50点
お渡し日時 3月14日(金)、15日(土)、16日(日) 各日午後3時~
お渡し場所 伊勢丹新宿店 本館地下1階 食料品 フードサービスカウンター
白あんを桜の塩漬けとビーツで色づけした「桜」と、紫芋あんの「野花」。黄色のミモザはターメリックを使用。「ふとした瞬間に道端で感じるような“春の気配”をテーマにしました。春のぬるい水や温まった土、膨らんだ花の蕾、柔らかい風。見落としがちな小さな春こそ愛おしく思います。芽吹くような、新しい始まりのイメージをしずくの形に込めました。」と坂本さん。
坂本さんが描いたデザイン「春のさゝやき」の原案をもとに、2人でアイデアを交わして磨きをかけていった。小川さんの祖母・タケノさんの味をもとにした「こしあん」「粒あん」2個に、新たな5個を加えた雫型のおはぎ7個セットで販売される。
撮影協力
タケノとおはぎ 世田谷本店
東京都世田谷区用賀3-5-6 アーニ出版 1階
03-6805-6075
営業時間:午前12時~午後6時
月・火曜定休
撮影/田川智彦
取材・文/荒巻洋子
制作/ハースト婦人画報社 HEARST made
※価格はすべて税込です。
※画像は一部イメージです。
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