2024年 伊勢丹のおせち|表紙を飾る立体作家 吉島 信広氏と<六雁>総料理長 秋山 能久氏の「挑戦」とは

「食の最先端をつくる」をキーワードにチャレンジを続ける伊勢丹。日本の食文化を守りながら、現代の暮らしにふさわしいおせちの在り方をパートナーとともに探求しています。
今回は、2024年おせちカタログの表紙を飾る作家、吉島 信広氏と、伊勢丹とともに革新的なおせちをつくりつづける<六雁>の秋山総料理長を招いて、それぞれの分野での“挑戦”についてお話をききました。



ひとつとして同じ色はない。多様性の時代を表現したかった
杉﨑バイヤー(以下、杉﨑):今日はお集まりいただきありがとうございます。伊勢丹は今年も「食の最先端をつくる」をテーマにおせちをご紹介していますが、最先端というのは流行やトレンドを追いかけるということではなく、時代やお客さまのニーズにしっかりと向き合って、ふさわしい変化を遂げていくということ。<六雁>さんとは2008年からおせちをご一緒していますが、伝統に対する深い理解があったうえで型にはまらない新しい挑戦をされているところに深い共感を覚えます。秋山さんとお話しするたび、新しい発見の連続なんですよね。
<六雁>秋山さん(以下、秋山):僕も<六雁>としても、最先端でいたいという気持ちは常に持っています。おせちも同じで、カタログを開いたときにパッと目を引く、ほかとは違うおせちを提案して世の中に送り出したいという思いはありますね。もちろんそれには、中身がともなっていないといけない。正月という晴れの舞台に<六雁>のおせちがあり、それを囲んで家族みんなが笑顔になれる。そんなシーンを描きながらつくらせていただいています。

杉﨑:過去には飛び箱を模したお重など、毎年個性的な提案をしていただいていますよね。
秋山:飛び箱をテーマにした2009年は、社会情勢的にも経済的にも、世の中に低迷した空気が漂っていて、それをなんとか飛び越えていきたいという想いがあったんですよね。足踏みしていても仕方ないし、勇気を持って踏み込もうよ、という想いを込めてつくりました。
杉﨑:2024年のおせちも完成しましたが、今回のテーマは?

秋山:今はまさしく多様性の時代。いろいろなものを受け入れながら文化をつくりあげることが求められます。一人として同じ人間はいない。ひとつとして同じ色はないということを、白から青のグラデーションで表現しました。さまざまな色が重なりあうことで、また新しい見え方が生まれるんですよね。蓋の部分もフラットである必要性はない。凸凹していろんな動きを感じることで、自由な個性を表現したかったんです。
立体作家 吉島さん(以下、吉島):いろんな色といろんな形の組み合わせ。バラバラの要素なんですが、すごく統一感があるんですよね。これはもう、ひとつのアート作品。
重箱自体にコンセプトが詰まっているというのを一目で感じました。

秋山:ありがとうございます。お重だからといって何か物を入れなきゃいけないっていう決まりはないんですよね。これが玄関にあって、上にポンッと椿が乗っているだけでもいい。
それだけで絵になるじゃないですか。
おせちの楽しみ方もいろいろ。一年の集大成としてクリエーティビティを込める
杉﨑:多様性という意味では、おせちの楽しみ方も広がっていますよね。祝い肴三種があるような定番のおせちは今後も間違いなく受け継がれていきますが、それだけでなく、さまざまなライフスタイルにあった多様なおせちをご提案することも最先端をつくるということにつながっていると思います。
秋山:オードブル感覚で大晦日に召しあがる方もいらっしゃいますもんね。
杉﨑:そうですね。食べるタイミングも元旦にこだわらない方が増えたように感じます。
その意味で象徴的なのが冷凍おせちですよね。冷凍技術が進化したこともあり、お客さまそれぞれのライフスタイルに合わせて楽しみやすくなっているのかもしれません。全国に配送でき、食べるタイミングも自由度の高い冷凍おせちは、今後も需要が増えていくと思います。
あと、年々人気が高まっているのが少人数おせち。ただ量を減らすのではなく、こだわりを感じるものを少しずつ楽しんでいらっしゃるようです。今回の<六雁>さんのおせちも、岩梨という貴重な食材を使ったものがあったり、定番のなますでも新しいアレンジが加えられていたり、六雁さんらしいこだわりが満載の内容でした。

秋山:岩梨というのはツツジ科の植物で、梨のような食感の小さな実をつけるんです。貴重な食材なので、あまり目にすることはないと思うんですが、そういったものを食べるのはひとつの人生経験。なますも普通は大根とにんじんを甘酢につけたすっぱいもの、と思われるかもしれませんが、僕はドライトマトを入れたり、乾燥を防ぐ意味でもワインのジュレをかけたり、何か新しい提案を盛り込みたい。古典的なものであっても、今の時代なら何ができるかを問いつづけないと新しいものは生み出せないんです。もちろん、先人が築きあげたものは大切に、その上で常にクリエーティブであることが大事。カタログを見て「このおせちが食べてみたい、このおせちで正月を迎えたい」と思っていただけるよう、毎年一年の集大成としてつくっています。

アートで飾るおせちカタログは、2024年を象徴する「顔」
杉﨑:おせちカタログは新しい一年のはじまりを感じさせる象徴的な存在ですし、選ぶワクワクが詰まっている。今回のカタログの表紙には、吉島さんの立体作品を使わせていただきました。なんでおせちカタログなのにおせちが写っていないの?と疑問に思われるかもしれませんが、日本中のおせちカタログや過去のカタログを並べても、正直区別がつかないんじゃないかと思うんです。表紙はまさしく「顔」の部分なので、そこがみんな同じというのはあるべき姿じゃない。その年を象徴する何かにしたいと考えたんです。

吉島:カタログの表紙に絵ではなく立体作品が選ばれるのも意外でしたし、ご依頼いただいたときは正直びっくりしました(笑)。
杉﨑:来年は甲辰(きのえたつ)ということで、物事が成長する、エネルギー満ち溢れるという意味合いがあるそうです。そんな力強い年にふさわしい、躍動感のある作風がぴったりで、ぜひお願いしたいと思いました。龍はよくつくられるモチーフなのですか?
吉島:そうですね。年に一度はつくるくらい個人的にも好きなモチーフです。でもすごく難しくて、何度つくっても正解がわからない。だからこそ、新しい表現の可能性を見出せるモチーフでもあるんです。そういう意味で、私自身も今回の作品を通してすごく成長することができたなと感じています。
杉﨑:架空の動物だからむずかしいのでしょうか?
吉島:龍って縁起のいいものですし、みなさんお好きなモチーフなんですよね。自分のなかにそれぞれのイメージがある。そのなかで評価していただくのでハードルが高いということもあると思います。

秋山:僕も龍が好きなんですよ。この作品は迫力がすごいですね。圧倒される感じがあります。幸運をもたらす神様みたいな神々しさを感じます。
吉島:そう言っていただけるとうれしいです。作品をつくるうえで大事にしていることのひとつは、やはり見てくださった方に前向きな気持ちだったり、勇気や幸せを届けられるものでありたいということ。色づかいも明るいものにしたり、意識しながらつくっていますね。
原型師としての経験が生かされた、躍動感たっぷりの陶器のオブジェ
杉﨑:前向きになれるという意味でも、正月を象徴するものとしてぴったりですよね。陶芸というと器の印象が強くて、こういった立体作品はめずらしいのでは?
吉島:そうですね。陶芸というとどうしても器になりますし、立体のオブジェも抽象的な作品が多いんです。陶芸の世界にはすばらしい作家さんがたくさんいらっしゃいますし、私はそことは違う、新しい表現をしたいという気持ちがあって、今のような立体作品に取り組んでいます。わたしが活動している瀬戸では「ノベルティ」といって、精巧につくった陶器の人形を海外に輸出していた時期があるんです。瀬戸ノベルティ自体は衰退してしまいましたが、その技術を生かしてさまざまなキャラクターの原型をつくる「原型師」という仕事があり、その仕事を通じて立体の基礎を徹底的に学びました。
杉﨑:間近に作品を見ていると、いまにも動き出しそうな躍動感を感じます。

吉島:プラスチックではなく、陶器のフィギュアでいかに動きをつけていくかは非常にむずかしい技術なんです。だからこそ、僕の強みにもなっている。世界で愛されるキャラクターをたくさん研究してきましたし、そのとき得た技術や表現方法はいまの作品にすごく大きな影響を与えています。
秋山:オブジェも好きでよく見るのですが、吉島さんの作品には力強さとやわらかさと、その中にあるやさしさが伝わってきて、最初に見たとき鳥肌が立ったんですよ。一瞬で虜になる作品ですよね。吉島さんの頭のなかにいったいどんな世界が広がっているのか、のぞいてみたいくらいです。
吉島:それは僕の方こそです(笑)。

杉﨑:今日はお二人のお話をうかがって大変勉強になりました。僕個人としても、さまざまな分野の方と直接話してコミュニケーションすることで気づきを得ていきたいというのがひとつのテーマで、今後も続けていきたいこと。人と人が交流することで得られるものってすごく大きいですし、やっぱりこころを動かすのは、ひとの力ですね。そこから生まれるアイデアでお客さまにもっとよろこんでいただきたいと思っています。最後に、お二人が今後チャレンジしたいことをうかがえますか?
吉島:自分の中で温めている表現方法がいろいろあるので、少しずつ形にしていきたいですね。土台は変わりませんが、「こんな作品もつくれるんだ」と見てくださる人に思ってもらえるような。そんな作品を個展でも発表していきたいと思っています。
秋山:料理ってやり尽くされている部分もあって、自分のスペシャリテって何なのかなって常に思うんですよ。でも、それをひとつに決めようと思っていないのも事実。
日々料理をすること、食材に向き合うこと、生産者さんと想いを通わせることで、自ずとすべての料理がスペシャリテだと言えるようになると信じて、そういう気概を持った料理人でありたいと思っています。オープン当初からつくり続けている胡麻豆腐も、本当にシンプルな料理。水と胡麻をひたすら擦って、濾したものに葛と酒、塩を加えて練りあげていく。それをたった一人の人間がつくりあげる。そうすると、ひとつとして同じものってできないんです。「気」が入るから。そういう見えないものこそ大事なので、全身全霊で食材に向き合っていく姿勢を大切にし続けたい。常にやってきたことをこれからも変わらず追求していきたいですね。