工芸とアートの境界とは?
THE MOMENTS
伊勢丹新宿店 本館・メンズ館 各階
8月30日(金)は全館休業とさせていただきます。
詳しくはこちら
ライフスタイルの次なる豊かさを求め、工芸作家にフィーチャーしたイベント「Design meets Art ーKOGEIー」を開催。生活工芸とアートワーク、それぞれの側面から作品をご紹介し、工芸とアートのあいまいさを探る今回の試みについて、石川県の作家のキュレーター兼作家として参加する原嶋亮輔さん、陶芸作家の今西泰赳さんと吉田バイヤーが語ります。
information
Design meets Art ーKOGEIー
□2024年8月31日(土)〜9月10日(火)
□伊勢丹新宿店 本館5階 センターパーク/ザ・ステージ#5
【原嶋亮輔×今西泰赳×吉田裕美鼎談 工芸とアートのあいまいさを探る】
profile
-
デザイナー/アーティスト:原嶋亮輔
石川県・金沢を拠点にデザイナー/アーティストとして地域の工芸・産業に関わりながら制作活動を行う。2022年より、金沢クラフトビジネス創造機構の工芸ディレクターとして、工芸作家や工房などのビジネスサポートにも従事。
-
陶芸作家:今西泰赳
奈良県生まれ。筑波大学 生命環境科学研究科でミトコンドリアを中心とした、がんや老化、免疫機序などを研究。長年の研究生活の中で感銘を受けた「細胞の増殖」と「生命エネルギー」、その力強さとダイナミックさをテーマに創作活動を行う。
-
伊勢丹新宿店 ライフデザイン商品部 バイヤー:吉田裕美
2005年入社。ライフデザインフロアのプロモーション担当として2年目。海外担当やメディア担当などを経て現職。
バックボーンである細胞学をテーマに創作。「見るもの」と「使うもの」の区別はない
吉田裕美バイヤー(以下、吉田):今回開催するイベントは、今年2月に行なった「Design Contemporaries」の延長線にある企画として捉えています。前回は、大量生産が前提ではなく、それぞれ特別な背景を持ちながら作品を生み出すデザイナーにフィーチャーしましたが、そのときのテーマとなっていたのが、デザインとアートの境界線があいまいになっているということでした。そして、同様のことが工芸の世界にも起きている。次は工芸にフィーチャーしたいと考えていた折、金沢クラフトビジネス創造機構のディレクターとして活動されている原嶋さんにお会いしたんですよね。今日は原嶋さんと今西さん、お二人の作品をご紹介しながらお話しを伺っていきたいと思います。まずは簡単に自己紹介をお願いします。
原嶋亮輔さん(以下、原嶋):23年ほど前から金沢に移住して、デザイナーとして活動してきました。そのなかで地域の職人さんや作家さんと関わる機会が多く、3年前から金沢クラフトビジネス創造機構の工芸ディレクターという立場で作家さんのサポートをさせていただいています。作家として家具をつくる活動も行なっています。
今西泰赳さん(以下、今西):金沢で陶芸の作家をしています。奈良県出身で父親も陶芸作家。はじめは陶芸にまったく興味がなくて、大学でがんや免疫の研究をして博士を取得した後、陶芸作家の道を目指しました。信楽で2年陶芸の基礎を学んだあと、九谷焼を学ぶため石川県の学校に通いはじめたのが移住のきっかけです。
原嶋:今西さんの作品には、細胞学を学ばれていたことがよく現れていますよね。
今西:そうですね。もともと理系だったので、粘土や釉薬を調合する計算も苦じゃない。自分でオリジナルの釉薬をつくって作品に活かしています。九谷焼は絵付けの文化なんですが、美大出身でもない自分は絵を描くのがあまり得意じゃなかったんです。自分なりのテーマを探したとき、バックグラウンドだった「細胞」を抽象化したパターンが生まれました。
今西さんの作品のテーマは「細胞」や「増殖」。無機質な粘土の骨格に、有機的な細胞の模様と、釉薬で表現した皮膚が表現されている。
吉田:かなりユニークなテーマですが、お客さんは「細胞」だとわかってくださいますか?
今西:細胞っぽいねと言ってくださる方もいますが、水玉とかシャボン玉とか波紋とか、いろいろな見方をしてくださいます。受け取る方次第なので、それでいいんですよね。
吉田:今回のイベントでは、ギャラリーに展示されるようなアートピースと生活工芸の両軸で制作されている作家さんが多いのですが、人によってはっきりとブランドを分けていたり、あまり分けずに制作されていたり、定義もまちまちのように感じます。
原嶋:本当に、作家さんの数だけバランスの取り方があるなと感じます。はっきり分けている人もいれば、ゆるやかに溶けこんでひとつの作品を作っている方もいる。正解があるというより、それぞれの捉え方なんですよね。
吉田:今西さんは「見るもの」と「使うもの」のように分けて作っていますか?
今西:厳密には分けていないですね。ものを作るときに大事にしていることがふたつあって、ひとつが「細胞」「増殖」という軸がぶれていないか。ふたつめは使ってくださる方のことが考えられているかどうか。アートピースならどこにどう飾るか、器のような用途性のあるものなら使いやすさを考えます。そのふたつを大事にしているので、見るものか使うものかという分け方では考えていないですね。
新しいものを生み出すより、あるものを編集する。自分の周りを整えていくことが人生の豊かさ
吉田:工芸とアートの領域があいまいになっているという話のなかで、以前原嶋さんは民藝の「用の美」の考えに似ているという話をしてくださいましたよね。
原嶋:これは僕のスタンスですが、美しいということ自体が機能になる生活態度があるんじゃないかと思うんです。食器ひとつとっても、ものを載せるだけでなく、ただ空間に置かれるだけで美しさを享受できる。より“豊かさ”がフォーカスされる現代においては、使えるからいい、便利だからいいではなく、ものそのものが美しくあるべきなんじゃないかと感じます。
吉田:原嶋さんは古い民芸品や骨董品を使って家具を作られていますよね?そういった創作に至ったきっかけは?
原嶋:昔から日本の古いものに心惹かれるところがあって、誰が作ったともわからないような生活の道具に美しさを感じていました。それを現代の道具として提案することで、美しさを感じてほしいと思ったんです。はじめに籠を使ったテーブルを作ったのですが、古道具屋で籠をみたとき、素直に「テーブルに仕立てたらおもしろいな」と思い浮かんだのがきっかけ。古いものとのコントラストで金属のフレームを合わせたり、少しずつかたちにしていきました。日本は古くから、時間が経つとものにも魂が宿ると考えられていますよね。古いものに手足が生えて、新しいものに生まれ変わる。そんなイメージで、ちょっと奇妙なものでもおもしろいかなと思って作っています。
※画像はイメージです。
吉田:有機的な古い籠と、無機質な新しいフレームというコントラストがおもしろいですよね。
原嶋:そうですね。デザイナーって、新しいものを生み出しつづけることに対してちょっとしたストレスを感じているはずなんです。僕がいまやっていることも、新しいものを生み出すというより、あるものを編集する作業に近い。過去にこれだけ素晴らしいものがあるんだから、それをもう一度共有することに価値を感じています。
吉田:デザイナーは「ゼロからイチ」を作る人だと思っていましたが、編集という目線で新しい価値を生み出すアプローチもあるんですね。今回のイベントでは、お客さまに次なる暮らしの豊かさをご提示できればと思っていますが、さいごにお二人が考える暮らしの豊かさについてお聞かせいただけますか?
原嶋:ものにあふれる時代になっても、人は作ることをやめないし、手にすることをやめません。そうなったとき、自分がなにを選んで手に入れるかがすごく重要になってくる。それがあることでホッとできるとか、刺激をもらえるとか、元気になれるとか、そういったもので自分の周りを整えていくことが人生の豊かさなのではないでしょうか。なにかいいものと出会いたい、いいものを集めたいと思うのはある種人間の本能的な欲求。さらに、作り手のことを知ることでものへの思い入れは深まるはずです。今回ご紹介する作家さんはみなさん人間として魅力的な人たちばかりですので、ぜひ色々な話を聞いていただけたらうれしいです。
吉田:やはりお客さまが楽しみにしてくださっているのは、直接作り手とお話しして、買うだけでなく「知れる」ということ。その喜びも合わせて持ち帰っていただきたいですよね。今西さんはいかがですか?
今西:ものにあふれた時代という話がありましたが、あふれているのは量産されたものですよね。今回見ていただく作品は、作家がひとつひとつ手作りした一点もの。僕もいろんな作家さんの作品を買うんですが、それを毎日使ったり眺めることでいろんな気づきがあるんです。展示されているその瞬間ではわからなかったような発見が日々見つけられる。それが人生の豊かさになるんじゃないかなと思います。
原嶋:見続けるうちにちょっと見え方が変わったり、新しい発見があるというのはすごくわかります。それは自分の目が慣れていくというより、解像度が上がっていくような感覚なんですよね。見る時間帯や自分の気分のありようによっても変わってくる。それは、作っている人がいるからこそ。作家さんの作品と工業製品との違いは、そんなところにあるのかもしれないですね。
吉田:買ってすぐ感じたウキウキ感と、しばらく置いて眺めたあと、数年後使ったとき、その時々によって気分が違うし、見え方が違う。まるで生き物のような魅力がありますよね。そんな楽しみをお客さまにも味わっていただけたらうれしいです。
【Design meets Art ーKOGEIー出品作品をご紹介】
原嶋亮輔
長い時間を経て立ち現れる、寂れた古道具や古民芸が纏う時間の流れに心を惹かれるという原嶋さん。いまここにあり、これからもあり続けてほしい物語の一端として作品に仕立てています。
原嶋亮輔
Bloom Your Things “Daruma” 23,100円 (約W12×D10.2×H13.8cm)
Review:
▪️物があふれている時代だからこそ、先人のクリエーションを再構築して新たなクリエーションにする、というデザイン活動に共感しました。そこには過去への解釈も、リスペクトも必要なので、誰もができることではなく、工芸のディレクターもしながらデザイン活動をされている原嶋さんならではの創作活動の現れかと思います。
(伊勢丹新宿店 ライフデザイン商品部バイヤー 吉田裕美)
今西泰赳
「細胞の増殖」と「生命エネルギー」をテーマに、独自に調合した土と釉薬、また九谷焼の技法などをハイブリッドに使用して自己表現作品を制作する今西泰赳さん。見る角度、光によっても表情を変える作品は、いつも新しい発見を与えてくれます。
今西泰赳
cell cluster 143,000円(約W26×D17×H15cm)
細胞塊 片口 11,000円(約W12.5×D9.5×H8cm)
細胞塊 酒器 17,600円(約直径8×H5cm)
Review:
▪️多様な質感表現と細胞模様の景色の重なりが今西さんの作風の魅力です。その造形も手業で形づくられるために、一点一点が唯一のオリジナルになり得ます。それはどこか自然物のようでいて、人の手で生み出される温かみも感じることができます。
(デザイナー/アーティスト 原嶋亮輔)
▪️最初は宇宙か何かを表現しているのかなと思っていたのですが、実際は「細胞」。しかしよくよく考えると、人間の身体も宇宙と繋がっているという説もあるので、あながち間違っていないかもしれません。ゴツゴツして見えますが、不思議と女性の手に馴染みもよく、お酒が進みそうなフォルムです。
(伊勢丹新宿店 ライフデザイン商品部バイヤー 吉田裕美)
藤田和
漆とガラスの関係性を模索するなかで、磨りガラスの表面に漆を塗るとその部分が透明に透けることを発見。その現象を利用し、磨りガラスの胎に漆絵や蒔絵をほどこし、重層的な加飾表現を行っています。
藤田和
たゆたうプレート 各143,000円(奥から時計回りに:約W11.5×D8.5×H2.5cm、10×H3cm、W10×D8.5×H3cm)
Review:
▪️ガラスを躯体にした漆絵の表現は、漆技法としての新しい美しさに気づかせてくれます。それは装飾として描かれた「絵」を見るというよりは、光の揺らぎを植物模様に見立て、可視化したひとつの存在としての佇まいを感じさせてくれます。
(デザイナー/アーティスト 原嶋亮輔)
▪️漆を木や樹脂以外に乗せて、かつガラスの透け感を活かした色柄の重ねを表現している点が美しく、コレクションしたくなる作品です。
(伊勢丹新宿店 ライフデザイン商品部バイヤー 吉田裕美)
富永一真
大阪出身で現在は金沢を拠点に制作をする富永一真さん。強い雨が窓に当たって景色が歪む様子から着想を得た「殴雨 nagusame」など、独自のガラス作品を手掛けています。
富永一真
殴雨 nagusame 99,000円(約直径10×9.5cm)
Review:
▪️一見どういった素材であるのか不思議に感じさせる富永さんの作品は、実はガラスだからこその表情をもっています。ガラスに施された加飾表現と成形手法は、流体であるガラスだからこそ生み出される、その瞬間を閉じ込めた「時間の塊」です。
(デザイナー/アーティスト 原嶋亮輔)
▪️富永さんの作品はアートピースも器もそれぞれ違ったインパクトがあるのですが、ガラスへの探求を重ねてこそのデザインなのだと思います。どちらもずっと見ていると動き出しそうな不思議な感覚をもたらします。
(伊勢丹新宿店 ライフデザイン商品部バイヤー 吉田裕美)
田中里姫
熱と重力の自然な力によって、やわらかな形状に変化したガラス。薄いガラスの研ぎ澄まされた緊張感と、光を透過し反射する様子は、他者の心象を呼び起こし、その知覚を強調します。
田中里姫
心象のかさね 88,000円(約W21×D15×H14cm)
Review:
▪️透明であることが美しくあることだと知ることのできる作品。あと少し膨らんでいけば空中に消えてしまいそうでありつつ、空気を包み込んでいるかのような同時性が、ものがそこにあるということの確実性と不確実性を同居させる魅力的な緊張感を生み出しています。
(デザイナー/アーティスト 原嶋亮輔)
▪️どうやって作っているのだろう、と不思議に思ってしまう形状。繊細さとやわらかさからは考えられないほど、制作への研究を重ねているのだろうなと思います。
(伊勢丹新宿店 ライフデザイン商品部バイヤー 吉田裕美)
【その他の出展】
・KAORI JUZU(七宝)
・安部仁美(竹)
・金保洋(漆)
・山岸紗綾(漆)
詳しくはこちらから