5月 ICHIDA’S COLUMN

私が普段の取材で、話を聞くのは、大抵こだわりの店の店主だったり、ものづくりをしている人だったり……。「自分の目が届く規模」で仕事をする人が多いように思います。だから、百貨店というとてつもなく巨大な箱の中で、いったい誰がどんな仕事をしているのか、さっぱり理解できませんでした。失礼ながら、世界的に名が知れた、有名百貨店で働く人は、きっと「サラリーマン的」な仕事をしているんだろうな〜、という妙な固定観念で見ていた……かもしれません。(百貨店の方々、ごめんなさい)
そんな思いをこっぱ微塵に打ち砕いてくれたのが、この「新宿0丁目商店街」を立ち上げて、今回の「ICHIDA’S COLUMN」を一緒に作っている、アシスタントバイヤーの原田陽子さんでした。原田さんとの出会いは、VOL.1に書いたのでぜひ読んでみてください。

ある日、その原田さんから、「伊勢丹新宿店に『ザ・コンランショップ』がオープンするから見に来ませんか?」と声をかけられました。『ザ・コンランショップ』と言えば、私が30代の頃、暮らしにまつわるあらゆることを教えてくれた店。リネンのシーツが気持ちいいってことも、マルセイユ石鹸を糸でカットして使うということも、私は『ザ・コンランショップ』で知ったのでした。「どうして、今?」「どうして伊勢丹に?」と興味津々で、さっそく出かけてみました。

5階のリビングフロアに着くと、突然目に入ってくるのが、あの「コンランブルー」と呼ばれる鮮やかな青! スタイリッシュな椅子やカラフルな器、タオルから日本の急須まで、あらゆるものが並びます。久しぶりにワクワクしてきました。

『モダンとエキサイティング』が「ザ・コンランショップ」のオープン当初からのコンセプト。今回は「デザインそのものを伝える舞台」をテーマに、伊勢丹新宿店にオープン。「今の人たちは、すでに自分のライフスタイルを持たれています。そして、すでにいいものをたくさん持っていらっしゃいます。そんな中でものをあえて少なくすることを提案し、“本物はこれです”と伝えるショップにしたいですね」と『ザ・コンランショップ』マーケティング部の塩原道さんと平野加奈子さん。



この店を案内してくれたのが、スーパーバイザーの原宏史さんです。
「今回、1年半ぐらいこの出店のために時間をかけてきました。今まで伊勢丹のリビングフロアは、和食器、テーブル、エプロン、といった「モノ」で領域を分けていたんです。それって、今の世の中のニーズを考えたとき、本当にいいのかな?と考えて……。今、お客様は、「私はこのテイストが好き」と、しっかり自分の世界観を持っていらっしゃる方がほとんど。そんなお客様は、「モノ軸」でカテゴライズされている空間ではなく、「ある世界観」の中で、新しい何かと出会いたいんじゃないかな?と考えました。『ザ・コンランショップ』のような、アート性の高いセレクトショップと手を組むことで、領域を自由に超えていけるんじゃないかと思うんですよね」。


私はこの短い会話の中にある、原さんのするどい分析と視点に、心底驚いてしまいました。なんてしっかりしているんだろう!そして、なんてちゃんと伝える言葉を持った人なんだろう!あれ?私が思っていた「百貨店の人」のイメージと違う!って。
そこで、日を改めてじっくりお話を伺ってみることにしました。


漆芸家、村瀬治兵衛さんの器は、私も大好きで自宅でも愛用中。その作品を見て、常設で買えるのは直営店とここ伊勢丹新宿店だけ。
実は原さんは、婦人フロアで3年間、その後神戸のウェディング会社にプランナーとして出向。東京に戻り、ブライダルからスポーツ部門を経て、5階フロアの担当になったのは去年のこと。
まずは、今どんな仕事をされているのですか? と聞いてみました。
「スーパーバイザーという職務で、昔の言い方でいうとバイヤーです。でも職務内容は若干変わっています。今までのバイヤーは、どんな商品を店頭に並べようか……と『選ぶ』ことが仕事でした。実は今は少し違うんです。僕の仕事は、商品の仕入れ先の会社が、『こういうことをやりたい』『こういう商品を出したい』と言われたときに、一緒に考え、「よし!」と一緒に盛り上げること。その企業やブランドが、どこへ向かいたいかに耳を傾け、どうやったらそこへたどり着けるかを一緒に考えます。それが、結果伊勢丹にとってもオンリーワンになることにつながるので」
百貨店の仕事と言えば「ものを選ぶこと」と思っていたので、原さんのこの話はとても意外でした。さらにこんな話をしてくれました。

「正直に言うと、僕はリビングや食器について、ちっとも精通していないんですよね。自分でキッチンに立つ時間もそんなにないし……。作れるのはオムライスぐらいだし(笑)。そういう人間が、リビング担当のスーパーバイザーになったとき、何ができるかな?と考えたんです。知ったかぶりをして『これは売れると思います』と言ったところで、販売員さんとか、ものづくりに関わってきた人の方が、よっぽどいろんなことを知っています。だから、背伸びをせずに、どうしたら一緒に仕事をする会社の人たちに『ああ、この人としゃべると価値があるな』と思われるようになれるだろう?と考えてみました。その結果、僕にできることは『知識はそんなにないけれど、御社の『こうしたい』を全力で一緒に手伝います』と声に出すことだろうと思ったんです」

原さんは、相手の目を見てしっかり話す方です。わあ、こんな人が横についていてくれて、会社の行先や、商品の選び方、売り方を一緒に考えてくれたら、どんなに心強いだろう、と私はなんだか感動してしまいました。
「今度はこっちこっち」と次に原田さんが連れて行ってくれたのは、地下1階にある食品売り場でした。洋酒コーナーの奥にある扉をあけると、そこにはひんやりとしたワインセラーがあってびっくり! 何度も伊勢丹には来ているのに、こんな空間があるなんて!そして、この伊勢丹新宿店を中心に、マーチャンダイザーという肩書で、各店舗の洋酒を担当しているのが、高橋隼人さんでした。


もともとファッションのバイヤーに憧れて、伊勢丹に入社したという高橋さん。2004年に入社したときには、婦人コーナーで原田さんと一緒に2年間働いたそう。けれど……。3年目に突然食品に異動。
「いやあ、もう辞めてやろうと思いましたよ(笑)当時は『ファッションの伊勢丹』って言われていた時代だったので。今でこそ新入社員は『食品のバイヤーをやりたいです』って入ってくる人が多いんですが、今から11年前は、婦人服のフロアと比べたら全然おしゃれじゃなくて、でも、尊敬するバイヤーだった上司に『目的と手段を間違えるな』って言われたんです。『ファッションが好きかもしれないけれど、それはお客様のライフスタイルを豊かにするための手段。だったら洋服でなくても、食品ででもできるはずだよ』って。それで俄然やる気になりました。当時の僕は食品について何の知識もなくて、ワインのボトルの違いもわからなければ、産地もわからない……という状態でした。でも、少しずつ学んでみると、ワインにもパンツとかシャツとかと同じぐらい、造り手の想いだったり、それ以上に歴史がつながっている、って知ることができたんです」。


百貨店には、洋服からお饅頭までありとあらゆる商品が並んでいます。もし、自分が興味の持てない商品の担当になったらどうするんだろう?と思っていたので、この高橋さんのエピソードをとても興味深く聞きました。
その後、高橋さんは食品フロアで次々に成果を上げはじめます。今では、すっかり有名になった恒例のイベント「サロン・デュ・ショコラ」や「京都物産展」などなど。ただし、最初は大失敗をしたこともあるそう。
「海外出張に行ってオーダーを入れたチョコレートが売れなくて、大量に余っちゃったんです。そのとき僕は、自分の好きなもの、おいしいと思ったものをバイイングしていたんですが、僕がおいしいと思ったものをお客様が食べたいわけじゃない、ってことを思い知りました」
だったら、どんな目でものを選べばいいのでしょう?
「当時はまだインターネットがそれほど発達していなかったので、まず1つ目は、現地に行かないと食べられないもの。そして2つ目は、現地に行っても食べられないもの。この2つを伊勢丹新宿店で食べられたら最高ですよね。釧路の近くの厚岸や浜中というところはウニの産地として知られているんです。現地で「どうやって食べるんですか?」と聞くと、「うちではお茶漬けにして食べる」とか「炊き込みご飯にする」とか……。それで、ウニというひとつのネタだけに特化して、札幌の寿司屋さんと一緒にイートインを作りました。これは、現地に行っても食べられないんですよ。現地でも食べられないものが、伊勢丹新宿店の北海道展だったら食べられる、という価値をお客様に届けたんです」
「サロン・デュ・ショコラ」では、先輩バイヤー方と一緒にセレクションボックスを企画。海外のショコラティエはプライドが高く、他の店の商品と横並びにされることを嫌います。でも、お客様は、いろんなショコラティエのチョコレートを食べたい。そこで、「ジャポン」というテーマでくくったり、ミルクチョコレートが得意な人だけを集めたり、といろんな視点でセグメントして、ボックスを作り、大好評だったのだとか。


さらに、お酒を飲む人の裾野を広げたいと、なんとフランスを代表するメゾン「ヴーヴクリコ」と世界的アーティストの草間彌生さんとのコラボレーションで、ギフトボックスを世界に先駆けて、伊勢丹新宿店で先行発売。大きな話題となりました。
「最近、お酒を飲む人が減っているんですよね。それは、多くの人とお酒との間に高い壁があるから。その壁を下げてあげることが、僕のバイヤーとしての仕事かなと思っています。いろんなコンテンツを作って、壁をぐ〜っと下げると、楽しくお酒と触れ合ってもらえるかなと思って。極端なことを言えば、お酒って、なくても生きていけるじゃないですか?でも、お酒と過ごす時間の価値や、すばらしさをお客様にお伝えして、お客様とお酒をつなぐ場所であることが、僕たちのチームのゴールだと思っています」。

百貨店のバイヤーにとって、いかにいいものを仕入れるか、最大のミッションだと思っていました。みんなが知らないものを見つけてきて、それを買い付けたり、世の中にあるたくさんのモノの中から素敵なモノを選び出し、店頭に並べるのが仕事なんだと……。
でも、どうやらそうではない、と今回原さんや高橋さんのお話を聞いてわかってきました。バイヤーは、ものを買ってこなくてもいい!
原さんは、仕入れ先の会社がどこを目指すのかを理解し、一緒に走り続け、その会社をよくすることで、いい商品が生まれる回路を育てようとしていました。
高橋さんは、お客様がワクワクするような、モノとの出会いの場を生み出そうとしていました。
モノを売るために必要なことは、モノを並べるだけじゃない。
じゃあ、いったい何が必要なんだ?それをゼロから考える人こそが、百貨店のスタッフの仕事なのかもしれません。
そして、今回何より驚いたのは、原さんや高橋さんの「個性」でした。巨大な箱=百貨店の中で、そこで働く人の姿はなかなか目に触れません。でも、その舞台の裏側で、こんなにも熱く働く人がいる……。「僕にできることってなんだろう?」伊勢丹で働くひとりひとりの小さな問いが掛け算されて、私たちが訪れたときに味わうワクワクを生み出しているのだと知りました。

文:一田憲子さん
ライター,編集者として女性誌、単行本の執筆などを手がける。2006年、企画から編集、執筆までを手がける「暮らしのおへそ」を 2011年「大人になったら、着たい服」を(共に主婦と生活社)立ち上げる。著書に「日常は5ミリずつの成長でできている」(大和書房) 新著「暮らしを変える 書く力」(KADOKAWA)自身のサイト「外の音、内の音」を主宰。http://ichidanoriko.com
写真:近藤沙菜さん
大学卒業後、スタジオ勤務を経て枦木功氏に師事。2018年独立後、雑誌、カタログ、書籍を中心に活動中。
いままでのコラム
3月 一田さんと百貨店を考える
4月 伊勢丹新宿店の秘密