お気に入りの服をアップサイクル。

“おうち時間”におすすめのハンドクラフトをシリーズでお届けする企画。第一弾はダーニングに注目します。ダーニングは、穴のあいた衣類などを補修する英国発祥の技術。日本の“かけはぎ”とは違いかわいく仕上がるので、お気に入りの衣類のアップサイクルとしても注目されています。今回は、日本のダーニング第一人者であるテキスタイルデザイナー・野口 光さんにお話を伺いました。
新品同様の仕上げを求めない針仕事
「野口光の、お繕いの本」日本ヴォーグ社刊・撮影 加藤新作 から
──日本でも人気が広まりつつあるダーニングですが、まだご存知ない方のためにダーニングの概要と魅力について教えてください。
野口 光さん(以下敬称略):ダーニングは、“繕い”を意味する英語です。繕うというと、かけはぎのように緻密で、傷や穴を元の状態に修復することを想像される方が大半だと思います。私が提唱するダーニングは、繕い跡を隠すことを目的とせず、新品同様の仕上げを求めない針仕事です。例えば、衣類にできた小さなシミや傷みのせいで着なくなってしまうことはありませんか? そんな箇所にダーニングのスティッチを施すことで、また着られるようになります。ダーニングは整った美しさを追求する手芸とはまったく異なる針仕事。自らの手で傷んだものを修繕できた経験は、想像を超えた喜びとなります。
クリエイティブに生きてゆくポジティブな行為
──英国でテキスタイルデザイナーをされていた野口さんがダーニングに出会ったきっかけは?
野口:約10年前のクリエーター仲間で、自宅が古城というお嬢様のレイチェル・マフューさんという方がいまして、その方の毛糸店でキノコ型の道具(ダーニングマッシュルーム)を目にしたんです。それに興味を引かれて、さっそくその場でダーニングの基本的なスティッチを習いました。太くてカラフルな毛糸でザクザク繕うレイチェルの姿や、長年繕い続けられてきたセーターにあるスティッチ層を目の当たりにし、“繕い”とは隠そうとするネガティブな行為ではなく、堅実にクリエイティブに生きてゆくポジティブな行為なのだと感じました。
モノに宿る魂を慈しむ気持ちを再発見
──テレビや雑誌でも精力的に活躍され、ダーニングの知名度アップに貢献されている野口さん。短期間に日本で受け入れられた理由はどこにあると思いますか?
野口:30年間外国暮らしをする中で、日本には「もったいない」という言葉があるように、モノを大切にする一方で、使い捨てや短期の買い替えを豊かさの指標にしているとも感じてきました。しかし「片付けブーム」などでモノが多すぎる弊害を感じていた時に、ダーニングに触れ、身近なモノや衣類を自らの手で繕えることへの驚きと喜びや、忘れかけていたモノに宿る魂を慈しむ気持ちを再発見しているのだと思います。
その服、その人に似合うダーニングを
「野口光の、お繕いの本」日本ヴォーグ社刊・撮影 加藤新作 から
──野口さんのダーニングは新品のように直すことではなく、また繕う部分を隠すのでもなく、デザインの一部として仕上げることをご提案されています。手持ちのアイテムへの取り入れ方を教えてください。
野口:ダーニングは、漆で器を修復する技術「金継ぎ」のようだと表現されることが多いように、繕ってまでも着たい、使いたいという気持ちの表れです。ニット衣類だけではなく、ジーンズ、スニーカー、ソファまでダーニングが可能です。針目が乱れていることでかえって味が出たりするので、手芸が苦手と思われている方でも取り掛かりやすいですね。大切なのは、その服、着る人に合ったダーニングをすることです。
ダーニングのコツは楽しむこと
──野口さんはお教室の他、Instagramで世界の方向けに投稿やライブ配信もされています。交流されている皆さんの反応はいかがですか?
野口:ダーニングに「正しいやり方」はありません。 しかし、日本の方は針目が整わないことを問題視し、正しくやりたいというお気持ちが強いようです。一方、海外の方は自分が楽しいかどうかが最重要ポイント。「自分のやり方」にしてしまうのが上手です。ダーニングには、そんな大らかな側面があることもお伝えしたいです。また、ダーニングを支持する方々は生活や心にゆとりがある、または余裕を持ちたいという方が多いようです。親世代が遺したカシミヤのセーターやツイードのジャケットなど、傷みがあって着用できないけれど思い出深くて廃棄できずにいたものがまた使えるようになった、不用品扱いだったものが甦ってうれしい、という話は頻繁に耳にします。
苦手意識克服にチャレンジ
「野口光の、お繕いの本」日本ヴォーグ社刊・撮影 加藤新作 から
──三越伊勢丹のお客さまは、親子でお気に入りのお洋服を引き継がれる方も多いので、ダーニングにもぜひチャレンジしていただきたいですね。コロナ禍で、暮らし方、時間の使い方、物との向き合い方が変わった方が多いと思いますが、野口さんご自身はいかがでしょうか。
野口:ご指導をする中で針仕事を通じて苦手意識を克服し、多くの分野に挑戦を始めて生き生きとされている方も少なくありません。私もさまざまな苦手意識を少しでも克服したくて“プチ・チャレンジ”を始めています。
キットで気軽にダーニングを
<Darning by HIKARU NOGUCHI>
特製ダーニングハンパー 「キャサリン」※こちらの画像はサンプルのため、実際の商品とは仕様が異なります 商品を見る
特製ダーニングハンパー 「セーラ」 商品を見る
──最後に、キットの見どころや楽しみ方のアドバイスをお願いします。
野口:使いやすさ、馴染みやすさ、そして、視覚的な楽しさにこだわった道具や資材をキットにしました。イタリア製のカシミヤ糸は、カシミヤはもちろん、綿や麻などのダーニングにも馴染みやすく使いやすいのがポイントです。キットがあることで、傷んだ衣類を見つけたときに躊躇なくダーニングを施すことができます。傷みが浅いほどダーニングはやりやすいので、ボタン付けの延長ぐらいの気軽な気持ちで取り組んでいただきたいです。

東京都生まれ。武蔵野美術大学卒業後、英国の大学に留学しテキスタイルデザインを学ぶ。ロンドンでニット生地のインテリア、ファッションブランド<HIKARU NOGUCHI>を立ち上げ、世界10カ国約150店に商品を展開。2018年、約30年に渡って生活した英国、南アフリカから東京に拠点を移す。著書に、『野口光の、ダーニングでリペアメイク お繕いの本』(日本ヴォーグ社)など。