6月 ICHIDA’S COLUMN
~「おいしい」は、幸せの分かち合い~

6月 ICHIDA’S COLUMN ~「おいしい」は、幸せの分かち合い~

私が、伊勢丹新宿店に行く時には、JRの新宿駅から続く地下道をテクテク歩き、地下1階の入り口から店内に入ります。そこに広がる食品売り場が大好き!おいしそうなパンや宝石のようなスイーツ、老舗和菓子屋さんの季節を一歩先取りした生菓子や干菓子などを眺めているだけでワクワク! これだけの種類を取り揃える力ってすごいなあと毎回思います。今回、そんな売り場の秘密を聞かせていただける、とのことで楽しみにしていました。

「食品売り場を、20年以上見守り続けてきた、伝説のコンシェルジュがいるんですよ」とこの「伊勢丹0丁目商店街」の組合長であり、アシスタントバイヤーでもある原田陽子さんが紹介してくれたのが、今年61歳になるという久間毅さんです。

「こんにちは」とご挨拶をしたその姿は物腰柔らかで、優しくて……。ちょっと緊張していたのに、ほっと深呼吸ができるようでした。「2002年に食品売り場に配属され、たまたまずっとここにおりました。実は去年一度定年退職したんです。でも、引き続き店頭にいることができて、本当に幸せなんですよ」。

かつては販売部長として仕事をされていたそう。定年後、店頭を希望された理由はなんだったのでしょう?

「理由はひとつだけ。やっぱり接客が好きなんです。懇意にしているお客様も多くて、毎日お会いする方が、十数名いらっしゃいます」

えっ? 毎日? と驚きました。

「はい、食品売り場って、毎日いらっしゃる方が多いんです。仲良しのお客様は約70名。日々、「いやあ、今日もお会いできましたね」ってご挨拶します。中には90歳代の方も何人かいらして、2日に一度お電話しています。旦那様を亡くしてひとり暮らしの方もいらして、そうすると私が息子みたいなものなんでしょうね」

なんと!2日に一度お電話するなんて! 百貨店とは、もっと「目に見えない大勢」のお客様を相手にしたビジネスなのかと思っていました。でも、久間さんのお話を聞いていると、まるで小さな宿の主人のよう。これほどの大規模な店舗内で、不特定多数のお客様が行き来する中、「小さな宿的」接客をする方がずっと難しく、だからこそ、久間さんのような存在が、まるで奇跡のようにも思えてきます。

毎日いらっしゃるお客様はみんな、久間さんにおいしいものを教えてもらうのかな?と思いきや……。

「いえいえ、お客様の方が詳しくて。召し上がったものを『あなた、これおいしいのよ』って教えてくださるんです。これだけの商品数があると、正直申し上げて食べたことがないものもありますからね。教えていただいたものは、必ず自分で買ってみます。そうすると、次に出会ったお客様に『これ、すごくおいしいんですよ』って、自分の言葉でお勧めすることができます。これって、本当に『幸せの分かち合い』ですよねえ」。

今回、なにより感動したのが、この久間さんの『謙虚さ』でした。

伊勢丹の食品売り場のコンシェルジュと聞けば、「なんでも知っている」と思われがちです。それは裏返せば「なんでも知っていなければならない」という義務だったり、「なんでも知っているぞ!」というプライドにつながりがち。でも、久間さんはニコニコしながら「お客様の方が詳しいんですよ」とおっしゃる……。

お客様へのサービスというものは「与える」だけじゃないんだなあ。「受け取る」こと、そしてそれを次へと「手渡す」こと。その循環を生み出すことこそ、本物のサービスなんだ、と教えていただいた気がしました。

「受け取る」喜びを知っていると、自然に「感謝」の心が生まれます。久間さんの接客の土台はそんなところにあるのかもしれません。

「ずっと店内にいると、『あ、この方またいらしている』とか『この方はいつもこの時間帯にいらっしゃるんだ』とわかってきます。そうするとね、すれ違いざまに『いつもありがとうございます』『今日もご来店ありがとうございます。今日はいいお天気ですね』とご挨拶するようになります。仲良くなった方々は、最初みんなそんな小さなきっかけでした」

そんな久間さんが、今回連れて行ってくださったのが、<ザ・ペニンシュラブティック&カフェ>です。香港の老舗ホテルグループ<ザ・ペニンシュラホテルズ>の、ホテルメイドのケーキや定番のチョコレート、香り高い紅茶や中国茶がそろいます。人気ですぐ売り切れてしまう、というホテル<ザ・ペニンシュラ東京>のマンゴープリンや薄い皮の中に、クリームがたっぷり詰まったブリオッシュも。

<ザ・ペニンシュラブティック&カフェ>では、ホテルのブティックでもたちまち売り切れるという、あの幻の「マンゴープリン」も並ぶ。久間さんのおすすめは、たっぷりクリームが入ったブリオッシュ。ショーケースの中から好きなケーキを選んで、カウンターでティータイムを。これが、うわさのページベア。チョコレートのベアの中には、なんとミニサイズのベアがぎっしり詰まっている。贈り物におすすめ。

「カフェエリアでは、伊勢丹オリジナルのデザートプレートがあります。お買い物にいらしたお客様が、ちょっと一休みしたい、とおっしゃったら時、このカフェによくご案内するんですよ」と教えてくれました。

店頭にも飾られているクマのぬいぐるみは、ホテルのマスコットで「ページベア」と呼ばれているそう。

「ヨーロッパのホテルではメッセンジャーボーイの役割だった「ページ」という職種が、ペニンシュラでは最初にお客様をお出迎えし、開店扉もまるでドアをページをめくるように回しております。」とこの店の小田顕志さん。

愛らしいページベアが、伊勢丹の食品フロアという物語のページをめくってきた久間さんの姿と重なりました。

食品フロアのおいしさをコツコツと作り続けてきたのが、バイヤーさんたちです。 今回パン、洋菓子、和菓子とそれぞれ3分野のバイヤーさんのお話を伺いました。時代の最先端を走る伊勢丹新宿店の食品フロアのために、おいしいものを探してくる……。そんなバイヤーさんたちは、さぞかしイケイケで、ギラギラしているに違いない……と思っていたら……。出会ったのは、とてもしなやかなたたずまいの方たちでした。

パン担当のバイヤーが通算9年という上小園結花さんは、伊勢丹勤務歴37年目のベテランさん! 今売り場には、<アンデルセン><銀座木村家><メゾンカイザー><リチュエル ル グラン ド ブレ><メゾン・ランドゥメンヌ><エディアール>という6ブランドが常設として入っています。その他に「トレンドベーカリー」「パンプロモーション」のコーナーでは、週替わりでブーランジュリーをご紹介。

「話題のパン屋さんとか、ちょっと気になるところ、新しくオープンした店などは、足を運ぶようにしています。長年バイヤーをやっていると、少しずつシェフ達との信頼関係も育ってきます。まずはこまめに顔を出して、こちらのことを覚えてもらうようにしています。そして、小麦の産地などを尋ねるツアーや講習会などがあれば、自腹で(笑)参加します。現地で、生産者のお話などを直接聞いたり、それを製造、商品化するシェフのご苦労や工夫などのお話を聞くのが主な目的です。いちばん根っこにある考え方や取り組み姿勢などを知ることで、シェフとの信頼関係がつくられていくと思うので」

バイヤーさんというと、みんなが知らないパン屋さんを連れてきたり、食べたことがないパンを紹介することが仕事だと思っていました。でも、上小園さんは、こんな話をしてくれました。

「少し前から『パン飲み』という、パンをつまみにしてお酒を飲むというのがブームになっています。パンって、朝食とか昼食というイメージが強いと思うんですが、それだけじゃないよね?という人が増えているよう。ちょっと塩気があったり、フルーツやナッツがぎっしり入っているようなパンと、ワインはもちろん、日本酒やビールなどとのマリアージュを楽しむ……というパン好きさん達がいるんですよね。そういう情報をキャッチしたら、伊勢丹でやるなら、どうやろうかと考えて企画を立てていきます」

「今は『健康』だったり、『サスティナブルであること』も注目されていますよね。そこも頭に入れながら、企画を考えます。たとえばお母さんが安心して子供に食べさせてあげられるのはどんなパンだろう?とヒアリングしてみます。そこで子供が野菜をあんまり食べない、という悩みが多いなら、パンの中に野菜を練り込んでみたらどうか?とか、お子さんが片手で食べられるようなサイズのものはできないか?とかを提案して、シェフに作ってもらったり。

パンって、賞味期限がそう長くないので、家で意外と残りがちだったりしますよね? じゃあ家で少し固くなったパンをどうやったらおいしく食べられるかをお客様にお伝えしようとか。せっかく多くの人達が思いを持って作っていただいたパンなので、捨てることがないように、全部食べてもらえるように、と考えています」

<エディアール>のパンは、多彩な種類がそろう。「パン飲み」にもおすすめの、ブラックとグリーンの2種のオリーブがゴロリと入った「オリーブチャバタ」。塩の味をしっかり生かした「塩バターロール」はクセになる味。バター+あんこがフランスパンにはさまった「あんジャポネ」は危険なおいしさ。<エディアール>といえば、この赤い紅茶の缶。贈り物にもぴったり!

本当に大切なのは、パンとお客様の「関わり方」をつくること……。上小園さんのお話を聞いて、伊勢丹新宿店パン売り場から、家に持って帰った後のパンのおいしい食べ方が発信されている、と知ると、なんだか胸が熱くなりました。

取材先に届ける手土産を買うときに、よく利用するのが福岡本店の和菓子屋さん<鈴懸>の鈴乃最中です。おしゃれなカゴ入りで、少し小ぶりのサイズで、おいしくて。差し上げると必ず喜んでいただけます。そんな和菓子を担当しているのが、弓納持清美さん。元々は三越のバイヤーで、伊勢丹新宿店で和洋菓子を担当して5年になるそう。今回、こんな興味深いお話をしてくださいました。

<鈴懸>のお菓子は、かごも、ひとつひとつのお菓子の包み方もおしゃれで、贈り物にすると必ず喜ばれます。フランスの皿と陶芸家・石井啓一さんのシンプルな少し大きめなお皿に和菓子を組み合わせてみました。上が糯粉をあわせた手焼きの皮に小倉餡が入った「草月」、下は、ミニサイズがかわいらしいどら焼き「鈴乃〇餅」。鹿児島県産のつくね芋をたっぷりと使った、しっとりとした軽やかな皮のおまんじゅう「心葉」。

「三越のお客様は特に伝統や文化をとても大切になさるので、老舗ブランドなど『三越に行けば必ず手に入る』という信頼や安心感を求められていました。それに対して伊勢丹は、伝統を重んじながら、そこに進化することで生まれる新しさを求められることが多いように思います。そんな『新しさ』って、老舗店の次の世代を受け継いでいく息子さんやお嬢さんの思いと同じなんですよね。お客様に、どれだけ和菓子に触れていただく機会を持っていただくかが課題です。老舗の虎屋さんが『トラヤあんスタンド』を立ち上げられたように、今までの伝統や文化という切り口だけでないこの背景があるからこその新しさをみんなが探している。それが、ここ数年、大きく変わってきたことかなと思います」

月餅を一口サイズにした「円果天月餅」は、六角形の箱入り。「水晶月餅 マンゴー」は、マンゴーの王様といわれる「アルフォンソマンゴー」の果肉をたっぷり使ったもの。濃厚なマンゴーソースをかけていただきます。

冷静な弓納持さんの分析に、なるほど!と膝を打ちました。確かに最近の老舗の和菓子は、パッケージもとてもおしゃれ。

「東京で初めて<鈴懸>さんに出店していただいたのが、伊勢丹新宿店です。今までなかったどら焼きや最中のサイズ感が新鮮でしたよね。比較的どれも小さなポーションで、季節の表現を非常に上手にされています」

大人気の苺大福は、驚くほど薄い皮で、ひとくち食べるとイチゴの果汁が口の中に広がります。

「あのサイズの苺が採れるときにしか、苺大福は作られないんです。実は3年前から夏の苺大福「なつみづきの苺大福」というものを出させていただいています。北海道に、8年間改良を重ねてつくられた新品種苺で夏にとてもおいしいイチゴ「なつみづき」があると聞いて、それを<鈴懸>社長の中岡さんに食べていただいたんです。苺大福のイチゴは、甘すぎてもだめで、ちょっと酸味があった方が、餡とバランスがいいんですが、「これはいいね。」と言っていただいて、今では、<鈴懸>さんのために、北海道の農家さんがイチゴの作付け面積を増やしてくださるようになりました」

これが「百貨店」ならではの、グローバルな視点なんだとびっくり! 1店舗だけでは成し得なかったことを、百貨店という大きな視点と規模で提案する。北海道のイチゴと福岡を拠点とする和菓子店を組み合わせる……。そんな可能性の掛け算で、私たちは、今までにないまったく新しいおいしさを体験できるよう。

最後にお話を伺ったのが、洋菓子担当の井上孝さんです。洋菓子担当になりたての頃は、お菓子を食べるためだけに、休みの日にいろいろな土地を訪ねていたそうです。

「高級なものを食べるだけが、豊かな食生活ではないと思っています。ケーキに使われている果物の産地を知ることができたり、いったことのない土地の伝統菓子に触れることができたり。『食べる』ということを通して、知らなかったことを知れるのが『食』だと思うんですよね」。

井上バイヤーに「デパ地下・洋菓子の魅力はなんですか?」って伺ってみました。

もちろん食品なので、食べてもらう事でその素晴らしさを知ってもらう事が一番ですが、担当している洋菓子は、見ているだけも、ワクワクしたり、お客様の心を癒すことが出来るアイテムだと思います。

井上さんのおすすめは、フィナンシェが大人気でいつも行列ができる<ノワ・ドゥ・ブール>の、フィナンシェの横のショーケースに入っている「ミルフィーユ」なのだとか。

「店内で仕上げる「ミルフィーユ」は、作り立てでないと味わえないサクサク感なんです」とにっこり。

<デメル>を代表する、猫の下の形をしたチョコレート「ソリッドチョコ猫ラベル」は、3種類の味があります。これをいただくと、いつも飛び上がるほど嬉しくなります! 同じく<デメル>の「ショコラーデントルテ」はチョコレートの濃厚な味わい。パッケージも素敵です。伊勢丹の店内で1日1000個〜1500個が焼き上がるという<ノワ・ドゥ・ブール>の「焼きたてフィナンシェ」。「当日はそのまま。翌日はトーストしてカリッとさせて食べてみてください」と井上バイヤー。「ホレンディッシェ・カカオシュトゥーベ」は、ドイツで100年以上もの伝統を刻んできたパティスリー。一口サイズのかわいいバウムクーヘン「バウムシュピッツ」は、つまんでポイっと口に放り込めるのがいいところ。

インタビューを終えて、原田さんたちと共に、おいしいあれこれをお皿にのせて、幸せなおやつタイムスタート!

<エディアール>の「塩バターロール」や「あんジャポネ」から始まって、<ザ・ペニンシュラ ブティック&カフェ>のチョコレートを練り込んだパウンドケーキ「ペンチョコラ」<鈴懸>のつくねいも入りのしっとりした食感の「心葉」や、ミニサイズがかわいい<円果天>のミニ月餅、ドイツで100年もの伝統を刻んできたパティスリー<ホレンディッシェ・カカオシュトゥーベ>の一口サイズのバウムクーヘン「バウムシュピッツ」などなど。

どれを食べても間違いなくおいしい! このクオリティの高さは、生産者から、作り手、そしてバイヤー、店頭の販売員と、大切にバトンを渡し続けてきた証。「これって幸せの分かち合いですよね」とおっしゃった久間さんの笑顔が浮かんできました。

久間さんは、必ず朝一番にフロア中央のご案内カウンターにいらっしゃるそうです。今度食品フロアを通りかかったら「おはようございます」と挨拶をしに行こう!と思っています。

伊勢丹FOODIEが選ぶ愛される食品100

撮影協力・北参道 SALUTS KITCHEN MARKET
副都心線 北参道近くにある自然派ワインと中華のお店、2階の個室で撮影させていただきました。
@saluts_kitchen_market

文 ・一田憲子さん
ライター,編集者として女性誌、単行本の執筆などを手がける。2006年、企画から編集、執筆までを手がける「暮らしのおへそ」を 2011年「大人になったら、着たい服」を(共に主婦と生活社)立ち上げる。著書に「日常は5ミリずつの成長でできている」(大和書房) 新著「暮らしを変える 書く力」(KADOKAWA)自身のサイト「外の音、内の音」を主宰。
http://ichidanoriko.com

写真・近藤沙菜さん
大学卒業後、スタジオ勤務を経て枦木功氏に師事。2018年独立後、雑誌、カタログ、書籍を中心に活動中。

いままでのコラム
3月 一田さんと百貨店を考える
4月 伊勢丹新宿店の秘密
5月 えらぶ目とすすめる目

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