<Yu Tanaka> 日本とフランス、粋なテクニックの融合から生まれる美味を
<Yu Tanaka>田中 優氏
フランスで活動を始めたきっかけを教えてください。
父が元フレンチの料理人で幼少期からフランス文化に触れていた事もあり、特に食に関して影響を受け中学生の時にパティシエを志した時から本場でフランス菓子を学びたいと思い、18歳の時に渡仏しました。
フランスの伝統と日本文化の融合などで、意識したことはありますか?
フランスの格式あるホテルで働いていた事もあり、日本食材を全面的に出すお菓子はお客さまに受け入れられないですし、私自身もやりたく無かったのですが、日本人なので日本ならではの知識やテクニックを取り入れたお菓子やデザートを作っていました。 今回、出す予定のデザート"Vanille de Madagascar"にも、米粉と竹炭パウダーがチュイルの中に使われています。小麦粉は油との相性がとても良くサクサクした食感になるのですが逆に油を入れないとガリガリと硬い食感になってしまいます。米粉なら水だけでもサクサクの軽い食感を油脂を入れずに生み出せるので、食後でも食べやすいデザートに仕上がっています。 この様に言われなければわからない物の中にも日本とフランス、双方のテクニックを取り入れる事に私は粋だと思っていて、両方の良さを上手く融合させることを意識しています。
フランスの食文化の中で、日本人として苦労したことはありますか?
苦労した事はあまり無いですが、やはりフランス人と日本人では感性が全く違うのでフランスに住んでフランス人の中に居ないと学べない物は短期間の滞在では難しいと思いました。 ある時、好きなお菓子何?とフランス人の同僚に聞いたら「トロペジエンヌ 小さい頃に行ったバカンスを思い出すから」との答えにとても素敵だなと思ったと同時に、日本人には無い情景や感覚を持っているフランス人と文化はとても魅力的だと感じています。
現地のお客さまの反応を教えてください。
フランスのクラシックなデザートと言えばムースショコラ、クレームブリュレ、ミルフィーユなどとてもリッチな物を想像しますが、私のデザートは食後でも食べやすい軽いものを心掛けています。 なので、お客さまにも食べ応えあるのだけど、軽く香り高く、食べやすいとおっしゃっていただいています。
今後挑戦したいこと(例:新しいプロジェクトに参加など)お考えがあれば教えてください。
一昔前の日本のパティシエはお菓子屋さんと言えば洋菓子屋で働くのが一般的でしたが、今は少しずつ皿盛りデザートを作るパティシエも増えてきていると思います。 これからもっとレベルが上がる余地があると思うので、よりレストランデセールの魅力を日本のパティシエ達に伝えていき、お客さまにもレストランパティシエの仕事に注目していただけるように活動していきたいと思っています。
PART2 イートイン <Yu Tanaka> ショコラ・アクアトゥール 各日30点限り 4,501円 (1人前/日本製)
エクアドル製のチョコレートの温かいムース、カカオのサブレ、カカオのプラリネ、エクアドル産コーヒー豆のアイスクリーム。
PART2 イートイン <Yu Tanaka> ヴァニラ・マダガスカル 各日30点限り 4,501円 (1人前/日本製)
米粉とそば粉のチュイル、ヴァニラのエスプーマ、キャラメルブールサレ、ヴァニラのシロップ、ローストヴァニラのアイスクリーム。
PART2 イートイン <Yu Tanaka> シトロン・ジヴレ 各日30点限り 4,501円 (1人前/日本製)
レモネードのムース、タイム風味の洋梨のガルニチュール、レモンのシロップ、レモン風味のメレンゲで仕上げた「シトロン・ジヴレ」は、液体窒素で作るデザートです。
ブランドストーリー <Yu Tanaka> 2009年に渡仏後、フランス国内の数々の星付きレストランや格式あるホテルでシェフパティシェを務め、現在もフランスで活躍するシェフ、田中優氏が、日本とフランス双方のテクニックを取り入れたレストランデセールをお伝えいたします。
<モリヨシダ> フランスをリスペクトして、粛々とフランス菓子に向き合う
<モリヨシダ>吉田 守秀氏
フランスで活動を始めたきっかけを教えてください。
2005年に静岡県で<ナチュレナチュール>というパティスリーをオープンして3年が経ち、バンコクの在タイ日本大使館からデモンストレーションの依頼があり、バンコクに行った時のことです。
付いてくれたスタッフから「最近バンコクにも美味しいお寿司屋さんがあるから行ってみませんか?」と言っていただき、連れて行ってもらいました。 タイ人の大将に、自分が美味しくなさそうに食べていたように見えたのでしょうか、「ここで使っている米は、タイの有名産地の米で、マグロはインド洋のクロマグロ。築地で働いた経験のある師匠が教えてもらった江戸前の寿司だから美味しいはずだ」と言われたのです。この言葉を聞いた瞬間に、自分はこのタイ人の寿司屋さんと同じではないかと思ってしまったのです。
北海道の小麦や乳製品、宮崎のマンゴー、地元静岡のいちごを使い、フランス菓子から派生したフランス菓子風のモノを作って、日本人のお客さまに美味しいと言われて満足している自分に気づいてしまった。 フランスの食材でフランス人のために本物のフランス菓子を作りたい。これが自分のやりたいことだと思うようになり、そのためにはもう一度フランスの食文化から学び、フランス菓子についての研究に没頭していきました。そこから計画を立てて、フランス現地で学び、働き、2013年に<MORI YOSHIDA>をパリの7区にオープンするに至りました。
フランスの伝統と日本文化の融合などで、意識したことはありますか?
自分の菓子は基本的にはフランスをリスペクトして作っているフランス菓子です。 パリで働いている時からフランス人パティシエ達と話すことが多く、パリでシェフをしていても、それぞれのシェフがそれぞれの出身地の菓子を置くことを知りました。もちろん日本人の私には地方菓子などないと思っていましたが、多くの友達のパティシエが「日本には日本独自のイチゴのケーキがあるでしょ?」と言われ、ショートケーキは日本の地方菓子と位置付けることができると考えました。 オープン当初は、フランス的なフレジエと日本のショートケーキをアレンジした「フレジエジャポネ」を両方並べると、圧倒的にフレジエジャポネを支持していただき、現在も苺の季節にはとても人気の菓子になっています。
フランスの食文化の中で、日本人として苦労したことはありますか?
子供の頃にガレットデロワを家族や友人と食べたことはないですし、イースターの時に庭に卵のカタチのショコラを探すこともなかったです。 その私が作るガレットデロワは、本当に家族の真ん中にある菓子としてふさわしいのか?庭に隠したショコラは子供達を笑顔にできているのか?と考えることは、オープンして3年くらいは感じていました。 フランス人たちは良くも悪くも、とても意見を言う文化ですので、販売スタッフや私は多くの意見をいただき、マイナーチェンジを繰り返し、今ではガレットのシーズンになると1,000個以上のガレットデロワを買っていただき、喜んでいただけていることを実感しています。
現地のお客さまの反応を教えてください。
私よりも前にフランスで働かれた料理人やパティシエのおかげで、日本人は勤勉で手を抜かないことがフランスでは既に知られています。そんなところから運良く始められたので、快く思って来店していただけているように思います。 オープン当初は日本食材を使ってないことをおっしゃるお客さまもいましたが、今では<MORI YOSHIDA>はグランクラシックな菓子を作ると知っていただけるようになっています。
今後挑戦したいこと(例:新しいプロジェクトに参加など)お考えがあれば教えてください。
<MORI YOSHIDA>としては粛々とフランス菓子に向き合い続けていきたいと思っています。 また個人的には、世界を美味しくするための活動を世界中でしていきたいと考えています。
経歴について教えてください。
1998年 日本菓子専門学校卒業 1998年 東京南青山<アニバーサリー> 1999年 フランス国立高等製菓学校にて研修。ロワール地方ルレデセール<フィアンティーヌ>修行 2000年 <パークハイアット東京> 2004年 <菓子工房オークウッド> 2005年 静岡県清水町に<パティスリー・ナチュレ ナチュール>をオープン(2016年6月末に閉店) 2012年 パリ7区に<MORI YOSHIDA>をオープン
今回の日本橋三越本店 フランス展2025出展への意気込みをお願いします。
フランス菓子をより身近で美味しいモノだということを分かっていただけるように大事に作っておりますので、「フランスは美味しい」と伝わったらうれしいです。
PART2 <モリヨシダ> フランカフェ 各日190点限り 961円 (1個/日本製)
昨年大好評だったフランヴァニーユを新しいカフェ味で作りました。洗練されたコーヒーの香りととろけるフランの食感、パータブリゼの生地のザクザク感とともにお召し上がりください。
ブランドストーリー <MORI YOSHIDA(モリ ヨシダ)> 日本で独自の発展を遂げたフランス菓子。それをフランス本来の美味しい素材で作り直し、日本人のアイデアと品質を詰め込んだのが<MORI YOSHIDA(モリ ヨシダ)>のフランス菓子です。素材本来の味を最大限にいかし、美味しさの限界を探求したいと考えている吉田守秀氏。<MORI YOSHIDA(モリ ヨシダ)>では、フランスの文化や歴史、素材を尊重したフランス菓子を作っています。「一番美味しいフランス菓子を作ることができる場所はパリです。ここで最高に美味しい菓子を作る夢を実現していきたいです。パリの人たちに味わう歓びを提供できたら幸せです。」と語る吉田守秀氏ならではの美味が揃います。
<ロディックチョコレート> 世界中のカカオを自ら焙煎、 加工し、 フレンチショコラを再構築 — 日本の職人気質、フランスのアート的感性の融合を志す
<ロディックチョコレート>山内 大輔氏
ショコラティエを目指したきっかけ、またこれまでの経歴について教えてください。
大学卒業後、築地の卸売市場の会社に3年間勤務、26歳の時にパティシエとしてのキャリアをスタートしました。<レ・アントルメ国立>に6年間勤務しましたが、当時、<オテル・ドゥ・ヴィル>というショコラトリーが併設されていて、そこでボンボンチョコレート作りに出会いました。シェフの魵澤信次氏はチョコレートに特別な思いがあり、<オテル・ドゥ・ヴィル>は日本で初めて開催されたサロン・デュ・ショコラに出店したショコラトリーでもあります。 その後まずスイスに渡り、ジュネーブ近郊のパティスリーと、ローザンヌの先の山奥のブーランジェで、 都合一年研修しました。翌年パリに移住し、MOFパティシエのローラン・デュシェーヌさんのところで半年研修後、パトリック・ロジェ氏からの誘いがあって移籍し、10年勤務することになりました。 当初は本店裏の工房で、まだ規模も小さく、すべての作業をみんなで交代しながら作るような職場でしたが、店舗が増えてまもなく大工房に移転。最後の数年はラボを統括するスーシェフとして勤務しました。 2015年からは拠点を日本に移し、 開業したばかりの<グリービーントゥーバー東京>で、カカオ豆からチョコレートを作る仕事を学び始めました。 その後は十数社のブランドで制作に携わったり、コンサルタントを行ったりしています。ロジェさんのところにも夏と冬の1ヶ月ずつ滞在して仕事をするというサイクルを10年続けてきました。 自分の店をもったので今後は特に冬に行くことは難しくなるでしょうが。
フランスで活動を始めたきっかけを教えてください。
子供の頃から外国で暮らしてみたいという思いがありました。フランスを選んだのは、もちろんフランス菓子職人を職業としたからですが、住み続けることになったのは、フランス人の自由で他者との違いを尊重する気質が自分に合っているからなのではないかと思っています。
フランスの食文化の中で、日本人として苦労したことはありますか?
これは全く感じたことがありません。祖父が西洋文化好きで母親もそれを受け継ぎ、子供の頃から、一般的な家庭よりも食生活に西洋文化が馴染んでいたんです。パンドカンパーニュとか抱え切れないぐらいの大きさのフロマージュとか、当時はまだ珍しかったヨーロッパの食べ物を、祖父が買ってくることがあったり、クリスマスには母親がブッシュドノエルを作ってくれたり。誕生日にはポートワインを飲んでいましたね。 ですからフランスで暮らし始めてスーパーに行くと、どこか懐かしい気分にもなりました。フランスにいて日本食を食べたくなるということはほとんどありません。おそらく体質的にフランスの食に合っているのでしょう。
仕事をする際、日仏の文化の融合について意識していることはありますか?
日本にいると職人的な仕事、正確性や安全性を、フランスでは、特にロジェでの仕事は芸術性があること、料理人的な自由な感覚を求められてきました。それでも日本で自由な感性を表現すること、逆にフランスで正確な仕事を実行できることで評価を得られると実感する場面が多々あります。 そのどちらも大切にしながら仕事をすることを常に意識しています。
今後挑戦してみたいことがあれば教えてください。
カカオの食材としてのポテンシャル、また汎用性の高さを世に広めていくことです。ロディックではカカオ豆を各プロダクトごとに焙煎、加工することで、フレンチショコラの再構築をおこなっています。 自店の商品でカカオの素晴らしさを皆さんに知ってもらい、料理人やブーランジェ、醸造家の方々など、さまざまな分野で使ってもらえるよう、カカオの扱い方の提案をしていこうと思っています。
今回の日本橋三越本店 フランス展2025出店への意気込みをお願いします。
カカオの香りを存分に感じられるソルベやフランス展のためのスペシャルボンボンなど、ここでしか味わえない商品を取り揃えています。当日の皆さまの反応を楽しみにしながら、いま、試作を重ねています。
PART2 <ロディックチョコレート> ビーン トゥー チョコレート バー エクアドル・サモラチンチペ 各日10点限り 1,944円 (55g/日本製) マダガスカル・アンバンジャ 各日10点限り 1,728円 (55g/日本製) ベネズエラ・チュアオ 各日10点限り 1,728円 (55g/日本製) パナマ・コトアファーム 各日10点限り 1,944円 (55g/日本製) エクアドル・ナポ 各日10点限り 1,944円 (55g/日本製) スモーキーミルク ペルー・ピウラ 各日10点限り 1,728円 (55g/日本製)※画像はイメージです。
シングルオリジンのチョコレートでありながら、低温焙煎を中心に複数のローストを組み合わせることで複雑な風味、奥深い味わいを表現しています。ローラーリファイナーで粒子を微細化するため、コンチング時間の短縮を実現。一口含むとカカオ本来の野性味あふれる香味、 生産地の大地の恵みを感じられるタブレットです。 柑橘を感じる爽やかな酸味、 ジャスミンのようなフローラルな香り、そして黒糖やナッツを思わせる奥深いコクや産地ごとに異なる香りの個性を、ぜひご堪能ください。
ブランドストーリー <ロディックチョコレート> 2025年10月11日に東京都文京区千石駅近くにグランドオープンする新ブランド。パリのパトリック・ロジェで10年、さらにBean-to-Barの世界で10年以上技術を磨いてきたシェフ山内大輔氏が辿り着いたのは、「オール・クチュール・チョコレート」。 タブレット1枚1枚、ボンボン1粒1粒、 フォンダンショコラ、ブラウニーなど、それぞれの商品に対して、焙煎温度とコンチング時間を個別に設計することで、カカオ豆の持つ個性を丁寧に引き出します。まるで1着ごとに裁縫されるオートクチュールのような精密さがブランドの柱です。 <ロディックチョコレート>が目指す"カカオ本来の素材に寄り添い、繊細かつ豊かな香りの層を表現する味わい”をぜひご体感ください。
<ラ・コショナイユ> 日本にいるフランス人に懐かしいと思われる 味わいを目指したい
<ラ・コショナイユ>別府 功介氏
フランスで活動を始めたきっかけを教えてください。
料理の仕事をしていましたが、30才を前に将来のことを考えているなかで、日本でシャルキュトリートレトゥールの存在を知りました。本物を見たくなり、パリを訪問。実際に見てすぐに一目惚れをしました。 たまたまの縁からその時に研修をさせていただき、「働きたいのならばフランスに来い」と言われすぐに飛び込みました。 2年間働き帰国したのちに、2年では技術どころか本質が理解できてないと痛感。シャルキュトリーの学校に入り見習いから始めたいと考え、再渡仏しました。 学校を卒業しCHARCUTIER-TRAITEURのCAPを取得しましたが、10代の同級生が今から学び出す姿を見て、自分も同じように外国人だからこそより真剣にもっと学ぶべきだと思い、10年はフランスでシャルキュトリートレトゥールの勉強をしようと決め、フランスの地方を周りながら働いていました。
フランスの伝統と日本文化の融合などで、意識したことはありますか?
自分自身がフランスで、フランスの伝統的なものを好きになったので、フランスのままを日本でやれたなら、それがシャルキュトリートレトゥールの良さが伝わると考えています。 フランスの食文化が日本で色々な形ですでに根付いているので、伝統的なシャルキュトリートレトゥールがそのままで受け入れられるのではと思っています。 日本人の口に合うように変化させるのではなく、日本にいるフランス人に懐かしいと言われるようなものを作っていきたいです。
フランスの食文化の中で、日本人として苦労したことはありますか?
普段の生活では特にありませんでした。ただ、職場で朝6時のまかないからシャルキュトリーだらけ!なことは慣れるまで大変でした。 シャルキュティエは、とにかく酒を飲む、週末は仕事の休憩中でもガッツリ飲むのが楽しくて、飲みすぎて苦労したのも思い出です。 苦労とは違いますが、学校の給食で友人はブーダンノワールに魚用のソースをかけて食べていたり、リエットは温めて食べるのが好きな人もいたり、自分の持っていた固まったイメージとは違って、フランス人の日常の自由さが新鮮でした。
今後挑戦したいこと(例:新しいプロジェクトに参加など)お考えがあれば教えてください。
リヨンの元同僚が今年から豚を育てています。その豚を春に一緒に解体して加工することが楽しみです。 また、働いたことのない地方やフランス海外県のシャルキュトリーを学びに行くことにもチャレンジしていきたいです。
経歴について教えてください。
大学を卒業後、都内のレストラン等で勤務したのちに渡仏。 2008年 Le Triomphe paris 2013年 Maison Pou Paris (CEPROCに通いながらMaisonPouにて見習いから勤務) 2014年 CEPROC charcutier-traiteur専攻 卒業 国家資格CAP:Charcuterie-traiteur取得 その後2022年までの間、地方のシャルキュトリーにて働く。 Chez flo combloux(Savoie)、Maison Courbet besancon(Franche-comte) Raynon traiteur Lyon(Rhone-alpes)、Charcuterie pottier Nice(Provence) Ruellan traiteur st-malo(Bretagne)、 Charcuterie Brana Navarrenx(Bearn)、Breton traiteur deuxville(Normandie) Eckert traiteur st-louis(Alsace)
今回の日本橋三越本店 フランス展2025出展への意気込みをお願いします。
いまどきのお洒落さはないですが、シャルキュトリートレトゥールらしさを伝えることが出来ればうれしいです!
PART1 <La Cochonnaille(ラ・コショナイユ)> Boudin noir aux chataignes(ブータンノワールオーシャテーヌ) 各日2kg限り 1,329円 (100gあたり/日本製)
ブータンノワール(豚の血のソーセージ)に栗を合わせて、より甘みが楽しめます。
ブランドストーリー <La Cochonnaille(ラ・コショナイユ)> 2024年11月に都立大学にて開業。フランスの町の中にあるような昔ながらのシャルキュトリートレトゥールを目指し、フランス人にも懐かしいと感じてもらえるような店になれるようにとの思いを込め<La Cochonnaille(ラ・コショナイユ)>と名付けました。
<ブーランジュリーコルネイユ> フランスならではの伝統・素材に こだわったパンを日々追求する
<ブーランジュリーコルネイユ>成澤 芽衣氏
フランスで活動を始めたきっかけを教えてください。
パン職人として本場フランスでパン修業をしたかったのと、フランス語を習得したかったから。
フランスの伝統と日本文化の融合などで、意識したことはありますか?
フランスでのパン作りにおいて、日本の要素をパン作りに組み込もうと意識した事はありません。フランスではあくまでもフランスの伝統の製法。フランスでの新しい流れなどは、日々意識しています。
フランスの食文化の中で、日本人として苦労したことはありますか?
苦労と思う事も特に見当たりません。ただフランスの方々は幼少の頃からバゲットやクロワッサンがいつもそばにあります。あらゆる種類のハード系のパンと相性の良いチーズや食材をみなさん良く知っています。その食文化で生まれていない日本人の私にとっては、そのすべてが興味深く、現地の方々の感覚に追いつくのに毎日必死です。
現地のお客さまの反応を教えてください。
おこがましいかもしれませんが、私たちの作るパンを喜んでくださっているように見受けられます。 新商品などをご提案すると「美味しかった!」とストレートに反応してくださるお客さまもいますし、「甘味が少し足りないかも」など的確な意見をくださる常連さまもたくさんいらっしゃいます。
今後挑戦したいこと(例: 新しいプロジェクトに参加など)お考えがあれば教えてください。
今まで以上に、地元アンジェのお客さまにもっと喜んでいただけるお店作りをしていく事が、まずは一番です。使用するすべての材料をより徹底して地元のものだけを使えるようにもっと努力していきたい、と考えています。また、職人として高い技術者になれるように、なにかコンクールなどにもこれからも挑戦したいですし、母国日本でも、私たちの作る<ブーランジュリーコルネイユ>のパンを広く知ってもらえるように努めていきたい、と思っています。
経歴について教えてください。
専門学校卒業後、 横浜や都内のパン屋で合計10年ほど修業した後、 2016年渡仏。ニース、パリ、 アルザスなどさまざまな都市で経験を積み、 2023年。西フランス・アンジェにて師匠リシャール・リュアン氏の<ブーランジュリーコルネイユ>を受け継ぐ。 2017年 フランス全国バゲットトラディション コンクール優勝 2018年 フランス・アルザス地方ガレット・デ・ロワ コンクール優勝
今回の日本橋三越本店 フランス展2025出展への意気込みをお願いします。
フランス展に来てくださるお客さまにも、アンジェの<ブーランジュリーコルネイユ>に来ているかの様に、同じパンと、その雰囲気をご提供できるように努めたいです。
PART2 <ブーランジュリーコルネイユ> バゲットトラディション 各日400点限り 540円 (1本/日本製)
フランス全国バゲットトラディションコンクールで優勝したバゲット。現地フランスの味を再現できるよう、素材にこだわっています。
ブランドストーリー <ブーランジュリーコルネイユ> フランス西部ロワール地方にある地方都市「アンジェ」という街に構える小さなブーランジュリー。2015年にM.O.F. ブーランジェ(フランス国家最優秀職人)リシャール・リュアン氏によって誕生した店を、2023年に成澤芽衣氏が継承。恩師への深いリスペクトと、お客さまへの新しい商品の提案、地産地消を念頭に、すべてのパンとお菓子のひとつひとつに愛情を込めて丁寧に作りあげています。