美術評論家・山下 裕二氏×日本画家・平林 貴宏氏×日本画家・藤城 正晴氏
クロストーク「日本画」を語る

三越伊勢丹日本画バイヤー井塚が今注目する日本画家・平林 貴宏氏と藤城 正晴氏が美術評論家・山下 裕二氏とクロストークを行いました。
※クロストークは2020年11月18日(水)~11月23日(月)まで開催しました「平林 貴宏・藤城 正晴 二人展」会場にて行われました。
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山下 裕二
1958年広島県呉市生まれ。東京大学大学院修了。
現在、明治学院大学教授。美術評論家として数多くの著書を出版。
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平林 貴宏
秋田県生まれ。愛知県立芸術大学大学院修了。
現在、日本美術院院友。日本のみならず、海外のギャラリーやアートフェアでも精力的に作品を発表している。
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藤城 正晴
愛知県生まれ。愛知県立芸術大学大学院修了。
現在、日本美術院院友。個展、グループ展多数開催。
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井塚 由美子
東京都生まれ。慶應義塾大学卒業。
2006年三越入社。入社当時から美術部配属で、日本画を中心に担当。2019年より日本画バイヤーとして、さまざまな展覧会の企画を行う。
――展覧会の印象をお聞かせください。
山下さん:いい組み合わせだと思った。どうして二人を組み合わせて展示することになったの?三越伊勢丹側からオファーしたの?
井塚:三越伊勢丹からです。お二人ともグループ展に出品していただいていましたが、どこかのタイミングでしっかりとご紹介したいと考えていました。一見、派手さはないものの、見る人の視線を釘付けにする作品を描いているのがとても魅力的でした。また二人とも、同じ時期に同じ大学(愛知県立芸術大学)で学んでいたのも興味深かったです。
平林さん:もともと藤城とは十年来の友人でもありました。
山下さん:お二人のことは以前からずっと注目していたよ。二人共最初に観たのが十年前くらいかな。

――十年前にお二人の作品を観たとき、どのような印象を持たれましたか?
山下さん:藤城さんは「いまどきこのような作品を描く人がいるんだ」という印象。当時から紙や絹に水墨主体で薄塗りだったよね。平林さんは普通ではない感じの女性を一貫して描き続けているところがおもしろい。写実作家の中では写真に従属してしまっている印象を受けるものも多いけど、平林さんの作品からはそんな感じがしない。

右:平林 貴宏 「Phantom pain」 12号
平林さん:私の絵は現場の再現を求めていないので、写実ではないと思います。
山下さん:現代美術と院展と、ボーダレスな活躍をする作家は珍しいよね。僕は古い日本の美術専門だからかえって日本画に対して厳しい見方をしてしまう。その中で、二人のような作家が出てきたのはうれしく思いますよ。
平林さん:学生だった2006年に東京都現代美術館で開催されたNo Border展(MOTアニュアル2006 No Border)を見た時に、日本画でも同時代の芸術を考えてもいいんだと、何か希望をもらったような気がしました。
藤城さん:その当時、「日本画=厚塗り」という流れが残っていて。
平林さん:とにかく作品の画面を盛り上げたくなかったですね。
山下さん:岩絵の具という画材を使うのだったら、発色の美しさが命。若冲・応挙のように。藤城さんの「Pigment」もそういう思いで描いているよね。

藤城さん:十年以上、墨で黒と白の世界を描いていく中で、岩絵の具を主題にした作品を考えていました。絵画の中で絵の具は意味やイメージを纏い半透明な存在となってしまいますが、この作品では選択した絵の具をその絵の具で表現する独立した存在、岩絵の具の肖像画として始めました。
――日本画あるいは日本画家をどうとらえていますか。
平林さん:近代の日本画が好きですね。横山 大観という人は物語で語られることが多いですが、彼の画論と実践を見ていくと、彼はやはりモダニストだったと思うんですよ。自己表現よりも手続きを意識しているところが言葉に表れている。理屈ではなくモノとして見るなら渡辺 省亭がいいですね。
山下さん:大観は時代を象徴する人物ではあるよね。渡辺 省亭、最高だよ!
平林さん:今でこそ掘り起こしが進んでいますが、学生時代は周りで知っているという人に会ったことがないです(笑)。叶わないと思いますが、年を重ねたら花鳥画を描きたいと考えることもあります。

山下さん:藤城さんは?
藤城さん:円山 応挙、「氷図屏風」(大英博物館所蔵)ですね。線だけで氷の冷たさや割れる音を表現していて、影響を受けました。引き算の中で生まれていく作品だと思います。
山下さん:わかるなぁ。藤城さんの表現したいことに繋がっているね。
藤城さん:あと、伊能 忠敬。絵画と地図は要素が似ているように思います。線を引くことによって見えないものを可視化することというのはある意味想像力を掻き立てます。

山下さん:長谷川 等伯の「松林図屏風」はどう思う?
藤城さん:好きです。説明がされていないところが観る人が最後に頭の中で完成させるような、何かを喚起させる作品だと思います。
山下さん:あの作品は奇跡的な絵。中国にもない作品。中国の水墨は?
藤城さん:描き手の個性が出ている強い作品だと思います。僕は自分をなくしたり、画材を絞ったり引いていった先に残るものを作品にしたいので、対局の作品として魅力を感じます。
山下さん:究極の表現は自分をなくすことだと思う。
藤城さん:情報を意図的に制限することや隙をつくることで、観者の解釈の幅が生まれると考えています。

――今後についてお聞かせください。
平林さん:普段はあまり日本画家を意識することはありませんが、日本画家であるという出自は消せないので。私は結果的に日本画を拡張していく方向に貢献できればと考えています。
日本画家が当たりまえに外側の美術の世界に立つことで、その事実の積み上げが、後の世代の日本画家の選択肢を少しでも増やすことに繋がるのなら、充分意味があるのではないでしょうか。だからできる限り日本画のないところに登場したいと思っています(笑)。

山下さん:藤城さんは?
藤城さん:SNSで「映える作品」のほうが注目されるように感じますが、僕の作品はそういう世界では地味で埋もれちゃう。かといって時代を追っかけた作品を描くことはできないから、もうわかる人だけわかってもらえればいいという思いを持ちつつ制作したいと思っています(笑)。
山下さん:等身大の考えでいいね。藤城さんの作品に派手さはないけれどとても清潔な絵だと思う。真面目に取り組んで、ちっぽけな自己表現みたいなのを削ぎ落としていこうとする素晴らしい姿勢だよ。二人の作品はこれからも楽しみに注目しています。