三越伊勢丹 名画版画コレクション Vol.4

近代日本画壇の巨匠・平山郁夫画伯(1930-2009年)の代表作・日本の古都シリーズの中から「月光の塔 法隆寺」の彩美版®美術複製画作品をご紹介いたします。

平山郁夫「月光の塔 法隆寺」彩美版®美術複製画
技法:彩美版®シルクスクリーン、本金泥使用
制作数:1000部
イメージサイズ:(約)53×37.5cm
額サイズ:(約)74×58.5cm
価格:286,000円
聖徳太子が創建した寺院として伝えられる法隆寺は、「法隆寺地域の仏教建造物」として日本で最初に世界文化遺産に登録されました。西院伽藍にある塔は、世界最古の木造の五重塔で、飛鳥時代の創建以来、地震などで倒壊することなく古(いにしえ)の姿を今に伝え、古代の優れた建築技術が凝縮されています。
本作品は、月の光が静かに照り輝く夕闇の中に、時空を超えてそびえ立つ法隆寺五重塔が悠然と描かれており、平山郁夫画伯の円熟期に制作された代表作と言える作品です。
月光にぬれる五重塔
谷岡 清(美術評論家)
1959年、平山郁夫画伯が29歳のときに描いた「仏教伝来」が好評を博し、以後画伯は仏教伝来の道をたどり、シルクロードへとのめり込んで行った。玄奘三蔵の足跡を追って、山を越え、砂漠を渡り、いくつもの仏教遺跡を訪れた。乾き切った熱風と、肌を刺す寒風を五感で体感し、仏教伝来の壮大な空間と時間を身をもって体験した上で描いたのが、日本の古寺シリーズである。
1970年代後半から80年代に奈良を歩き、五重塔を中心に多くの作品を遺した。薬師寺、 興福寺、法起寺など塔のある寺の魅力を余すところなく描いている。中でも法隆寺の五重塔は、日本最古の五重塔として風格もあり、その重厚感は他を圧している。画伯もその雄姿に強く惹かれていたようだ。
1300年余、揺るぎない威容を誇る法隆寺五重塔を、平山画伯は季節を変え、時間を変えて、千変万化の美しさを飽くことなく追求している。この月の光に浮かび上がる「月光の塔 法隆寺」(1988年作)は、その中でも傑作の一つだと私は考えている。松の幹の間から見える塔は、満月の光を浴びて、夜空に高くそびえ、崇高である。聖徳太子の寺・法隆寺に寄せる画伯の尊崇の念がひたひたと伝わってくる。
(付属解説書より抜粋)

著作権者・平山美知子氏監修
(公益財団法人 平山郁夫シルクロード美術館名誉館長)
平山郁夫「月光の塔 法隆寺」彩美版®は、著作権者である平山美知子氏の監修のもと、原画の繊細な筆遣いや微妙な色調を忠実に再現して制作されました。ぜひ、お手元で珠玉の作品をお楽しみください。
彩美版®とは
「彩美版®」は共同印刷株式会社の登録商標です。長年の経験により培われた画像処理技術を元に、厳選された素材に高精度デジタルプリントを施し、画材の質感と豊かな色調を再現した共同印刷の美術複製画です。
本作ではさらに一枚一枚に職人の手刷りによるシルクスクリーンを施すことで、豊かな色彩や筆遣いといった原画の持つ鼓動までも表現しています。
半世紀以上にわたり複製美術品の制作を続ける共同印刷の「彩美版®」は、業界屈指のブランドとして、多くの美術愛好家に支持されており、美術関係者からも高い評価を得ています。
平山郁夫「月光の塔 法隆寺」彩美版®美術複製画 仕様体裁

技法:彩美版®シルクスクリーン、本金泥使用
限定:1000部
用紙:版画用紙
額縁:特製木製額縁金泥仕上げ、アクリル付(クロス貼りタトウ入り)
イメージサイズ:(約)53×37.5㎝
額サイズ:(約)74×58.5㎝
重さ:(約)5㎏
監修:平山 美知子氏(公益財団法人 平山郁夫シルクロード美術館名誉館長)
解説:谷岡 清氏(美術評論家/NPO法人美術教育支援協会理事長)
平山郁夫 Ikuo Hirayama(1930~2009年)
1930年 広島県豊田郡瀬戸田町(現 尾道市瀬戸田町)に生まれる。
1952年 東京美術学校(現 東京藝術大学)日本画科を卒業。前田青邨氏に師事。
1953年 再興第38回院展に「家路」を出品し初入選。
1964年 日本美術院同人に推挙される。
1968年 初めてアフガニスタン、中央アジアを取材。
1987年 再興第63回院展出品の「画禅院青邨先生還浄図」で内閣総理大臣賞を受賞。
1988年 「月光の塔 法隆寺」を制作。ユネスコ親善大使に任命。
1989年 東京藝術大学学長に就任。
1993年 文化功労者として顕彰される。
1996年 日本美術院理事長に就任。フランス大統領よりレジオン・ドヌール勲章を受章。
1998年 文化勲章を受章。
2000年 薬師寺玄奘三蔵院「大唐西域壁画」完成。
2001年 東京藝術大学学長に再任。
2004年 山梨県北杜市長坂町に平山郁夫シルクロード美術館が開館。
2009年 逝去。享年79。
創作活動の傍ら「文化財赤十字構想」を提唱し、アンコールワットや敦煌石窟など失われつつある世界の貴重な文化遺産の保護、修復と未来への継承のため精力的に活動した生涯だった。